さらっと散策コース(約2km・2時間)

天神橋筋六丁目→大阪くらしの今昔館→鶴満寺→旧毛馬閘門と洗堰・淀川改修紀功碑→河川公園長柄河畔地区→毛馬閘門→与謝蕪村生誕地(蕪村句碑)→河川公園毛馬地区

ビルの中にいにしえの浪速の町が

地下鉄の『天神橋筋六丁目駅』3番出口を出たところに、『住まい情報センター』があります。

8階まで上がると、そこが『大阪くらしの今昔館』。まずは展望フロアへ行けば、眼下に江戸時代の町並が広がっています。

桂米朝師匠による音声ガイドがいい雰囲気で、瓦屋根の美しい家並みを一望できます。階下に降りれば、いま見てきた長屋やお店を覗くことができ、湯屋では当時の暮らしを紹介するガイダンス映画も見られます。

8階には明治〜昭和初期の町や暮らしをジオラマで展示。細かいところまでリアルに再現されているので、レトロファンなら長居してしまいそうです。

大阪くらしの今昔館

大阪くらしの今昔館

【大阪くらしの今昔館】
TEL● 06-6242-1170
開館時間● 10:00〜17:00(入館は16:30まで)
休館日● 火曜(祝日の場合は翌日)、
祝翌日(日曜・月曜を除く)、
第3月曜(祝日、振替休日の場合はその週の水曜)、
12月29日〜1月3日
観覧料● 大人600円 中学生以下は証明書提示で無料

天神橋筋を北上して鶴満寺から毛馬閘門へ

鶴満寺 毛馬閘門

都島通に出て天神橋筋を北上すると、右手に、塀から八角塔がのぞく寺が見えてきます。

ここが『鶴満寺(かくまんじ)』で、風変わりな楼をいただく建物は観音堂です。ガラス越しに内部を見れば、本尊の観音様を囲むように西国・秩父・坂東の各三十三ヶ所霊場の観音像がびっしり並び、百体観音と言われているそう。観音堂の横には鐘楼があり、ややスリムで古びた鐘がかかっています。高麗時代初期の名品と伝えられる朝鮮銅鐘とのことで、銘文なども記されています。

鶴満寺からまっすぐ北へ行けば、途中、西側に小さい鳥居が見えます。長柄長者の娘がかわいがっていた鶯の墓とか、鶯式部の墓などと伝えられる『鶯塚』で、塚からさらに10分ほど歩けば『毛馬閘門(こうもん)』に到着します。

かつて大阪は、洪水で何度も水浸しになりました。とりわけ明治18年の大洪水はひどく、大規模な改修工事が計画されたのです。

大川(旧淀川)との分派口には、水量調節のための洗堰と、船が航行できるように水位調節を行う閘門が設けられました。当時の旧施設は一部が保存され、レンガ造りの施設類を眺めれば往年の偉業がしのばれます。

一角には『淀川改修紀功碑』が立ち、そばには洪水除けに霊験あらたかと言われるお地蔵様もひっそりたたずんでいます。

新しい閘門を渡ると蕪村の句碑に

蕪村の句碑

旧閘門から河川公園長柄地区へ出てくつろぐのもおすすめですが、新しい閘門を渡って毛馬地区へ出ることもできます。

閘門の上は自転車と人のみ通行可能で、淀川大堰や閘門の構造を見ながらの横断は気分爽快!渡りきったところに、蕪村の石碑が立っています。

与謝蕪村は享保元(1716)年、摂津国東成郡毛馬村に誕生。22歳で江戸へ出て各地をさすらい、京都で亡くなったと伝えられます。

いまこの地に立つのは、故郷を想って詠んだ「春風馬堤曲」の一句で、「春風や堤長うして家遠し」という句碑。蕪村の直筆をもとに刻んであるそうで、枯れた書体から望郷の念が伝わってきます。

句碑から堤防へ下り、広大な河川公園から閘門の構造を間近に見たり、反対側の水門へ回って、船だまり脇の花壇で一息入れるのもいいですね。

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