平成20年度河川愛護モニターレポート

河川地図
8月9月10月11月12月1月2月3月4月5月6月7月
レポート
8月  
通報

【8月24日モニター報告】
今回は淀川大橋から干潟再生実験中までの右岸を歩いた。すでに秋の気配を感じる散歩であった。大都会の大阪で四季を体感できる淀川だ。この淀川が誰もが安心して楽しめるようにするため緊急にしてもらいたい2つを提案する。
一つは野犬対策である。右岸のこの地区にはJR塚本下の2匹、西中島地区に10数匹がおり、人に噛みついたり、追いかけたり、大変危険である。これまで何度か対策を申し入れてきたが改善されていません。その理由は野犬の捕獲は大阪市にあり、淀川の管理は国に責任がありと、責任の所在が曖昧なことにあると思います。淀川の利用者のことを第一に考え、国と市が相談をして野犬が一匹もいなくなるまでの特別の有効な手立てを取ってもらいたい。
二つは昔からある船だまりの桟橋です。いずれも老朽化して大変危険になっており、中高生などが遊んでいる時に落ちる可能性があります。これも新しく安全なものにするか、鎖などをはって立入禁止の措置を早急に取るようにして下さい。期待しています。

【8月27日モニター報告】
今回はJR塚本から西中島まで堤防上を歩いた。河川敷とはまた違った風景で心を和ませてくれる。多くの人が毎日散歩をしている。堤防では春は土筆がとれ、夏・秋と色々な花が咲いている。こういったものを楽しみながら歩いてもらいたい。堤防上には「浸水被害想定区域図」や「広域避難所」など多くの看板がある。これらはそれぞれの角度からは正しいことが書いてある。しかし問題は「万一」淀川の堤防が壊れたり町の中に浸水した時にそこに住む人がどうするか書かれてないことだ。大阪市危機管理室や市消防署は、その時はまず頑丈な建物の三階以上に避難するように言っている。住民は淀川は安全なものと大半の人が思っている。これらの人たちに「万一」の時の心構えをつくるために、このことを明記することを勧めたい。
もう一つは堤防上の各地に「河川情報提供設備」が設置されている。これは大変良いことである。しかし毎朝、音を出しているが小さくて釣り人に聞こえない時がある。音量を上げるように調整してもらいたい。

【8月29日モニター報告】
今日は福島出張所に行くので、JR塚本から伝法大橋を渡り、左岸を福島出張所まで歩いた。淀川右岸を歩くと場所場所によって左岸のビル群の景色が違い、これを楽しむのも一つである。伝法大橋まで行くと海が近く潮の匂いが強くなる。これを楽しむのも一つである。淀川大橋から伝法大橋は河川公園に指定されていない。そのためか、カニ、フナムシ、手長エビ、バッタ、トンボ、チョウ、キノコと実に自然が豊富であり楽しくなる所だ。この区間を歩いて気になることは、河川敷から堤防への登り口が少ないことである。あっても登り口は急になっており、登るのは大変である。この地域にも釣り人やホームレスの人がおり、「もしも」の時にどうなるのかと思う。堤防への登り口を増やすこと、構造も緩やかな物にしてほしいと思う。
もう一つは、十三大橋から下手にはほとんど木が生えていない。現実には数本の木があり、潮に強い木がある訳で、この区間に植樹をしてほしい(花火大会で切ることのないように)。

処置

こんにちは、稲垣さん。モニター報告ありがとうございます。ご指摘については下記の通りです 。

・野犬について
大阪市域の淀川河川敷には野犬が多く、稲垣さんを含めその対策を求める苦情が多く寄せられておりますが、当所も実効力のある対応に苦慮しています。御存知の通り大阪市による捕獲作業が随時為されているところですが、野犬自身が捕獲作業について学習しており広大な葦原に逃げ隠れし、捕獲は難しくなってきている実情があります。当所としては、市の行う捕獲作業への協力(フェンスの設置や草を刈り野犬の逃げ場をなくす等)を行っています。また当方と大阪市や各保健福祉センターでは時折野犬対策の合同会議を行っており、これからも大阪市と連携しながらより有効な対応策を検討し実施していきたいと考えています。

・桟橋について
福島管内における桟橋は河川法の許可を受けた占用桟橋となっており、それぞれ許可請け人が許可条件のなかで安全対策を義務づけられています。

・災害時の避難体制について
日頃より住民や河川利用者の防災意識を高め、いざという時に的確な行動がとれるよう防災意識を高める啓発活動や防災教育をはじめ、防災、減災のための必要な情報提供や体制の整備、施設の整備についても大阪市や区役所と協力しながら実施していきます。
現在は河川レンジャーを通じ、啓発活動・防災教育を実施しています。

・河川情報提供設備について
毎朝設備の自動点検で試験放送を行っていますが、これはアンプ出力1ワットで放送しています。有事の際にはアンプ出力100ワットで放送しますので、高水敷にいる方に充分聞こえるものとなっています。

・河川敷からの待避について
高潮や洪水が予測される場合は予め河川巡視を行い、利用者へ待避を呼びかけています。また、東南海・南海地震発生の際には約2時間で津波が大阪市に到達すると想定されており、その時には河川情報提供設備が作動します。
尚、ホームレスの皆さんには平時及び出水期前に「河川敷は大変危険なので河川区域外へ退去して下さい」という旨のチラシを配り、呼びかけを行っています。

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9月  
通報

【9月1日モニター報告】
8月30日のリバーマスタークラブの学習会で渡された西中島水路問題を通して感じることは情報の公開をどうするかだ。「野犬対策として水路をつくる」の結論だけではさっぱり分からない。今日出張所に電話をして、論議の経過を聞いて「なるほど」と納得できた。淀川の堤防工事も毎年どこかでやっているが、何の工事をやっているかは住民にはわからない。西中島地区には塚本の堤防工事が終わったのに残土が置いたままである。これらのことについても住民に分かるような説明−情報の公開がいるのではないか。
もう一つ感じることは環境の変化だ。夏に淀川の水が茶色になったり、塚本の船だまりでカニが増えているが干潟ではカニが減っている。河川敷のグランドにはキノコが生えたりしている。わたしたちがつくり出してきた地球温暖化は淀川の環境にどんな変化をもたらしているのか心配なことである。

【9月2日モニター報告】
これで淀川右岸の福島出張所管内は一通り歩いた。わずか8kmほどの間であるがいろいろな淀川の表情があり楽しいかぎりである。「川が川をつくる」という考えは一歩一歩であるが着実に前進しているように思う。この取り組みをさらに加速させながら後世にどんな淀川・自然を残していくかであろう。多くの人に淀川に関心を持ってもらい一緒に将来のことを考えていくためにどうするか。淀川水系河川整備計画では「人と川とのつながり」を、淀川河川公園基本計画では「淀川における自然環境や歴史・文化・人との関わりを大切」にすることを一つのポイントにしている。わたしはすばらしい淀川を伝えていくためには、ここが大切ではないかと考えている。淀川を歩けば嫌がうえにも落書きやゴミが目立つ。淀川や郷土、地元に愛着を持てば、ゴミを捨てる人もいなくなるであろう。そういった意味で淀川のゴミ問題を考えてみたいし、この問題を通して淀川への関心を高めてもらいたいと思っている。

【9月4日モニター報告】
いつもは右岸を歩いているが、モニターをやり出して急に左岸のことも気になりだして、左岸を歩くことにした。現在は新淀川で分けられて右岸と左岸だが、もともと中津川の時代には中津川左岸として一体であった地域だ。実際に歩いてみて右岸と左岸で違いがあること−釣り人の数、河川敷の状態などには驚いた。左岸には中津川運河があり固有の問題があると思われるが、やはり共通しているのは不法投棄ゴミ問題である。このすばらしい淀川を次代に残していくためには解決しなければならない問題になっている。今日歩いた所だけでも淀川の豊かな自然とともに、長年に渡って川と水とたたかってきた人間の歴史があり、その上に現在の我々の生活があることがわかる。こういったことをもっと知らせて地元・淀川に愛着を持つことが重要ではないか。まさに「川と歴史、文化、人との関わり」をどうつくっていくかである。むずかしい問題だがここに成功すればゴミ問題は解決していくのではと思う。

【9月6日モニター報告】
先日と今日とで淀川左岸の一定の部分を歩いた。同じ淀川でありながら右岸と左岸で川の表情が違うこと、また今日でもボラ、カニ、クラゲ、小魚などの生物、7種ものキノコを見つけるなど豊かな自然があって楽しいかぎりである。この楽しさをどれだけの人が知っているのであろうか。今日の提案は大淀野草地区についてである。野草園としてはすばらしいものがある。安全性の面では背丈もある草むらで何かおきたら−野犬にでもおそわれたらどうするのであろうかと思う。そういった面で何が良いかは分からないが工夫がいると思う。もう一つは野草園に親しんでもらう点である。野草園の中に道があってよい。しかし背丈もある野草の中を何かやみくもに歩いている感じがする。入口など所々に野草園の全体像が分かるような看板を掲げるとか、代表的な野草については写真入りで説明を加えるなど、もっと工夫すればこのすばらしい野草園を多くの人に親しんでもらえると思う。

【9月8日モニター報告】
モニターとして淀川右岸を歩きだしたら左岸も気になり歩きだし、これで右岸左岸を一通り歩いた。これからは月に1回両岸を歩いて見たい。改めて淀川を歩いて見て、大都会・大阪の中に、よくこれほど自然を残した河があったものだと強く感じる。この貴重な自然は何としても後世に伝えていくべきものだ。そのためにどうするか。淀川の自然のすばらしさを体感してもらい実感してもらうことだ。その点で新しい淀川河川公園基本計画で新たな考えでゾーンニングされているが、上流から淀川大橋までである。国交省はそこから下流は河川敷がないと言う。しかし実際に歩いてみて、基本的には伝法大橋までは河川敷があり、実は人の手が入ってないということで、ここが一番自然が残されている。河川敷がないとゾーンニングから切り捨てるのではなく、もう一度事実を見てゾーンニングするかどうかも含めて、この貴重な自然を残していく立場で考えてもらいたい。またこの地域にも人(釣り人やホームレス)が入ってくるわけで、堤防への登り口など安全性の確保の側面からも考えてもらいたい。

【9月10日モニター報告】
気候がここ数日で涼しくなり秋めいてきた。淀川で散歩を楽しむ人も増え、十三干潟でシジミ取りをする人も増えている。また川の水温も下がりハゼも釣れだしている。しかし秋らしい豊かな自然が増えていく一方で、今日は禁止なのに公然とゴルフをする人、立入禁止の新北野船着場をボートで利用する人、犬のフンの後始末をしない人、ワザワザ車で来てゴミを捨てる人、きれいなコスモスを大量に切り取って持って帰る人など嫌な側面ばかりが目についた。一部に夜花火などをして騒ぐ若者もいるが、これらの行為をする人の大半はそれなりの年齢の大の大人である。これらの人たちのモラルを変え、淀川の自然を守っていくためにゴミ問題を系統的に粘り強く扱うことが重要ではないか。この間、国・府・市にいっていろいろと話をするが、行政間にある壁を強く感じる。大阪の大河・淀川の自然を守り、住民の安全を守るためには行政間の壁を取り払い、淀川水系全体として考えていく必要があると思う。そのためにはどうすればよいのであろうか。

【9月12日モニター報告】
釣り人が「4〜5年から比べたら淀川はウンときれいになった。こんな大都会の川は他にはない。大切にせなあかん。」と言っていたが全く同感である。「川が川をつくる」考え方は着実に前進方向にある。しかしその一方で、きれいに咲いたコスモスを大量に持ち帰ったり、シジミ取りのためならばせっかく生えたヨシを鎌で刈り取ってしまう傍若無人な行為もあとをたたない。釣り人が言うように淀川を大切にしていくためにはどうすればよいのであろうか。淀川を散歩する人や自然を守る団体の人達は淀川に関心を寄せているが、大半の人たちは環境にしろ、利水にしろ、治水にしろ、無関心である。その最たる例が淀川右岸で浸水解消のためにつくられたポンプ場がすべて無人化されるのに声一つおきないことにあるのではと思われる。われわれは太古の時代から川とたたかい川の恩恵に与り川と共に生きてきた。しかしそのことを忘れてしまっているのではないか。淀川を大切に守っていくためには「川と共に生きる」ことを取り戻し、地域ぐるみの取り組みにすることだ。そのために淀川のゴミ問題がとっかかりになればと思う。

【9月15日モニター報告】
9月14・15日連休で実に多くの家族がハゼ釣りやカニ取りに来て淀川の自然を楽しんでいる。その中でそぐわないのが川の中や河川敷に捨てられたバイク、タイヤなどの不法投棄である。とりわけ河川敷内の十三大橋たもとと西中島の堤防の外のゴミ集積場−不法投棄の山である。この2カ所はいずれも4日前にゴミを回収してきれいにした所である。それがいずれも4日後にはゴミがたまり始めている。一体人間のモラルはどうなっているのであろうと思う。全く嫌になってくる。いくら自然や環境の回復を訴えても、この問題を解決しないことにはできないのではと思う。この雄大な淀川の中に、その広さにかくれて様々な物が捨てられているが、この問題を解決していくためにはどうすればよいのかと考えてしまう。

【9月15日モニター報告】
淀川は歩けば歩くほど、その面白さ、楽しさを再認識させてくれる川である。しかし自然と隣合わせであり、自然であるだけに何がおきるかも分からないことを知ることだ。今日の散歩で言えば淀川大橋の左岸下の護岸は斜面になっており危険である。ここに子どもらが入り、引率の大人はビールを飲んでいる。何を考えているのかと思う。こういった所は安全性の面から明確に立入禁止にしてもらいたい。淀川は散策を楽しむ人、釣りをする人、カニ取りをする人、グランドで野球をする人など様々な人々がいる。しかし、自然の中で行動するのであるから、おのずからルールがあるものである。このルールが一番守られてないのが河川敷の不法投棄ではないかと思う。河川敷に住んでいるホームレスの人たちも含めてこのルールを守れば、もっときれいで素晴らしい淀川になるのではないか。

【9月21日モニター報告】
自然と危険、安全と危険を考えさせられる一日であった。淀川には釣り人、シジミ取りや家族連れなど多くの人が豊かな自然を楽しみに来る。今日のように淀川に人が流されたり、大阪湾での釣りが禁止になろうとしている。これらはいずれもルール違反をした結果生まれてきている。豊かな自然とつき合うためには、昔から「安全」をいかに確保するかのルールがある。その現代的なものが「不法投棄禁止」「立入禁止」の看板であり、ライフジャケットの着用である。自然と危険は隣り合わせにあるものであり、このことを自覚して必ずルールを守ってもらいたいものである。今日の出張所との懇談で淀川のゴミ問題の解決は長期で粘り強い取り組みがいることがよく分かった。悪条件(予算の削減、人員の減少)の中で、淀川の自然と環境を守る最後のトリデが出張所の職員だと思う。このことをどれだけ多くの人に理解してもらうか、当面は毎日の散歩でゴミリーフを使って対話していきたい。

【9月23日モニター報告】
季節は夏から秋にかけての変わり目である。河川敷の日の光、草のみどり、様々な虫の声、そしていつの間にかツバメの群れがいなくなり、変わってカモが現れている。楽しいかぎりである。川の水の中はまだ水温が高く、例年の2ヶ月遅れだと言う。まことに自然とは不思議なものである。明日からでも水温の調査をしてみたい。昨日からゴミのリーフで話を始めた。話せば「知っているが、誰かがやっているだろう」という感じから、少しは自らの問題として考えてもらえたのではと思う。情けないと思うのは、ルールを破るのは子供や若者でなく、大の大人であることだ。未来に豊かな自然を残していくためにこのルールを破っても自らがよければ・・・という人たちを変えていくことだ。気の遠くなるような長い話だが、地道に粘り強くやっていくことだ。「川が川をつくる」と粘り強く取り組んできた淀川河川事務所の努力があったからこそ、現在の淀川があることをふまえて。

【9月24日モニター報告】
今日から一週間ほど淀川の水温をはかって見ることにする。季節の変化で「ハゼが釣れない。水温が下がらないとダメ。」の声が多いが、今日のようにアオイソメをエサにしている人は大漁である。エサを水ゴカイ、石ゴカイからアオイソメに変えた工夫の結果である。人間の歴史−自然を人間の知恵と工夫で克服してきた歴史を見ているようで面白い。その一方で淀川の自然を楽しむためにきた釣り大会の人たちでさえゴミを放置したままである。また西中島のゴミも行政(大阪市)は「住民から苦情があるから一応対策をとる」の態度である。環境、環境といろいろ言われるが、一番の問題は人間がだすゴミである。こんな単純な問題でも、今日の事態を見ると、誰がいつから本気になって考えるのかと思ってしまう。

【9月25日モニター報告】
今日は市内の大川、東横堀川、堂島川、土佐堀川沿いを少し歩いたが、改めて淀川の自然がいかに大切かを再認識した。また釣れたり、釣れなかったりのハゼ釣り、夏から秋への移行を感じさせるカモの飛来、自然の力の不思議さを感じる。しかし一方で、コスモスの持ち帰り、バイク・自転車・タイヤの不法投棄、それに対する行政の側のお役所仕事と批判されても仕方のない取り組みがある。水害などでもそうだが、自然を守る点でも、住民と行政がいっしょになってどうしていくかを考える場がいるのではないかと思う。とりわけ、住民の側が誰かにまかせることなく自らの問題として真剣に考えていくことが必要ではないか。

【9月27日モニター報告】
淀川は歩けば歩くほどに自然が豊かな川であることを実感する。本日でも、矢倉ではサヨリが釣れ、それがハゼやウナギになる。エサや場所により釣れたり釣れなかったりと面白いかぎりである。家族で釣りに来て、釣れなければシジミ取りを楽しむことができる。そしてカニ、エビがおり、グランドにはキノコがあり、草むらはバッタの天国になっている。しかしその一方で、バイク、タイヤ、自転車の不法投棄、今日は廃船まで流れついている。そしてペットボトルに空き缶、あちらこちらにゴミの山がある。大人たちは河川敷にテントを張り、バーベキューを楽しんでいる。それも矢倉緑地から歩くと、人が住む所にしたがって増えてくる。このゴミの問題は明らかに人間の活動の結果である。各新聞やTVでは環境問題がさかんに話題になっている。いくら話題にしても、一人ひとりの人間が身の回りから改善しないことには、この問題は解決しないであろう。豊かな淀川の自然を守っていくために、人事でなく、自らの問題として真剣に考えてもらいたいと思う。

【9月30日モニター報告】
雨の中、初めて淀川を歩いた。淀川大堰の水の勢いある流れを見ていると、自然の恐さを感じる。この雨の中でも淀川で釣りをする人が何人もおり、河川敷にはホームレスが何人も住んでいる。わたしは「川が川をつくる」考えにもとづき、自然が回復していることは素晴らしいことだと思う。その反面淀川下流部は淀川大堰で水が堰止められ、土砂の堆積がなく護岸が砂からテトラに変わっていくことを残念に思っている。自然の回復のためには月1回くらいは淀川大堰を全開して河川敷まで水を上げるべきだと考えていた。雨の中を歩いて、河川敷には多くの人(ホームレス)が生活しており、雨でも危険をかえり見ず釣りをする人がいる。そこには人の命があり、これらの問題を解決することなしには、淀川大堰を全開することはできない。「川が川をつくる」淀川の自然を回復していくためには、長い人間の活動がいるようだ。

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処置

 こんにちは、稲垣さん。モニター報告ありがとうございます。色々な角度から散歩を楽しまれているようですね。ご提案、ご質問については下記の通りです。

・ 地元への工事説明について
工事に関しては工事着手前に関係する連合会長へ事前に伺い、工事の説明及び周知方法等含めてお話をさせていただきます。塚本地区堤防強化工事については事前に連合会長に話をし、周知方法については回覧及びポスティングで了解を得て周知をさせて頂いています。また、工事説明用のチラシについては内容についても確認していただいています。工事について何かあれば、連合会長通じて連絡していただく形で施工については進めているところです。現在は出水期間といって洪水や台風が起こりやすい時期のため工事としては動いていない状況ですが、出水期間明けの10/16から工事を再開するために連合会長へも同様に説明を行っています。尚、河川敷に置いてある土ですが出水期明けの工事の際に使用する予定です。

・不法投棄について
不法投棄の問題については当方も頭を悩ませております。ゴミの回収は予算の都合上、年に数回しか行えていません。また回収してもすぐに捨てられるというイタチごっこの状態です。福島出張所管内では、家財道具一式など遠方からの持ち込みと思われる不法投棄や、地域外の方がバーベキューや花火のゴミを放置して帰るといった事例も多数見受けられます。当方で回収したりボランティアの方が清掃活動して下さったりしていますが、追いつかないのが現状です。捨てられやすいポイントにはゴミ捨て禁止看板を設置したり、ひどい時には監視カメラで監視していますが、残念ながらなかなか効果があがりません。住民や利用者の皆様のモラルに訴えるしかありませんので一朝一夕には解決しがたい問題ですが、これからも啓発活動に努めていきたいと思います。稲垣さんが現地で行っていただいている対話は非常にありがたく感じています。

・自由使用と迷惑行為について
 本来的に河川は“自由使用”とされています。これは「他者の河川の使用を妨げない限度において一般公衆の自由な使用に供されるものである。」という意味で、流水面、高水敷を問いません。自由使用で供されている限り河川管理者が何かを制約したり禁止したりすることはありません。逆に“他者の河川の使用を妨げ”る場合は迷惑行為となり指導対象と言えます。多くの人々が淀川を楽しまれている反面、稲垣さんがご覧になったように様々な迷惑行為が行われていますが、現行法規上で最大限できる対策として巡回時の指導や看板の設置しか行えず、またマナーやモラルの問題であることも多く、対応に苦慮しております。

・淀川河川公園について
 淀川河川公園についても関心を持っていただきありがとうございます。大淀野草地区に関するご提案につきましては、貴重なご意見として公園を管理している河川環境管理財団にお伝えしておきます。また、十三野草地区の摘み草苑については自由に花を摘んでいただけるエリアとなっています。
淀川大橋から伝法大橋までの河岸(河川敷)に、ご意見にある「自然が残されている。」ことは認識していますし、「貴重な自然を残す」ことについても同じ考えです。当該高水敷箇所の今後20〜30年間の河川整備計画についてはどのように整備していくのかが決まっていませんので、整備計画が定まるまでは現状を維持管理します。
 なお、「淀川河川公園」は河川整備が概ね完了した一定以上の土地を対象としているため、今回の「淀川河川公園基本計画」の対象区域にはなっていません。淀川河川公園基本計画は、今後の自然環境の状況や社会動向、周辺の都市の状況、利用動向などの変化を踏まえ、必要に応じて見直すことになっています。

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10月  
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【10月3日モニター報告】
 今日は久しぶりにウナギ漁をしている人と長話をした。昔の淀川や大野川の話や、ヘドロから淀川を再生し、そして淀川の自然で生活している話を聞くとうれしくなってくる。しかし、ガソリンの値上げなどの影響をうけており、どうなるのかと思う。しかし、何としても淀川の自然を守っていきたいの熱意は痛いほどわかる。自然の最大の障害はルアーの針も含めて人間がつくりだしたゴミである。この問題の解決は、今日の散歩でも新たなゴミ集積地が増えているなど大変むずかしい。あれだけあったヘドロを克服してきたのだから、きっとゴミ問題を解決していくことだろう。そのためには、淀川や地域にどう愛情を持ってもらうかである。さしあたって早急な検討が求められているのは河川敷にある10数種のキノコへの対策と思われる。平野区でおきた事件をくり返さないためにどうするか対策が求められていると思う。

【10月4日モニター報告】
 淀川の自然の豊かさを感じる散歩であった。いつものように堤防に上がると視野が広がり緑も豊かで心が安まる。この大都会の淀川でハゼが釣れ、キビレが釣れ、セイゴが釣れ、ウナギが釣れる。何と自然の豊かなことであろうか。その一方で、あとからきてケンカをする釣り人、子どもらにゴミを捨てるように指示する野球の指導者、岸辺近くを走り釣り人とトラブルをおこす船、コスモスを持ってかえる大人たち、ゴミを河川敷に捨てて帰る人などモラルのなさはなげかわしい限りである。マスコミではダムが先か堤防が先かと話題になっているが、一体どれだけの人がこの問題に関心を持っているのであろうか。この論議のポイントはこのすばらしい淀川の自然を後世に伝えていくこと、そしてより安全な地域をつくっていくことにある。そのために国交省や流域委もあるが、多くの人に淀川の現実に接してもらい淀川に愛着を持ち、どうすれば良いのかを真剣に考えていってもらうしかないと思う。

【10月6日モニター報告】
 淀川は歩けば歩くほどもっと知りたくなる大河である。昨日の学習会で「淀川流域圏を考える」のテーマを講師の宮本博司さんは「淀川流域圏を感じる」に変えたが、その気持ちはよく分かる。本日も大淀野草園の池にはカニがおり、それ以外にも何かが生きている。カモが頭を水につけて尻を出している姿もほほえましいものだ。マスコミでは、ダムか堤防かで騒いでいる。国交省の整備計画原案を見ても、本日もらった流域委の意見書案を見ても、総合的治水という考え方があるのではないかと思う。何かあった時に被害を受けるのは住民であり、もっと時間をかけて何が一番良いかを出してもらいたい。それをやっていく上で塚本の堤防強化の「お知らせ」でもだが、もっと住民に分かりやすく納得できる形で情報を公開することがカギではないか。この点では、国交省も流域委もマスコミもそれぞれ責任を負っているのではないかと思う。

【10月8日モニター報告】
 ハゼ、キビレ、ウナギがおり、ヨシ原があり、干潟には沢山のカニがいる。橋の上からも小魚の群れて群舞しているのが見える。実に豊かな自然である。この自然を後世に伝えていくためには、今日初めて寝屋川から来た女の子が「カニがいっぱいいるので驚いた。淀川はすごい川だ」「しかしペットボトルなどのゴミがなくなるとよい」と言っていたが、実際に淀川に来て、その自然のすばらしさを体感・実感してもらうことが重要だと思う。その一方で、大堰からは何か分からない白い濁った帯が流れでていたり、住民が分からない間に堤防の護岸がコンクリートの護岸から盛土に変えられている。国交省と流域委のダムが先か堤防が先かの論議があるが、実際には住民がよく理解しないまま工事が行われ、淀川の形が変わっている。堤防の強化にしろ、白濁した帯にしろ、その結果被害を受けるのは住民であり責任を負うのも住民である。淀川でおきていること一つひとつについて住民自身が考え判断できるようにするためにもっと情報を公開することをやるべきと考える。

【10月9日モニター報告】
 今週、またゴミリーフを持って歩いている。淀川に来ている人―初めて来た人は、その自然の豊かさに心を奪われるとともに、あちこちにあるゴミを何とかしたいが共通の思いである。この思いがあれば、いつか必ず解決するものと思う。そのためには、まず淀川に来てもらい、淀川自身の素晴らしさを実感・体感してもらうことではないか。さらに以前から淀川に来ている人は人の手が入り外来種が増えたことを嘆いている。初めてきた人は、カニがおり、ハゼが釣れ、シジミが捕れるなど、現実に驚いている。ここに大きなギャップがあるように感じる。以前(昔)の話もよいが、現実にはダムがあり、淀川大堰があり、外来種が確固とした位置を占めている。淀川の自然を守っていくためにはこうした現実を認めて対策を取ることが必要だと思う。また、淀川水系計画原案もあるが、一人ひとりの利用者、一人ひとりの職員が、自然を守る、住民の安全を守る立場からできることから始めることだと思う。

【10月10日モニター報告】
 淀川はサギ、カワウなどの鳥、ハゼ、サヨリなどの釣り、様々な自然がある。今日歩いて感じるのは、グランドなど人の手が入った所より、背丈ほどの草が伸び人が入らない所ほど自然があるということである。堤防を中心に見て歩いた。コンクリートでできた護岸があり、スーパー堤防のように盛土の上にブロック組みがされている堤防があり、その対岸の盛土の上に芝を張った堤防がありと様々である。また伝法大橋では耐震強化の工事がおこなわれている。堤防にしろ耐震強化の工事にしろほとんど住民は知らないままである。大きな災害と言えば13年前の阪神淡路大震災であり、住民はその時の「痛み」を忘れてしまい「安全」だと思って生活している。水防碑ではないが「災害は忘れたころにやってくる」である。もし、万一の時に被害を受けるのは住民である。その時に住民自身が備えるためにも、国、府、市は正確で住民に分かりやすい情報を公開することがいる。現在は、住民の知らない間に無関心なままに変わっているように思う。これを打開することがいる。

【10月11日モニター報告】
 今回はわたしが毎月している「歴史散歩」で、赤川鉄橋を中心に回り、福島出張所管内とは別であるが、いくつか気づいた点があるのでモニターをする。一つは、淀川大堰をはさんで上流部と下流部の違いである。上流部にウォーターレタスなど外来種があり、これが下流部に流れてくる。明らかに福島出張所管内は淀川の最下流部であり、これらの吹きだまりであることはわかる。しかし、上流部にはバイク、自転車などいわゆる不法投棄は少ない。とりわけ淀川大橋から十三大橋付近の不法投棄が多いのはなぜであろうかと思う。二つは淀川の自然を守るためにも、水害に強いまちをつくっていくためにも、淀川を実際を見てもらうことの重要性である。今日でも、堤防の上から内外を比べると明らかに高さの違いが分かるし、河川敷には外来種が多くあることがわかる。こういったことを実際に体感し、どうしていったらよいかを一人ひとりが考えていくことが重要だと思う。そういったことに少しでも役にたてたらと思う。

【10月12日モニター報告】
 本日は家族ハゼ釣り大会があり、見に行った。「淀川の自然と環境を守ろう」ののぼりがある。参加者の大半が初めての参加者であり、淀川の自然を実感してもらえたのではないかと思う。しかし、その一方でビール片手に釣りをやる人も多く、淀川の自然をナメている人もおり、大会のあり方を考えて見る必要はありそうだ。
 ゴミ問題は深刻である。今日も少年野球の指導者が少年たちの前で堂々とゴミを河川敷に投棄している。この指導者は少年たちに何を教えているのかと思う。
 常連の釣り人が大会参加者を見て「今日はややこしいのばかり」と言っていたが、ゴミ問題などは、毎日淀川に来たり利用したりする人の問題でなく、バーベキューや釣りにくる人、そしてバイク、自転車など不法投棄目的で遠くから来る人たちの問題が多い。こういった問題を含めて、他人事ではなく自らの問題として一人ひとりがよく考えることが必要だと思う。

【10月13日モニター報告】
 昨日の「家族ハゼ釣り大会」がゴミ集積所のゴミを含めて持ち帰ったことや、本日の大淀中卒業生の野球大会の前に全員が周辺地域を掃除している姿などは、今後のゴミ問題の解決の一つの方向を示していると思います。西中島のように行政の側からの努力とともに住民の側からの努力がいると思います。こういった力を粘り強く組織することだと思います。もう一つは「自然を守る」という点です。よく「イタセンパラはいなくなった」「昔は良かった」などの声が聞かれます。淀川を歩いて見ると、セイタカアワダチソウやアメリカ産のザリガニ、ブルーギル、ブラックバス、アメリカ産のカメなどの外来種が淀川に定着しており、これらを駆逐しようとしても、とてもできるものではありません。これら外来種も含めて、淀川の自然をどう守っていくかを考えていくことだと思います。そのために、やはり、実際に淀川の自然を体感してもらい、一人ひとりがどうすれば良いかを考えてもらうことが重要だと思います。

【10月15日モニター報告】
 雨の日の翌日の淀川も、水たまりでスズメが水浴びをしたり、カラスが水を飲む姿などがありほほえましい感じがする。上流からウォーターレタス、木クズ、ビニール、ペットボトルなどのゴミが流れてきている。釣り人は「これがおさまらないと釣れへん」と言っている。これが云ゆる上流と下流の問題である。現在の淀川大堰があるかぎりは今後も続いていくことであろう。その中で気にかかるのはJR塚本まで流れついている白いアワである。先日淀川大堰に行った際には一つの水門から白い帯が流れ、長柄大橋まで続き、その後は十三大橋付近では白い点々になっていた。これが一体何であるのか。発生源はどこであるのか。淀川の自然に与える影響はどうなのかを調べる必要がある。住民の知らない、関心をよせない間に淀川が変化している。今、淀川は様々なことを乗り越えて自然を取り戻しつつあり、住民がもっと関心を持つことが必要になっている。

【10月16日モニター報告】
 淀川は時々刻々変化しており、何度歩いても楽しい散歩である。今日行った新御堂筋やJR東海の水際などの景色はほとんどの人が知らないであろう。福島出張所管内でも歩けば必ず新しい発見がある。こういったことを是非多くの人に楽しんでもらいたいものである。その一方でセイタカアワダチソウなど外来種が幅をきかすようになり、こういったものとどう融合し、淀川の自然を後世に残していくか新しい問題もかかえている。また淀川にバイクなど不法投棄する者がおり、「禁止」の看板の前でゴルフをし、バイクを平気でとめる者もあとをたたない。新しい淀川整備計画が決められようとしているが、マスコミはダムが先か堤防が先かの話題ばかりである。これも防災上重要な問題ではあるが、もっと淀川の現実―自然の豊かさと、その中でそれを壊す不心得者がいること、そして外来種が侵入など日々変化しており、この中でどうしていったらよいのかをキャンペーンしてもらいたいと思う。

【10月18日モニター報告】
 淀川は歩けば歩くほどに新しい魅力を発見できる川だと思います。本日も、伝法大橋から西島水門まではハゼ釣りで、水門から矢倉緑地まではサヨリねらいである。この間わずかな距離であり、なぜ違うのかと考えてしまいます。右岸では釣りをやる人が多いのに対岸のスーパー堤防ではなぜ少ないのかも考えてしまいます。さらに淀川では福のように漁業で生活しており、水産会社が実際に存在していることも興味があります。また、本日の福や西島の住吉神社のように昔からの人と淀川のつながりのあるものが各地に残されており、楽しい限りです。これらのことは実際に淀川を歩いて実感・体感しないと分からないことばかりです。防災問題でも淀川の堤防を歩いてこそ、わたしたちが住んでいる所がいかに低いか理解できます。淀川の自然を守るうえでも水害に強いまちをつくっていくうえでも、多くの人が実際に淀川を歩いてほしいと思う。

【10月20日モニター報告】
 淀川を散歩する人、釣りを楽しむ人など豊かな自然を共有する人たちがたくさんいる。そして突然バッタなど虫が飛び出してこなくなったりと季節の変化も鋭敏に感じとれるものである。この間は河川敷の不法投棄をはじめ、ゴミ集積地などが気にかかっていたが、先日の淀川大堰から流れ出る白い帯が気になり、足で調べて見た。この白い帯は長柄橋までは蛇行して流れ、その後は3本の白いアワとなって十三大橋すぎまで流れている。それはさらに小細いアワになってJR塚本、淀川大橋を越えて消えている。この区間には干潟再生実験中や十三干潟があり、多くの人がシジミ取りをしている。左右両岸ではハゼ釣りを楽しみ、川の中には伝法と福の漁師のウナギの仕かけがある。こうした中を白い帯になったものが流れている。シジミはみそ汁、すましにし、ハゼは天プラにして食べ、ウナギは料亭に売られ、人間の口に入っている。いずれも「おいしい」と言って食べているが、これが人間にどんな影響を与えているのかと思う。

【10月21日モニター報告】
 塚本の堤防強化工事は部分的な工事とはいえ、周辺地域に住む人、毎日淀川を散歩する人、釣りを楽しむ人などは相当な関心を持っていること、その中には説明不足による不安や不満がうずまいていることがわかった。工事が始まってからは堤防強化工事の説明板もはずされてしまっている。こういった些細な説明不足から「お役所仕事」に不満を持ち、公務員バッシングがおきることは残念である。住民も散歩する人も釣りをする人も公務員も淀川を愛する点では共通している。工事は来年1月まで続くわけで、今からでも住民の中での常識―工事をする時は隣近所に説明する―になっていることをするべきではないか。もう一つ、昨夜十三大橋の下のゴミ集積所に火がつけられた。誰がやったかわからない。しかし、河川敷のゴミ集積所は週1〜2回の回収の体制をつくり、原因のもとをなくすことを早急にやる必要があると思う。

【10月22日モニター報告】
 一週間前までは様々な虫の音とともにバッタと追いかけっこをしながら散歩をしていた。それがここ数日、虫の音はするが姿を見なくなってしまった。本日も淀川大橋から伝法大橋の両岸を歩いたが見かけたのは2匹である。わずかな差で変わる自然の移り変わりとは不思議なものである。本日は海老江西小学校の児童が授業の一環としてハゼ釣りをしていた。ボランティアの人が「一匹でもいいから釣らせてあげたい。そうすれば淀川が好きになってくれる。」と言っているが、まさにその通りで、多くの小学校でこういったことをやってもらいたいものだ。また、河川敷の各所にフェンスで囲いがつくられ「立入禁止」になり工事をしている。その工事は一体何の工事をしているのか。工事をすればどうなるのかの説明がない。国交省は地元自治会に説明したと言うが、淀川を利用するのは、散歩する人、釣りをする人など多くの人がおり、自治会(最近はマンション住人は自治会に加入していない)の説明だけではその説明責任を十分に果たしているとは言えない。現場に分かりやすい説明板を置くなどの改善が求められている。

【10月23日モニター報告】
 いろいろ考えさせられる散歩であった。河川敷は新たなゾーン指定がされ「淀川の自然」を取り戻すことが始まろうとしている。ここ数日の散歩ではセイタカアワダチソウなどの外来種が「淀川の自然」の主役になっている。河川公園を管理する河川環境管理財団は来年はコスモスをやめて野草のはえるのにまかせると言っている。ここも大淀野草園のようにセイタカの天下になってしまうのであろう。また、一番の自然と思われる地域を野犬対策として水路で囲もうとしている。「淀川の自然」とは何であるかをもう一度考えてみる必要がありそうだ。また、福島出張所管内で、塚本の堤防強化、伝法大橋の耐震強化の工事がおこなわれている。河川敷の工事は「維持補修中」の看板のみで何をしているかわからないのが普通である。今回の塚本では事前に「説明板」を設置するなど評価できるものである。しかし、工事をやる側―国土交通省と請負会社の側からの説明であり、住民にはよく分からない。もっと住民の側にたった分かりやすい説明をする必要がある。

【10月24日モニター報告】
 淀川を歩くと、その自然の豊かさにいつもながら圧倒される。しかし、外来種の侵入にしても、塚本の堤防工事にしろ、住民の知らない間にどんどん変化している。関心を寄せない住民の側にも問題はあるが・・・。しかし、「川が川をつくる」考えで淀川の自然を回復するためには住民の協力、参加なしにはできることではない。そうした点から考えて見ると、塚本の堤防工事にしろ、来年からコスモス園をなくす話にしろ、野犬対策で水路をつくる話にしろ、いずれも住民との関係では余りにもズサンである。自治会には説明したと言うが、最近はマンション住人は自治会には加入していない。これで本当に行政の説明責任を果たしているのであろうか。淀川水系整備計画案についても、ダムが必要であれば国土交通省は住民が納得できる説明をするべきだと思う。これをしないと結局住民との間に入る現場の職員が困るだけのことになるのではないか。再度、住民との関係で考え直してもらいたいものだ。

【10月25日モニター報告】
 塚本の堤防工事に新たに「説明板」が設置され住民の要望にこたえようとする姿がうかがえる。これはこれとして評価できるものである。住民の不安はこの工事により現在の堤防より強化されるのかどうか安全になるのかどうかにある。今後、改善をしてこの不安を取り除くものにしてほしい(堤防の見ばえがよくなることに関心があるのではない)。淀川大堰から流れ出る白い帯に気付いているのは私だけではない。淀川の水は様々な人が利用しているだけに、これは何なのかの調査をし早急な対策をとってもらいたい。この一ヶ月余の間に塚本の船小屋が放火で全焼し、十三大橋たもとの不法投棄の山が放火により燃えている。ボヤを入れればもっと多い。このことは昨日行った床屋でも話題になり、本日も阪神水道企業団の警備の女性が話題にするなど、周辺住民にとっては不安である。各所にある不法投棄の山を放置しておくのも問題である。早急に抜本的な対策をとることが必要だ。

【10月27日モニター報告】
 季節の変化とともに釣人の数はグっと減っている。以前に釣人が「淀川に毎日来ているおいらが淀川の事は一番よく知っている。おいらの意見をもっと聞くことだ。」と言っていたが、これが本当なのかも知れない。白いアワの存在は気にかかる。10月8日淀川大堰に行き、白い帯が流れ出ているのに気づいたのが出発で、それ以後毎日のように白いアワがある。すでに3週間になる。今まではその存在に気づいてないだけで、一時的なものでなく日常的にあるものと思われる。それだけにできるだけ早く白いアワの正体は何かをはっきりさせ、対策をとることが求められていると思う。セイタカアワダチソウを中心に外来種を見て回った。外来種が多いのは、大淀野草園、十三野草園などであり、これらは野草園と言いながら、全くの自然ではなく人工的につくられたものである。河川環境管理財団は来年から十三のコスモスをやめると言うが、「淀川の自然とは何か」の視点から再検討すべきではないか。

【10月28日モニター報告】
 塚本堤防工事は600mにわたる広い地域だけに住民は注目して見ている。国土交通省にも現場にも説明板の掲示を要請。その後6カ所に説明板がだされて良いことだ。しかし住民の「これで堤防は強化されるのか」の要望には具体的に応えるものになっていない。そのことを現場に言うと「国交省からこの程度でよい」と言われているとのこと。国土交通省の「この程度でよい」の発言は住民に対してどう思っているのであろうか疑問に感じる。この姿勢が続く限り、いくら良いことをやっても国民の協力を得られない所か不信を招くものになりかねない。またも昨夜不法投棄の山が放火されている。犯人は警察がつかまえるが、放火のもとになっている不法投棄の山の撤去−回収を本格的に考えることがいるのではないか。これから冬になり、風も強くなる。河川敷のゴミの山への放火の火が人家に移ったら大変になるだけに真剣に考えてもらいたい。

【10月29日モニター報告】
 いずれにしても、淀川は明治になって人間の力でつくられた川だ。その後様々なことが人間の手で加えられている。また「川が川をつくる」考えに基づいて自然の回復も顕著である。ここへ野犬対策として水路がつくられ、自然と人間が切り離されようとしている。そして来年はコスモスをやめ野草園にすると言っている。実際の野草園はセイタカアワダチソウなど外来種の天下である。要求する側も、対策をする側も淀川の実態を知らないでやっているような気がしてならない。もっと淀川の実際を実感して再考してもらいたいものだ。

【10月30日モニター報告】
 淀川下流部では漁民がウナギの仕掛をおこない、釣人が釣りを楽しみ、シジミ取りをしている。しかし、淀川大堰からは毎日のように何かわからない白い帯が流れでて阪神本線あたりで消える。自然の回復する過程にあるだけに、この正体を早くつかみ対策をとることが求められている。淀川への不法投棄はあとをたたない。これをすべてなくすのはなかなか大変なことである。見ていると不法投棄の山になる徴候はわかる。小さな山のうちに摘み取っておくことである。淀川には毎日巡回パトロール公園職員などなど多くの国土交通省の職員が入っており、これらの人が自らの仕事とは関係ないと知らん顔するのではなく、ゴミの山を小さな内に回収することが求められているように思う。こういう管理者側の姿勢が伝わってこないと、いくらボランティアを組織したり、お金をかけても解決しないのではと思う。

【10月31日モニター報告】
 カモの群れが飛来してきたり、ハゼが釣れなくなりキビレが上ってきたり、虫やカニの姿を見なくなるなど夏から秋、秋から冬への季節を感じさせる散歩であった。福島出張所管内では、塚本の堤防、淀川大橋の耐震、阪神西大阪の地盤、伝法大橋と国道43号の耐震の4ヶ所の工事がおこなわれている。塚本、淀川大橋、阪神西大阪には工事の内容を示した説明板が出され改善されている。しかし、伝法大橋・国道43号にはそれがなく、ないだけでなく住民から見れば通勤用の車の駐車場確保ために不当に河川敷を占拠しているようになっている。さらに国道43号から伝法水門までの堤防も凹があったからというだけで「立入禁止」になっている。住民からすれば高い税金を使ったのに何をしているのかとなる。現在、国も府も市も財政難のおりである。必要なことはやらねばならない。その時でも、もっと住民の目線にたち、住民が納得できる形にすることが必要だ。

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処置

 こんにちは、稲垣さん。モニター報告ありがとうございます。季節の移ろいを手に取るように感じることができました。稲垣さんが懸念されている件に関しては以下の通りです。

・淀川大堰付近から蛇行する白い帯について
これは海水と淡水が混じることで起きる現象のようです。白濁箇所から水を採取し何度も水質検査をしていますが、水質上の問題は特にありません。

・火災について
 福島出張所管内では放火と思われる不審火が多発しており、当方も対策に苦慮しております。中にはホームレスの住家や占用桟橋の番小屋への放火など、イタズラでは済まされない事案も発生しています。過去から公園区域での可燃物の撤去、カメラによる監視、消防・警察による巡回等々行っていますが、広い河川敷での不審火を未然に防ぐことは難しいのが現実です。
 不法投棄を定期的に回収すべきとのご提案がありましたが、現時点では予算上、人員上の問題でこれ以上回収頻度をあげることは困難です。特定の箇所のみ重点的に回収することは不公平になってしまいますし、回収頻度をあげる=費用が増えると本来必要な堤防の補修等が行えなくなってしまうからです。

・工事の説明について
 当方の説明方法に関しまして随分お叱りを頂戴していますが、先月の回答にもありますように工事に関しては工事着手前に関係する連合会長へ事前に伺い、工事の説明を行ったうえで周知方法等をご相談させていただいております。看板やチラシの記載内容については、稲垣さんのように詳細な情報を必要とされる方がいたり、簡潔に分かり易い文面を求められる方がいたりと、個々によって求める内容が異なっておりますので、当方としましては多くの方に簡潔に理解していただけるよう心がけていきたいと思います。
尚、工事そのものに必要な用地(施工箇所、資材置き場等)以外で施工会社が福利厚生の為に必要としているスペース(作業員詰め所、仮設トイレ等)については占用許可をおろしており、占用料も徴収していますので不法占用ではありませんのでご了承下さい。

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11月  
通報

【11月1日モニター報告】
 福島出張所管内の4つの工事現場を見て回った。住民の要望にこたえて説明板を再度掲げた所がある一方で、何の説明もなく「立入禁止」の看板のみで河川敷に通勤用の自動車の駐車場まで確保している。驚くべき差である。同じ出張所管内でこの差はどこから生まれてくるのだろうか。やはり住民の関心なのであろうか。伝法の堤防では何のまともな説明もなく凹地ができたために立入禁止になっている。考えて見れば改良したばかりなのになぜ凹地ができたのか、凹地と堤防の強化との関係はどうなっているのか。凹地ができた堤防はいつ改善されるのかなどなど心配なことばかりである。こういった住民の心配にこたえていくことが公務員の仕事ではないだろうか。わたしは改良されたばかりの堤防に凹地ができるのは手抜き工事以外の何ものでもないと思う。塚本でこういったことのないようにしてもらいたい。

【11月5日モニター報告】
 淀川を歩いて強く感じることは秋から冬への変化である。ハゼも水温の低い朝ではなく昼からの方が釣れるようになったり、ボラの引っ掛けが始まっている。赤や黄をつけた木がある一方で、大淀野草園のススキも見事な白にかわっている。あれだけ勢いのあったセイタカアワダチソウの黄色も変色してきている。さらにはカモの数は日に日に増えている。今日はカワウが北野高校の方角から朝200〜300羽飛来してきた。カワウも夜はどこか陸上で生活しているのであろう。

【11月6日モニター報告】
 矢倉緑地には釣人が6人、30cmオーバーのサヨリがよく釣れている。釣人は「これでもうまくない。いつももっと釣れている。陽もあがって昼までは。」と語っている。矢倉緑地は人工的な空間であるが、目の前の海の上に高速が走り、海の色は3つに分かれており不思議な光景である。矢倉も中島も西島も徳川時代に人が苦労して開発したところだ。その時代に、どんな苦労をしたのかに思いがはせる。伝法大橋をすぎるとカモの群れがいくつもあり、それぞれ100〜200羽もおり、ゆったりと水の中に泳いでいる。歩いていると、まだあたたかく汗がでてくるが、冬が確実にしのびよってきているのがわかる。

【11月7日モニター報告】
 雨の中の新御堂筋下手の状況が見たくて行って見た。途中のコスモス園は折り取られたあとがいたる所にあり、痛々しいかぎりである。持ち帰り自由であるから仕方がないが、美しいものを美しく見る心がほしいものだ。新御堂筋横の抜け道は水浸しである。ここにホームレスが何軒かいるが、どうしているのかと思う。天気の良い日は鳥の鳴声が多い所だが、今日は一つも鳴声は聞かない。雨の中の水管橋の赤レンガもおもむきがあって面白い。カモの群れが新御堂の橋脚の下にかたまっているのも面白い。カッパに長ぐつで釣人が1人、「こんな日はなかなか釣れないが、家にいても仕方ないし、昼まではと思ってやってきた」とのこと。淀川の自然はこういった晴れであろうと雨であろうと淀川に来る人たちによって守られていると思う。

【11月9日モニター報告】
 久しぶりに塚本堤防工事を見に行った。工事はすでに盛土のすべり止めの設置が半分以上もおこなわれており相当に早いテンポでやられている。JR塚本の下は引き潮期で黒い土が現れ、そこへ油が入り、臭いがする。福島出張所管内には道路や鉄道が何本かあるが、JR塚本はその中でも特に油の臭いがきつい。しかし、その臭いのする水の中にもカモの群れが泳いでおり、黒い土をハトが何かをついばんでいる。めずらしくうれしそうな顔をして釣人から声をかけてきた。「今日はダメだが、昨日投げ釣りで46cmのキビレを釣った。釣りを初めて5日目のこと。引き上げるのにどうなるかと思った。みんな事故にあったようなものだと言う。刺身で食べたらおいしかったこと。」とのこと。淀川はいろいろあるが、この話を聞いて「人に勇気」を与える川ではないかと思った。

【11月10日モニター報告】
 今日はカワウがどこから飛来しているかを確かめて見ようと朝早く家を出た。残念ながらカワウの姿を見ることができなかったが、面白いものを見た。毎日増えて来るカモたちである。カモも夜は水の中ではなく陸地にあがって眠っている姿である。そこに近づいてもビクともしない。しかし朝陽が昇るととも、少しの間体をあたためて、お尻をフリフリ、ヨチヨチ歩きながら水中に入っていった。その後姿は何ともこっけいでユーモラスな姿である。そして水中でフィフィフィフィとしきりに鳴いている。少し意識をして歩けば、様々な生き物の生態を見ることができる不思議な川が淀川である。

【11月11日モニター報告】
 淀川大橋に向けて歩いた。ヨシにかくれていつもの投げ釣の人が3人、「キビレをねらっている。かかるかかからないかはその時の運。」と言いながら35cm級を2枚、その中の1人が「30数年前に淀川に子ども連れて釣りに来た。その時はもっと堤防の際まで水があった。ハゼが釣れたが背骨がまがっていた。PCBのためだろう。その後20数年後に淀川に来てその変化に驚いた。」と言っている。わたしも子どもが小さい頃、淀川へ連れてきて、ヘドロに足をとられてころんだのを覚えている。現在、ハゼもキビレもウナギもほとんどの人が食している。30数年の期間で見ると、何と大きく淀川は変化したことかと思う。ここ数日、今後30年間の淀川をどうするかをめぐって様々な意見がでている。双方とも淀川を良くしていく点では目的は一致しているように思う。お互いにもっとよく話し合いをして結論を出してもらえないかと思う。ただ一つ言えることは、流域住民にもっと正確な情報を提供し、その人たちがどうしていくか判断できるようにすることだ。これらの人たちが人ごとのようになっているのが心配だ。

【11月12日モニター報告】
 明治末期の三国や十八条を中心とする北中島村の手書きの地図が手に入った。地図を見ると当時の神崎川は二重の堤防になっており、堤防と堤防の間は広く、村はつくられてない。古老の話によると、内側より外側の堤防の方が高く、内側の堤防の上の道が村々をつなぐ道になっており、大雨の時は外側の堤防を越えた水が内側の堤防で防がれたとのことである。地図を見ると北中島村だけでも20ヶ所近い池がある。これらも洪水の時に水をためていたそうである。水と洪水に悩まされてきた先人の知恵を感じる。毎日淀川を歩いているが、現在はどこでも堤防の直近まで人家があり、人が住み生活している。大半の所は高水敷より人家側の方が低くなっている。(淀川の川底と人家の関係は見た眼には分からない。)それだけにもし万一淀川で何かがおきたら大きな被害をうけることであろう。論議をつくして淀川の整備計画をつくるとともに、できることから段階的に対策をとってもらいたいものだ。

【11月13日モニター報告】
 今日は天気もあたたかだし、久しぶりに矢倉から一津屋まで歩いた。矢倉ではサヨリに加えてアジ、淀川大堰まではキビレ、ハゼ、大堰の上流ではコイ、モロコをねらっている。柴島の干潟は干潮期で、ボラの子のイナがキラキラと輝いている。その中で、シジミ取りが5人、フィフィフィと鳴くカモが増え、ハト、スズメ、セグロセキレイ、ハマシギ、ヒバリなど鳥の鳴声も楽しい。白いサギに黒いカワウもいる。草むらではチョウが舞い赤トンボが群れて飛んでいる。260万人の大都会・大阪にある自然である。「川らしい川をつくる」「川が川をつくる」努力の結果である。しかしこの区間、いつも残念に思うのは淀川ゴルフ場の存在である。ここへ来ると芝生も整備されきれいではあるが、鳥はカラスしかいなくなる。河川敷は自由使用が基本でありながら、誰もが自由に入ることもできない。河川敷は多くの人が利用しているが、この空間ではわずかに8人が利用しているにすぎない。よく人工物―グランドなどは将来河川敷からなくすと聞くが、その一番初めに、自然の淀川に一番ふさわしくないゴルフ場から手をつけてもらいたいと思う。

【11月14日モニター報告】
 伝法大橋まで右岸を歩いた。面白いもので昨日より少しあたたかくなると、散歩をする人も、釣りをする人も増えてくる。釣人は「今は季節的にはよくない。釣れても釣れなくてもサオを持ってくるのが淀川の釣人。」と言っている。釣れる魚の数を競うのではなく、釣れても釣れなくても、暑くても寒くても、とにかく毎日淀川に来る。そして淀川の自然を楽しむ人たちによって支えられているのであろう。この人たちがいつもなげいているのがゴミ問題だ。「あんたにもらったゴミリーフはみんな渡しているよ。釣りをする時はまず回りをきれいにするようにしている。」「淀川の遠くへ投げるとおもりが黒くなる。ここを何とか改善してもらいたい。」「毎週月曜日にゴミの山が大きくなる。日曜日に遊びに来た人のモノや。」などワイワイと淀川の水の中も、水の外の河川敷のゴミが話題になる。広大な淀川であり、ここにあるゴミの問題を全体でどうのこうのするのはむずかしいであろう。やはり、できることからそれぞれが手をつけていくしかないのであろうか。

【11月14日モニター報告】
 ほぼ毎日淀川を散歩しているが、やはり一番気になる―嫌な思いをするのは日々大きくなっていくゴミの山である。西中島や海老江の河川公園や矢倉地区にはゴミの山はない。淀川大橋から伝法大橋の両岸は人が余り入らないので、ゴミの山はそれほど問題にならない。淀川大橋から十三大橋までの右岸、ここはグランドがあり、土日ごとに利用者が多く必ず月曜日にはゴミの山が大きくなる。このゴミの山の対策であるが、毎週家庭ゴミの回収をしている大阪市は淀川は国の管理と言い、河川事務所はいろいろと対策をとっているがむずかしいと言う。果たして本当にそうであろうか。産業ゴミは有料で民間の業者が回収しており、月1万円前後の費用である。年間で1カ所12万円で、淀川大橋から十三大橋のゴミの山は5〜10カ所である。毎週の回収を民間に依頼するとして、10カ所にかかる費用は120万円程度である。福島出張所ではリーフを見ると、ゴミの回収に5900万円の費用を使っている。対費用効果を考えれば「むずかしい」と言う前に知恵を出して考えてもらいたいものだ。

【11月15日モニター報告】
 長柄大橋から十三大橋まで歩いた。あたたかい一日で歩いていると汗をかくぐらいである。JR東海下の雑草が刈り取られ、堤防上の雑草も刈り取られるなど冬の準備が始まっている。また、淀川のカモも日ごとに増えてきている。しかし、その一方で、赤く色づいた木があるとともに堤防の外のイチョウは黄色と緑が入りまじっており、秋に入ったのはわかるが秋の深まりを感じることができない。先日、京都ではイチョウはすべて黄色くなり、一部には紅葉も見られた。大阪では、こういった秋らしい秋がいつおとずれるのかと思う。すでに11月半ばである。このまま秋らしい秋もなく一足飛びに冬をむかえてしまうのであろうか。今年の夏にはゲリラ豪雨で人が亡くなっている。こうした環境の変化は人為的な行為で生まれたものである。こうした環境の変化を改善し、四季の豊かな日本を取り戻すためにも、人為的な行為を考え直す時に来ているのではないかと思う。35年前淀川で釣れたハゼは背骨がまがっていた。それが今では食べられるようになっている。100年のスパンで考えれば、ずいぶんと変えることができるものである。今、新聞やTVで淀川の整備が話題になっているが、もう一度、こういった立場で考え直してもらいたいものである。

【11月16日モニター報告】
 シトシトと雨の降るなか、自宅から淀川大橋、さらに海老江地区を少し歩いた。雨の日は散歩する人も少なく、川の中のカモたちも群れをつくって淀川に静かに浮かんでいたり、川の水も塩の濃淡であろうか、色の違った筋がいくつもくっきりと分かるなど、また異なった風景で面白いものである。雨の淀川大橋に花たばが一つ添えられている。きっと事故か何かで人が亡くなったものであろう。長ぐつに雨ガッパをつけた釣人が一人、それもぬれたテトラの上でやっている。大変危険にみえる。自らの責任でやっていると言えばそれまでだが、この人は川をどう考えているのかと思う。自然と危険はいつも隣合わせで何がおきるかわからない。最近大阪港一帯の釣りを禁止するとかしないとかが話題になっている。これもライフジャケットを着けずに事故にあったのがキッカケである。好きで釣りをやるのもよいが、雨の日の淀川は大変危険である。仮に淀川大堰が全開されれば急激な増水は避けられない。こういった事もしっかり自覚をした上で淀川を楽しんでもらいたい。

【11月17日モニター報告】
 新北野の船着場のフェンスに大きなゴミ袋が4つ結びつけられている。釣人がゴミを回収しようとする試みであろうか。その一方で15日に歩いた時にはなかったゴミの山が2つ―NTTの下水際と十三大橋下手水際―できており、それぞれ相当大きくなっている。人間のモラルを変えるのは、なかなか大変なことである。何か有効な手段はないかと思う。釣人は「1時間やっているが、あたりはない。朝はキビレ、ハゼをねらい、夕方はイワシとアジをねらっている。夕方はよく釣れている。一日では朝と夜に釣れる魚が違うのが面白い。」と語っている。話を聞きながら魚を見せてもらうと、淀川の自然の豊かさを感じるとともに、わたしが塚本に住み出した頃はヘドロの川だったのが、よくここまで変化したものだと思う。人間の努力は本当にすごいものだと思う。この人間の努力があれば、いつかはゴミの問題も解決していくだろう。

【11月19日モニター報告】
 昨夕から木枯らし一番がふきずいぶんと風もきつく寒くなってきた。今日は淀川大橋から十三大橋まで釣人は2人「午前8時にきたところ。ここ2週間ぐらいは水温が下がってあたりが良くない。何が釣れるかは淀川に聞いてくれという感じや。水温の上がる昼からはアジやカタクチイワシが釣れとるで。」「昨年や一昨年はこの時期でも、ハゼもキビレも釣れとったし、ここでもサヨリ、カレイ、スズキ、渡りガニが釣れとったが、今年は一つも釣れてない。」と言っている。淀川は、年によって釣れる魚が違っているし、一日でも時間によって釣れるものが変わる何とも不思議な力を持った川である。また彼は「JR塚本の下の汚いのを知っているか。確かに魚も増えてきれいになっているが、淀川には下水も流されている。ここにはいろいろな物が入っている。わしらには大丈夫だが、この水を飲んでいる孫たちはどうなるか心配だ。」と語っている。「淀川を何とかきれいにしてほしい」「淀川をもっときれいな川に」と願う人の気持ちが伝わってくる。人間が壊してきた自然を人間がどう再生していくのか、環境の変化も含めて曲がり角に来ているようだ。

【11月20日モニター報告】
 十三野草園から西中島地区を中心に歩いた。西中島の堤防に続く木川の堤防が突然広範囲にフェンスでかこまれていた。フェンスには「木川地区堤防強化工事」と絵が書いてあるのみ。堤防への登り口には「迂回路―この先の淀川への階段は使えません。図の迂回路を利用してください。」の看板だけで、6つの階段が閉鎖されている。塚本の工事よりひどい説明である。塚本の工事では連合町会長に説明をしているから責任を果たしたと河川事務所は言っていたが果たして本当にそれでよいのであろうか。最近はマンションが多くこれらの人は自治会に未加入であったり、釣人などは周辺住民でなく加島、三国などから来ている。これらの人たちにも対策がいるのではないか。また堤防の登り口には「まわり道」の看板のみで6つの降口の階段を閉鎖している。この階段は男性がポケットにハトのエサを入れて淀川に散歩に来ている。ハトはこの男性を見つけると一斉に飛び立っていく。今の事態をこの男性はどう思っているのであろうか。今、新聞やTVでは淀川の整備が話題になっている。この問題の解決は住民の理解をえることがカギになっている。淀川河川事務所は11月5日の懇談の時に「今後は工事の時に、住民に分かりやすい説明板を設置するようにする」と言っていたのに、どうしたのであろうか。

【11月20日モニター報告】
 十三野草園のコスモスは「もう終わり」という感じであわれさえ感じる。ここ一週間で十三大橋付近のゴミの山が突然増えてきている。NTTの水際に一つ、十三大橋下手のいつもの入口に一つ、水際に新しいのが一つ、十三大橋と阪急の間に一つ、コスモス園の水際に一つ、野草園の水際に二つである。これまで河川公園地区の下手のゴミについての対策はやりとりをして解決するにはなかなかむずかしいものがあることはわかった。しかしコスモス園と野草園は淀川河川公園区域である。公園管理の財団の大阪所長は「河川公園のすべてのゴミ箱を撤去した。そのことで大幅にゴミを減らした。」と自慢げに話をしていたが、コスモス園と野草園のゴミの山はどうしたのであろうか。もし、このゴミの山はコスモス園と野草園の外側の水際の通路であり、財団と関係ないというのであれば、何と狭い料簡であろうかと思う。淀川にかかわる財団でさえ、自らが管理する地域だけきれいでよいと考えているならば、とても淀川のゴミを解決などできないのではとさえ思う。

【11月21日モニター報告】
 夜明け前に矢倉緑地にいった。朝陽が昇るのを見たが感動的である。朝陽とともに水面がキラキラと輝き、美しいの一言である。その後新御堂まで歩いたが、鳥たちの面白い姿を見ることができた。伝法大橋の手前の堤防の上に一列に並んでカモメが陽の光を浴びている。体をあたためているのであろう。カモはいたる所で水際のブロックの上でクビを曲げて寝ておりこっけいな姿である。寒くなったためか、釣人はわずかに5人であり、いずれも「あたりもない」と言っている。淀川大橋から上手のゴミの山―昨日には10ヶ所ぐらいあったのがすべてなくなっている。きれいになることは気持ちのよいものである。前回のゴミの山の回収が8月か9月であるから3〜4ヶ月に一回の回収である。これを何とか毎週やれればと思う。それと十三野草園の水際のゴミの山も回収され、これはこれでよいことだ。しかし、ここは河川公園と密接しており、公園管理の財団がボランティアできれいにすればよいのではと考える。河川にかかわる人がこれぐらいのことができないようでは、淀川をきれいにするためのボランティアなどは本格的に組織はできないのではと思う。

【11月22日モニター報告】
第4回の淀川の水質調査をおこなった。今回塚本ポンプ場にある白いアワを調べた。
 
            COD  アンモニウム  亜硝酸  硝酸  リン酸
   前回  8月19日  4   0.5   0.05   1   0.2
   今回 11月17日  8   0.5   0.1    2   0.1


CODは基準値をオーバーしている。前回の懇談では淀川河川事務所は「白いアワは淡水と海水がまざりあってできるもので何の心配もいらない」と回答した。CODのオーバーだけであるから、さほど問題がないようには思う。しかし、淀川はわたしたちの飲料水になるととも、下水の最終処理もおこなわれている。下水の中には様々な化学物質が含まれている。2007年の環境データベースによると伝法大橋で全燐、カドニウム、鉛、砒素など微量であるが検出されている。30年前、40年前の淀川にくらべれば、ずいぶんきれいになったと思うとともに、現在のわれわれには有害ではないが、様々な化学物質が含まれており、飲料水として体に入るわけでこれらのものが将来人間にどんな影響を与えていくのかと思う。

【11月24日モニター報告】
 昨日、朝日新聞主催のシンポジウム「琵琶湖・淀川の流域自治を考える」に参加した。いろいろと感じたことはあるが滋賀、京都、大阪の三県の知事が「国の公共事業の地方の直轄負担金はその明細がなくペーパー1枚である」とあり方を告発していた。(現職の近畿地方整備局河川部長が参加していたが反論はなかった。)そういった目で塚本と木川の堤防工事を見て回った。そういった点から見ると塚本堤防強化工事では、少しでも住民に何をしているかを分かりやすくするために説明板を各所におき、トラックでホコリがたたないように散水車で河川敷に水をまいている。何よりも工事にかかわる人たちが、散歩の人やグランドを利用する人たちに「おはようございます」と積極的に声かけをしている。この心配りは、付近の住民や河川敷利用者の心を和ませるものとなっており、大きく評価されるものである。どこの工事現場でも、こういった姿勢を貫いてもらいたいものである。

【11月25日モニター報告】
 最近は寒くなってきたので、常連の釣人は2人、あとは様子見ばかりである。塚本ポンプ場の排水口でやっている人は「野中から来ている。午前6時に家を出るがまだ暗いね。寒いのであたりもほとんどない。先ほど魚の姿を見たが取り逃がした。今日は少し変わったことをやって見ようとアユザオ2本でやっている。半日やってよくてキビレ一枚やな。3日前には15cmの毛ガニを釣ったし、サヨリに小さなフグもかかった。淀川にはいろいろな魚がいて面白い。数日前から漁師がまきあみで川面を棒でたたいて渡りガニをとっている。今日は渡りでもと思っている。どうにもならなかったらボラ掛けにかえる。この辺のボラは臭くてダメや。ズボンに着くと臭いがきえない。和歌山の方に行ったら小料理屋にボラがでている。淀川も大分きれいになったがこれからや。堂島川に行くとヘドロの固まりが浮いているがこれよりはましや。」と語っている。さすがに暗い内から毎日淀川に来ているだけに淀川のことをよく知っている。淀川の整備計画が話題になっているが、学者の意見も大切だがこういった毎日淀川の自然に接している人の声を聞くことがいるのではと思う。

【11月26日モニター報告】
 今日はあたたかい日なので淀川をブラブラと歩いた。淀川の堤防にあがると視野が開けてまるで別世界にきたようである。淀川をどうするかが話題になっているが、まず淀川自身に来てもらい、そこで感じること、体感すること、大都会にある淀川のすばらしさを感じてもらうこと、そこから考えてもらうことが一番ではないかと思う。最近の新聞の淀川の記事には大半目を通しているが、淀川のことが分からずに書いている記事もあるようでなげかわしいかぎりである。今日驚いたのは、JR塚本下手を歩いていると、ザーザーと音がするので後ろをふり向くと、大の大人が堤防の上からゴミ袋を河川敷に投げ込んでいる。その一方で連休があったにもかかわらず、ゴミの山が20日に回収されて以来きれいなままであることだ。河川事務所としてゴミの回収システムを変えたのか、それとも、きれいな所にはなかなかゴミを捨てにくいという人間の意識が働いているのであろうか。いずれにしても、ゴミの山ができれば回収するということをやれば、河川敷は除々にではあるが、きれいになっていくだろう。灰皿のない所でタバコを吸わないのと同じ様にきれいな公園にゴミを捨てにくいというのは、人間の意識として当然のことである。

【11月27日モニター報告】
 先日は、西淀川区の神崎川と左門殿川に挟まれた佃の「歴史散歩」をおこなった。参加者を神崎大橋にあげて、左右を見比べてもらった。明らかに人が生活している方が低いのがわかる。その後神崎川沿いを歩いたが、マンションの多くが一階が駐車場や物置になっており、そのことが話題になった。「阪神淡路大震災で堤防が崩れたからではないか」が結論であった。それと比較してみると淀川右岸は恐ろしい状況になっている。例えば、新北野一丁目、淀川図書館南側の淀川沿いのマンションは半地下式になっている。この半地下の所が喫茶店、フォトスタジオ、美容室など10軒ほどの店舗ができている。いつもここを歩く時は、もし万一の時はここの人はどうするのであろうかと思う。消防署は淀川や神崎川の堤防が壊れた時は丈夫な建物の三階以上に逃げるように言っているが、果たしてそのことを知っているのであろうか。神崎川沿いと淀川沿いでは住民の意識にズレがあるように感じる。何かがあり人が亡くなってからでは遅い。日頃から対策をとれるようにすることだ。

【11月28日モニター報告】
 今日は木川の堤防強化工事を見にいった。途中の堤防上ではスズメの群れとおいかけっこをしたり、シギとハトが入りまじって枯草をついばんでいたりして面白い。コスモス園はすでに切り取られており、さびしいかぎりである。淀川河川公園西中島地区にはカラスが30羽ほど、異様な光景であった。木川の堤防強化工事では盛土の余裕高の下のいわゆる国土交通省が責任を持つとした計画高水位までのコンクリート護岸をショベルカーではがしている。現在行われている塚本の堤防強化工事はコンクリートを残したままその上に土を盛り浸食防水シートをかける。これは誰が見ても堤防は強化されることは明らかだ。しかし、木川では、これまでのコンクリートをはがして盛土をするが、本当にこれで堤防は強化されるのであろうか。確かに外観は西中島のようにきれいになるが、中味はどうなるか。また国交省が責任を持つとした計画高水位はどうなるのか不安なことばかりである。やはり、塚本のようにこの工事で堤防がどう強化されるのかの説明板をつけることだ。それも住民や利用者にわかりやすいものを工夫して設置することだ。

【11月29日モニター報告】
 昭和12年夕刊大阪新聞がつくった東淀川区(現淀川区、東淀川区)、西淀川区、此花区(現此花区、福島区)の地図が手に入った。淀川の河川敷の中に薬師堂村があったり、淀川の川筋も本流一つではなく二筋、三筋に分かれている。現在水資源機構の管理になっている中津川運河も六軒家川につながっており、淀川の一部として立派に機能していたことがわかる。昭和58年につくられた淀川大堰は当然ない。そんなことを考えながら十三大橋から伝法大橋を歩いてみた。大淀野草園にある池(沼地)は当時の名残であろう。1980年頃から現在の高水敷がつくられ、当時の面影はほとんどない。高水敷をつくった理由ははっきりしないが、この中で戦後の高度成長期の汚れた川からきれいな川に変化してきている。そして大都会・大阪の中に素晴らしい川を残している。人間の営みとはすごいものである。こんなことを考えながら歩くのも淀川散歩の楽しみの一つである。

【11月30日モニター報告】
 今日は日曜日であり、散歩する人、少年野球など河川敷を利用する人が多い。この中にブルーのテントに住むホームレスの人たちもいる。毎日の散歩の中であいさつをしたりする人ができ、話を聞くと社会の複雑さを感じる。少年野球の道具や高齢者のゲートボールなどの道具をあずかったりしている。また釣人からサオを一本借りて釣りをする人、シジミ取りをする人もいる。淀川という空間の中で利用者と共存共栄する関係をつくっている。河川敷のゴミの山への放火が続いた時は「もし、ここに火をつけられたら、もう行く所がない。」という人もいた。淀川の中で人間としての社会関係ができている。それだからと言って現状を肯定することはできない。TVなどで公園からホームレスの人たちの追い出しを放映しているが、果たしてこれで問題を解決するのであろうかと思う。どうこの問題を解決していくか、毎日河川敷であいさつしているだけにより一層複雑さを感じる。

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処置

 こんにちは、稲垣さん。モニター報告ありがとうございます。普段見られないような鳥達の姿など、大変面白く読ませていただきました。淀川は野鳥の宝庫であり、一年を通して様々な鳥が色々な姿で楽しませてくれますね。
 今回稲垣さんが疑問に思われたことについては、下記の通りです。

・淀川のゴルフ場について
 現在淀川に存在するゴルフ場は、明治29年制定の旧河川法に基づき、当時の河川管理者である大阪府知事から許可を受け、昭和二十年代から昭和三十年代にかけて順次開設されたものです。現在の河川法や河川敷地占用許可準則では、民間ゴルフ場の新規の許可は対象となっていませんが、既存のゴルフ場についてはこれまでの許可の経緯から河川工事や利用計画の必要に応じ逐次是正していく対応としており、実際河川改修等によりゴルフ場の面積は減少しているところです。
高水敷の利用については、淀川水系河川整備計画(案)で「川でなければできない利用、川に活かされた利用」という基本的考え方を掲げています。本来河川敷以外で利用する施設(グラウンド等のスポーツ施設を含む)は、縮小してゆくことを基本に淀川管内河川保全利用委員会で公開審議をしております。

・河川敷のゴミについて
ゴミ問題については度々お話させていただいていますが、今回色々とご提案いただいていますので更に詳しく述べたいと思います。
当方のゴミ処分の流れは、大まかに「巡視等でゴミの位置・種類やボリュームを確認→ゴミを一気に回収→手作業で分別→大阪市の処理場への持ち込み」となっています。不法投棄されるようなゴミですので、分別には莫大な人的労力がかかります。また、国交省でゴミ処理場を所有していないので大阪市の処理場で処分してもらうことになりますが、種別ごとに計量した上で事前に大阪市の了解を得る必要があり、当然持ち込みの都度処分費用も払っています。住民や利用者の皆様の目に触れなくなった後、即ち回収した後に莫大な費用がかかっているのです。皆様からすれば「処分に費用がかかるなら、せめて回収頻度をあげよ!」となるかもしれませんが、回収したところで不法投棄のようなゴミを集積する場所は河川のどこにもありません。当方が皆様の税金を預かり執行している予算は、大きくは治水の為の予算です。当方の言うゴミ処分とは、本来は河川内で出る流木等、流水を阻害するものを除去することを目的とする塵芥処理を指しており、流域住民・利用者・ホームレスが河川の外から持ち込んでくる、即ち持ち帰れば出ることのないゴミを治水の予算から捻出した費用をかけて回収・処分するのが解決策では無いと考えています。
 稲垣さんには利用者の方々とゴミについて地道にお話していただき、船着場などは確実にその効果が見られます。大変ありがたい活動だと感謝しています。
尚、11/17と11/20で報告されているゴミの山については、近隣学校のボランティア清掃にて集積していただいたものであり、当方の回収とのタイムラグで“ゴミの山"と見えたものです。

・堤防強化工事 塚本地区と木川地区の違いについて
塚本地区については特殊堤(高潮対策)部分を盛土で緩やかにすることで堤防の断面を大きくし強化を図ります。木川地区については普通堤防部分を盛土で緩やかにすることで堤防の断面を大きくし強化を図ります。もともと場所により堤防の種類が違っています。
普通の堤防を緩傾斜堤防で強化を図る場合、コンクリート部分の厚みについては特殊堤の厚みよりも薄いため、堤防内に異物を残さないという考え方の中でコンクリートの撤去を行い実施します。木川地区堤防強化工事はこれにあたります。また、この板チョコ状の護岸はS39年に施工されたもので、堤防の沈下に伴い土とコンクリートの間に隙間が生じ老朽化もあったので撤去することがベストと考えています。
高潮対策である特殊堤防についてはコンクリートの厚みも厚く強固なものであるため異物と考えるのではなく、軽量法枠工を使用しコンクリートと盛土の一体化を図ります。近接の方への音・振動等が長くなることを避けた形で施工を行い且つ強化もできる方法として軽量法枠工を使用しています。また同時に、通常では工期・工費が長く・高くなるため、軽量法枠工を採用することで工期短縮・コスト削減を行っています。
木川地区の工事案内については、ご指摘の通りです。工事の段取り等、自治会を通じて事前説明を行って周知方法を決定し現場へ入っています。当工事は範囲が大きい為、階段が使えなくなる部分の明示を優先して設置しました。今後工事内容のわかるものをつける予定です。製作が遅れておりますが、早期に作成し設置したいと思います。
尚、「通勤用自動車の駐車場の確保」とのご指摘がありましたが、通勤用に駐車場を確保しているのではなく、作業に必要な機材・重機等を搬入するために必要最小限で立入禁止にしています。また、現場に作業員が来る手段としての車両はどうしてもでてきますが、台数は乗り合い等最小限にしています。目的を持って立入禁止の範囲を決めていますのでご理解下さい。

・伝法5丁目の堤防の陥没について
 当該箇所についてはH20.1.9に複数箇所での穴ぼこを発見し、その後調査を行ったうえで、応急処置として陥没箇所を掘り起こし転圧をかけて埋め戻してあります。原因については潮の干満で盛土の下の根固めブロックから土が吸い出されたと思われ、今後も発生する可能性もありますので立入禁止措置を講じています。
尚、今年度本格的に補修すべく計画を進めているところです。

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12月  
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【12月5日モニター報告】
 夜明け前、暗いうちに淀川の河川敷にいった。あたり一面物音一つない静けさである。水際のブロックの上でカモたちが首を曲げて寝ている。明るくなってくると起きて水の中に入るカモもいるが、まだ寝ているカモもいる。パタパタと水面をたたく大きな音がするが、起きようともしない。これも淀川の自然の一つである。塚本ポンプ場の排水口に釣人が一人、「いつも暗いうちから来ている。梅田のビルから昇る朝陽を見ると気分がさわやかになる。午前中は水温が低いからダメや。サオを投げているだけ。昼の2時か3時にはアジやコハダが釣れる。ハゼもテトラの間に大きいのがいる。釣果を競うのでなく、淀川の自然を楽しむ気になったら釣りをやるのが一番だ。あんたも散歩だけでなく釣りをやったら。」とのこと。また、「塚本の堤防工事も、みんなに気を使っているよ。毎朝散水車が排水口で水を汲みあげているが、車のガスがくさくてたまらんので、そのことを言ったら場所をかえてくれた。みんなのための工事なのだから、こうでなくてはあかん。」とも言っていた。淀川の中でいくつも工事をやっているが気の使い方一つでずいぶん受けとめが変わってくるようだ。雨が降ってきたので早々にひきあげた。

【12月6日モニター報告】
 今日は「淀川ミステリーツアー」と題して地下鉄西中島南方駅に集まり、淀川の河川敷を案内した。新御堂筋から入った赤レンガの本庄水管橋やJR東海の横を通り柴島干潟や長柄大橋の白いアーチを見てもらった。「野里に生まれ長いこと淀川に住んでいるが初めて見る景色。公園もきれいだが、ここの方が自然らしい。」と述べている。公園の「あぶない」の看板を見て、「犬が字を読めるのか。水路をつくるらしいが、野犬対策に本気になってないな。」と言っている。さらに堤防工事を見て「木川は何でコンクリートをはがしているのか。西中島のきれいな堤防も中はどうなっているかわからんな。何か工事のための工事をしているようだ。」とも言っている。堤防の外、西中島の新御堂筋の橋脚がフェンスで囲まれているのを見て「公園からゴミ箱を撤去してゴミが減ったと言っているが勝手やな。」とも述べている。また堤防の上から左右を見て、民家の側の土地の低さに驚いていた。参加者から「いつも西中島の公園を歩いているが、少し違って見ると面白い。今日は有意義な一日であった。」と感想がよせられた。淀川のことを考えてもらうために、どれだけ正確な事実を見てもらうか、その重要性を実感した。

【12月7日モニター報告】
 久しぶりに伝法大橋からスーパー堤防をとおり常吉新田、北港を歩いた。風が強く散歩する人は少ない。阪神淡路大震災で堤防が壊れたことからスーパー堤防が生まれたが、自然の変化にとぼしく面白味は少ない。これだけ天端が広いのだから地震には強いのであろう。しかし、津波に対してはどうなのであろうか。30年間で東南海地震、南海地震がおきる確率は60%。同時におきることもあると言われている。北港ができ南港ができるなかで、どんな影響がでるのであろうか。奥尻島の津波は高さ30mになったと言う。大正橋には安政の地震・大津波の碑がある。人間は大昔から自然とたたかい、いかに共に生きるかに苦労してきた。そんなことを考えながらスーパー堤防を歩くと、川と共に生きていくためにもっと考えていくことがあるのではないかと思う。

【12月8日モニター報告】
 ここ数日、急に風が冷たく寒くなってきた。面白いもので寒くなると散歩する人の数も減り、釣人もいない。しかし朝陽はまぶしく潮目によって色の違いを見せている。ハトもスズメも堤防に集って陽を一身に浴びて体をあたためている。カモはテトラについた藻をつっついている。元気なセグロセキレイが飛び交っている。十三大橋付近では30羽ぐらいのカモメが舞い、それをカラスが追いかけている。最近見かけなくなったカワウが1羽、水にもぐってエサをとっている。また大淀野草園も外来種が枯れて茶色になっている。その上何カ所も人になぎ倒されて、うすよごれた茶色という感じである。大淀野草園の水際の「ヨシ原再生中」のヨシ、十三大橋左岸のヨシ、右岸の柴島干潟からの大きなヨシ原も茶色に枯れている。しかし陽に輝いてキラキラとした茶色になっている。十三摘み草苑は来年から、自然に戻すためにコスモスをやめると言っている。コスモスをやめるとどうなるか。うすよごれた茶色になることは誰の目にも明らかである。一度人の手の入った所は自然にはなかなか戻らない。それよりも来年もきれいなコスモスを咲かすことではないか。

【12月9日モニター報告】
 朝早く、十三大橋付近にいってきた。カモは水際の砂浜で首を曲げて寝ている。すでに羽づくろいをしている。淀川の冬の新しい楽しみの一つで、何ともユーモラスで楽しい姿である。ハトやカモメがエサをやる男性のもとに一目散で飛んでいく。いつものホームレスに声をかけた。「周辺のヨシと枯草はほとんど刈り取った。冬は恐い。若いやつらは何をするかわからん。とりわけ風の強い日が恐い。野犬にはおいらも手を焼いている。JRの下で5〜6匹飼っているものもいるが・・・。水上スキーをやるやつらはカモをけちらしてやっている。何とかならんのか。カモメが増えてきた。小さいのはユリカモメ、大きいのがセグロカモメ。時々観察会に来る人もいるよ。向こうで堤防工事をやっているが、コンクリートをはがしてどうするのか。淀川のことをいろいろ言う人がいるが、まず淀川を実際に見に来てから言ってほしいよ。冬の寒いのは毛布一枚かぶればよいが、夏の暑いのは裸以上になれんからたまらん。」とのこと。彼の発言も、違法であるかも知れないが、淀川の住人として、現在の淀川の姿をうつし出していると思う。

【12月9日モニター報告】
 本日の新聞に滋賀県議会での大戸川ダム問題の議論がのっていた。ダム問題は様々な利害がからんでおりむずかしい問題だ。すでに大戸川で立ち退いた住民が滋賀県知事を「独裁者」呼ばわりをしている。昼からは、そんなことを考えながら木川堤防強化工事を見にいった。ほとんどコンクリートの護岸をはがして、大きなコンクリートのかたまりがゴロゴロしている。しかし、その後工事がどう進み堤防がどう強化されるかの説明はない。「今後どうなっていくか」は散歩をする人、釣人やホームレスの間でも話題になっている。ひどい人は「今までの堤防でも十分ではないか。工事のための工事をしているのでは?」と言う人もいる。こうした工事をやる時には利害の対立がおきることもある。それを克服していくためには住民の合意―コンセンサスをつくる以外にない。塚本と木川を比較して見ると、塚本では説明板を各所に配置したり作業員が利用者と積極的に対話するなどコンセンサスづくりに努力しているが、木川ではそれがない。住民のコンセンサスを得る出発点は情報の公開とそれによる住民の理解である。ここに配慮した取り組みが求められているのではないか。

【12月10日モニター報告】
 淀川大橋から十三大橋まで歩いた。JR塚本の手前のヨシの間に釣人が5人。寒くなってきたので釣人が集まるのはここ1ヵ所しかない。「もう全然釣れてない。サオを投げているだけや。」「淀川の番にきてるのだからご苦労さんと声かけてほしいわ。」「淀川の魚はまだくさくて食えないと思っているのもいる。いくら海からあがってくると言ってもわかってくれへん。」「大潮は12月10日くらいだから、釣れてもよいのだが・・・。」「ここへ来ている人は淀川の自然を守る人ばかりや。川の中のヘドロを何とかしてほしい。」「そうやアサリがとれるぐらいにきれいにしてほしい。」「塚本の工事も雨が降ったらぬかるんで通られへん。」「あれもつくったばかりの階段こわして何をしてるのや。」「税金のムダ使いと違うか。」「ゴミの山も毎週月曜には大きくなっている。何とかしたらどうや。」など、釣りや工事、ゴミの問題など話題が多い。そうしているうちに対岸がかすんでいたのが、白い霧がかかりJR塚本も淀川大橋も見えなくなってしまった。河川敷を歩くのは危ないので堤防上を十三大橋まで歩いた。河川敷も見えず白い霧の中から人が突然現れてくる感じである。

【12月11日モニター報告】
 昨日の朝日新聞の社説に地方分権問題で「自治体がつくる施設の基準を全国一律に定めたり、何かを決める時に中央省庁の同意を求めたりする『義務づけ』の削減」とあった。国土の安全の問題―河川行政で、これを取り入れるのが正しいのかどうか疑問に思う。大戸川ダムについても滋賀京都大阪の3知事が反対しているが理由はそれぞれ違っている。滋賀は「県内の川のシミュレーションをおこないその危険性から」、京都は「独自の検討委員会をつくり、大戸川ダムより宇治川の改修を先にすることから」、大阪府は「ダムづくりはよくわからないがとにかく政治決着」とまちまちである。淀川は一本の川であり、上流、中流、下流と管理の基準が異なってよいのであろうかと思う。この状況を打開していくためには国交省が再度流域住民にすべての情報を公開し住民の合意―コンセンサスをえることだ。しかし、わたしの近くの塚本と木川で堤防工事がおこなわれているが、明らかに構造が違っている。この小さな情報でさえ公開できないのでは、むずかしいようにも思えてくる。今後の成り行きに注目していきたい。

【12月12日モニター報告】
 地域情報紙「ザ・淀川」12月号に「英真学園・河川敷CUP作戦 国土交通省が表彰」の記事が載っていた。この日一日で650人の参加で1.2トンのゴミを回収したとあった。これも大切な取り組みである。しかし、わずか一日の取り組みでは淀川はどうにもならない広さを持っている。このゴミをどうしていくかのビジョンがいるように思う。ボランティアに頼るならば、大阪府のアドプトリバーのように日常的なシステムづくりをやること、毎週月曜日に大きくなるゴミの山を回収するのであればその体制をつくることなどである。釣人も利用者もゴミには関心が深く「きれいな所へは捨てにくい」と言っている。これは一つの真理であり、御堂筋のタバコのポイ捨てはなくなり、河川公園区間にゴミを捨てる人も少ない。国交省近畿地整の成宮調査課長が「川がキレイになれば、生き物たちも戻ってくる。」と言っている。目立つゴミの山は淀川大橋から十三大橋までわずかに5ヶ所である。河川管理者が、この問題で明確な対策をとることを期待したい。

【12月12日モニター報告】
 昨日は十三摘み草苑と河川公園西中島地区の野草を刈り取っていた。作業の男性は「年1回は今の時期に作業をやっている。刈り取っても春にははえてくるのは外来種ばかりだ。これは本来の淀川の自然ではないと思う。しかし、このことを言うとうるさい人たちもいる。」と言っている。そのことがら、本日は昼から大淀野草園に行って見た。ここは刈り取りをしておらず、外来種の天下である。河川環境管理財団の田村さんは「十三摘み草苑も菜の花やコスモスをやめれば自然にかえる」など発言をし、現実に来年度のコスモスの契約をおこなっていない。コスモスをやめれば、生命力の強いセイタカアワダチソウ、シナダレスズメノカヤなど外来種の天下になることは誰の目にも明らかである。改正河川法でそれまでの治水・利水対策に加えて環境対策が入ったが淀川の環境・自然をどう考えているのであろうか。一度人工の手の入った所はなかなか以前の自然にもどることはない。余りにも短絡的な考えだと思う。

【12月14日モニター報告】
 雨上がりの塚本の堤防に上がった。三軒隣の奥さんにあった。工事の説明板を見て、「この工事でご近所で何のためにやるかわからない。税金のムダ使いでは?と評判ですの。この図でどうして堤防の強化されるか一つもわからないし、こんなに小さい説明板では・・・。」とのこと。この会話から木川の工事が気になり行ってみた。フェンスに10数カ所説明板が貼り出されてあり、これはこれとして評価される。内容は、堤防の図には既設コンクリート護岸を撤去の上に盛土とあり、@浸食防水シートで堤防強化をはかるAヒートアイランドの低減とあった。さらに向かいの野草園をフェンスで囲い、そこの説明板には築堤材料の土砂にコンクリートを混合し、リサイクルとあった。塚本も木川も説明板をつけたことはよい。しかし住民の関心は景観がよくなることでもなくヒートアイランドの低減でもない。これまでの堤防に比べどう堤防が強化されるかということにある。これについては「堤防強化」の一言で、隣の奥さんのように「何のためにやっているかわからない。税金のムダ使いでは?」となる。せっかく説明板を出すのなら、住民の立場にたって住民の疑問にこたえるものにする必要がある。とりわけ、塚本と木川では明らかに構造が違っているだけにその必要性を感じる。(木川ではコンクリート護岸を撤去。)

【12月15日モニター報告】
 本日は淀川河川事務所と懇談をした。わたしが知りたかったのは、大戸川ダムに対して3知事が反対を表明したが、滋賀は「中小河川の改修が先」、京都は「大戸川ダムより宇治川の改修を」、大阪は「ダムがよいかどうかわからないが、政治決着をした」とその理由が違っている。一つにつながっている淀川水系でそれぞれに異なった対策をとって本当に淀川の安全―治水対策は大丈夫かということであった。その上に地方分権とリンクされキャンペーンされている。仮に宇治川の改修がされれば下流の大阪の水量が増え、下流に住むわたしたちはどうなるのかと思う。マスコミでキャンペーンがされているが、この問題の解決へは流域住民の合意―コンセンサスづくりがカギだと思う。そのためには、関心のある住民には分かりやすくすることではないか。河川の工事にも「説明板」が設置されるようになった。これは今までより前進しているが、「説明板」を読んでも何のための工事か分からない。木川堤防強化工事でも、今日の懇談で、(1)堤防の巾が太くなること、(2)防水シートはコンクリート護岸より強度があることから強化されることが初めてわかった。淀川を散歩したり釣りをしたりする人は工事には関心を持っている。少なくとも、この人たちには分かるように、専門家の立場でなく素人、住民の立場にたった説明をすることから始めるべきではないか。

【12月16日モニター報告】
 柴島神社には明治33年にこの辺の淀川の川巾が広げられ、まだ河川敷に柴島神社がある写真を見せてもらった。写真を見て淀川の開削によって、十三村、古島新田、成小路村など多くの村が淀川の川底になりなくなっており、淀川の改修が大変な事業であったことがわかる。柴島の堤防に上がるとゴルフ場があり、この辺に柴島神社があったことになる。上手に淀川水管橋、下手に長柄水管橋があり、これは本庄水管橋に代わるものである。淀川大堰の魚道を見にいったが「赤川自然再生工事」の看板でフェンスで囲まれ見ることができない。これだけ人工の所の自然をどう回復するのであろうか。柴島干潟では測量の機械を持ち胸までのゴム長をはいた男女4人「干潟の植生の調査をする。初めてのことでどう変化したかはわからない。見た所ではいろいろあって面白そうですね」とのこと。草むらから「チッチッチッチッ」と鳥の声が聞こえ、JRの下にはカワウとサギがいる。明治33年は1900年である。100年間で中津川から淀川になり、戦後はヘドロがたまり、それが現在自然を回復しつつあり、大きな変化を感じる。今これからの30年間の淀川の整備計画が決められようとしている。この計画によって、どんな淀川がつくれるか楽しみである。

【12月17日モニター報告】
 今日は淀川の鳥たちがどうなっているかと思い、夜明け前に河川敷にいった。風が冷たく冬らしくなってきた感はある。川はおだやかである。以前に「カラスの早起き、スズメの寝坊」(岩波新書)を読んだが、予測と違って夜明けとともに河川敷に現れたのはセグロセキレイのつがいである。少し遅れてカラスが5羽ほど飛来、来るとともにゴミの山をあさっている。三番目がハトの一群。これは堤防や電線の上でジっとして体を温めてから草むらでエサをついばんでいる。少し遅れてスズメが50羽ほどの集団で来て「チッチッチッチッ」「チュンチュン」など早くから元気である。その後は、ユリカモメの群れ、カワウが個体で、サギ、シギなどが現れる。さらに名前の知らない中型の黒い鳥、黒と茶の格子の鳥も現れる。一番遅いのが水際で首を曲げて寝ているカモで、夜明けから2時間ほどたって、ようやく水の中にいくが、水の中で寝ているのも多い。人のいない時間帯で鳥たちものびのびとしている。淀川に多くの鳥がいることは、淀川に魚が戻り、生態系の中に鳥のエサがあることを示している。神崎川と比べるとずいぶん自然の回復は違っている。この営みが一層促進されることを望んでいる。これも淀川の散歩の楽しみの一つである。

【12月18日モニター報告】
 木川の堤防強化工事の「説明板」を見ていると、作業員が「どうですか。わかりますか。」と声をかけてきた。彼に「先週から説明板を各所に掲げたのは大変良いことだ。」と言うと、うれしそうな顔をした。しかし「これではどう堤防が強化されるかわからない。」と言うと怪訝な顔をした。「みなさんに分かってもらうようにこの図を載せているが、何がわからないのですか。」とのこと。「説明板」には図とともに「堤防断面強化」の文字があるが、盛土ばかりに目がいき、その意味がわからない。堤防の断面図はあるが、どう強化されるかの説明がない。専門家は断面図を見ただけで堤防の巾が広くなり、その意図することが分かるであろう。しかし、素人には、何の説明もなしに図と「断面強化」だけで、その意味を理解することができない。せっかく掲げる「説明板」である。専門家には分かるが素人には分からないのではなく、素人の立場にたって素人に分かる「説明板」にしてもらいたい。このことが淀川に関心を持ってもらう一助になると思う。

【12月20日モニター報告】
 淀川右岸を矢倉緑地から長柄橋まで歩く。右岸の堤防の内には道路が伝法大橋からの一部と、淀川大橋から長柄大橋まで走っている。長柄大橋からの堤防沿いの道は淀川通りの抜け道として利用され、自動車は相当のスピードで走っており危険を感じることさえある。しかし、この道が堤防の内を走っている間は「仕方がない」とあきらめ注意する以外にないが、JR塚本から淀川大橋間は堤防上が抜け道の抜け道になっており、車は一層スピードをあげている。その上この区間は駐車禁止であるにもかかわらず違法駐車が目立つ。さらに堤防の上に車であがれることからTV、冷蔵庫など大型の不法投棄や、堤防の上から自転車、バイクなど大型ゴミを投げ捨てる者もいる。散歩している時に無謀な運転に身の危険すら感じることもある。わたしは、交通事情もあろうが、堤防の内に沿って道がある場合は堤防の上は通行禁止にしてもらいたい。堤防の上の道はもともと人の歩く道であった。交通事情で堤防上を車を通すのは、車の側の身勝手ではないかと思う。

【12月21日モニター報告】
 今日は淀川ハイキングクラブで阪急十三駅東口から大阪城まで行き、大阪城の戦跡めぐりをした。十三大橋を歩いて渡り、左岸の中津では、淀川との高さの違いをマンションの3階が入口になっていることから実感してもらった。そして昨日の夕刊から報じられている大戸川ダムに予算がつかないことが何を意味するのか、今後どうしていったらよいのかなどを話した。参加者からは「わたしたちの住んでいる所がこんなに低いのには驚いた。」「これで堤防が壊れたり、大雨で川の水が堤防を越えたらどうなるのか。」「新聞やテレビで淀川のことが話題になっているが、ほとんど関心がなかった。こんな状態ならばもっと考えねば・・・。」「もし万一の時にわたしたちはどうしたらよいのか。」など様々な声がだされた。いま、おきている状況を打開していくためには、もし万一の時に被害を受けるのは住民であり、住民を中心に国土交通省、各県の知事、淀川流域委員会が同じテーブルにつき、改正河川法にもとづいてどうしていくかを考え直すことがいるのではないかと思う。

【12月22日モニター報告】
 久しぶりに中津川運河を淀川小橋から長柄小橋まで歩いた。小雨がふり、緑や茶色の草がぬれ、何とも言えない風情である。ここは将来、淀川左岸線が走る。その時はどうなるのかと思う。歩いて見れば中津川運河の方が淀川の河川敷より低く、その先の住宅地はさらに低い。そして運河は淀川の堤防と一体のものになっており、淀川と中津川運河の境は分からない。わたしは運河は淀川を開削する目的でつくられたもので当然淀川と運河は一体のものであり、歴史的な価値を持っているもので、以前に淀川河川事務所に中津川運河のことをたずねた。その時は「運河の管理は水資源機構で淀川河川事務所と関係ない」との返答であった。淀川河川敷内の河川公園は河川環境管理財団の管理であるが、淀川河川事務所の対応は、自らの管理下にあるものとして対応している。この違いはどこから生まれてくるのであろうか。淀川の治水―堤防のことを考えれば、中津川運河の方が重要であるように思える。

【12月23日モニター報告】
 気温は低いが朝陽がさし比較的あたたかい感じがする。塚本ポンプ場の排水口で釣人3人、「朝は全然あかん。魚の群れがおらん。夕方は15p級のコノシロがかかる。」「正月あけたらボラ。2月くらいからキビレやな。」「一昨日の新聞に大戸川ダムの予算をつけないと出ていたがどうなるんや。」「今朝のニュースで、滋賀は大戸川ダム反対で意見がまとまらなかったと言っていた。」「どうなるか、さっぱりわからんへんな。」「早よ決めて、淀川で魚が釣れるようにしてほしいな。」と、淀川の釣人は、淀川のニュースには敏感である。JR塚本の下手の投釣り2人、「淀川の整備でいろいろ言っているが、結局、市内側の堤防でなく、西淀側の堤防を切るのではないか。」「此花より西淀川の堤防の方が低いのとちがうか。」などと言っている。こんな話を聞いていると、国土交通省、淀川流域委員会、4県知事の意見表明などあるが、実際に淀川を毎日利用している人たちの意見が反映されていないように思う。淀川河川事務所の説明を聞くと、手続きをふんでやってきていると言うが、どこかに問題があったように思えてならない。いずれにしても住民の合意コンセンサスをつくることが大事であり、ここの手続きをやり直すしかないと思う。

【12月24日モニター報告】
 淀川改修時、明治32年の写真―柴島神社が淀川河川敷の中にある―を柴島神社にもらいにいった。神主さん(62歳)は「わたしらの小さい頃はよく停電し、ガス燈を使ったものだ。ボーとしてあたたかみがあった。」「吹田の農民が毎朝、大八車に野菜をつんで長柄大橋を渡って売りにいっていた。わたしらが子どもの時はカラの大八車を待って『おっちゃん、乗していってえな』と声をかけて東淡路小学校まで通った。」「今のバス停の所に馬水おけがあった。淀川で獲った魚を馬水おけに入れて、元気をつけてから家へ持って帰った。」「フナ、モロコ、コイを引っ掛けで釣っていた。イタセンパラもいくらでも釣れた。イタセンパラは『タンピラ』と呼んで、食べると苦いので淀川に放していた。今では考えられないことだ。」「淀川には水たまりがたくさんあって、一番たまり、二番たまりなどと言って、たしか六番まであったと思う。」などと語った。これも淀川で生活する人の一コマである。イタセンパラが住む川を目標に淀川の整備がすすめられている。早くそうなってもらいたい。

【12月25日モニター報告】
 朝早い淀川は静かである。陽が昇るまではカモが水際で寝ているのみである。夜明け前に「ボーボー」と遠くから汽笛の声がする。数日前から堤防のコンクリートの上で寝袋で寝ていたホームレスもいなくなった。どこでどうしているのだろうか。もう一つは、ここ一週間ほどで、淀川大橋の下のゴミの山が燃やされたりと、黒コゲの跡が目立つことが気にかかる(右岸に4ヶ所)。冬になり風が強くなっている。これらの火がもし民家に燃えうつったらどうなるのかと思う。この問題でも少なくとも目立つゴミの山の処理をするように河川事務所に提案したが、回答は(1)予算がない(2)ゴミの山だけを処理すれば公平性に欠けるというものであった。もし、万一、河川敷の火が民家に燃えうつり大火になったら「予算がない」「公平性にかける」など他人事のようなことを言ってすまされる問題ではない。河川事務所も「放火には困っている」と言うが、困っているなら、それなりの具体的な対策が必要だと思う。

【12月26日モニター報告】
 今日は一段と寒く冬らしくなってきた。陽が川面を照らしてまぶしいくらいである。カモは川に浮かび悠然としている。カワウがブロックの上で羽を広げ、セグロセキレイがグランドをチョコチョコ走っている。淀川大橋の街路灯の上にユリカモメが3羽、4羽と川上を向いて並んでいる。釣人は2人、「12月は何も釣れないが健康のために来ている。投げ釣りを20回やると体調がよい。重りは30g、110〜120m投げる。2番目の橋脚まで届いたら130mぐらい。」「昔、江口橋に住んでいたが、淀川には柴島神社が言うようにたまりがいくつもあってよく釣れた。60代の人だったら誰でも知っている。今のようになったのは高水敷をつくってからだ。」「この重り、真っ黒やろ。これがヘドロや。これを何とかしてほしいわ。」「自然は自然が一番や。人間が手を入れると碌なことがない。」「今年はカモの飛来が少ない。何か環境の変化があるのでは。」と語っている。淀川の自然環境という面ではその変化を毎日来ている釣人が一番感じているように思う。

【12月27日モニター報告】
 朝の淀川散歩で一番面白いのはJR塚本の下と十三大橋の下の砂地でカモが並んで首を曲げて寝ている姿で何ともこっけいである。十三野草園は野犬対策のためすべて刈り取ってしまっている。そのため野犬があちこち行動範囲を広げ、今日もワンワンとアベックを追いかけている。公園内であるから公園職員は体を張ってでもやめさせるべきだ。もう一つ草むらから「チュチュ」と声が聞こえる。何か鳥の巣であろう。十三野草園を刈り取ってしまい、そこにあった鳥たちの巣はどうなってしまったのかと思う。塚本の堤防工事の前のグランドは工事が休みのためネット、フェンスをトラックの通り道まで張り出している。工事は当然のこととしてやられているが、この姿を見ると多くの人に迷惑をかけていることがわかる。これらの人たちに工事の概要を説明するのは当然だ。西中島地区の水際のヨシ原のヨシが刈り取られ、タバにして積み上げられていた。今でも本物のヨシを使いヨシズ作る職人がいるのであろう。一度話を聞いてみたい。

【12月28日モニター報告】
 矢倉緑地から西島川をのぼり中島を回った。中島二丁目は戦前は外島と言い、ここに昭和10年まで、外島保養院、現在のハンセン病療養所があり、平成8年に「らい予防法」が廃止された翌年に「外島保養院記念碑」が建てられている。そこには「明治42年4月、法律第11号に基づき、この地に第3区府県立『外島保養院』設立。・・・昭和9年9月21日室戸台風の襲来により施設は壊滅流失。患者173名、職員3名、家族11名が死亡する大惨事となり生存患者416名は全国6施設に分散委託。・・・強制収容絶対隔離を根幹とした日本のハンセン病対策の終焉を記念し外島保養院の日々に思いをはせ記念碑を建立」と刻まれていた。外島の地名と言い、何とも物悲しい記念碑であり、これも淀川、淀川水系の一つの歴史である。こういった歴史の上に現在のわれわれがあり、これからの淀川がある。このことをふまえて淀川水系河川整備計画をつくってもらいたいものだ。

【12月29日モニター報告】
 今日は左岸、河川公園海老江地区と大淀野草園を中心に歩いた。NTTのパイプにカワウが鈴なりになっていたり、ハト、スズメ、シギがいっしょになり草むらでエサをあさり、カモがパタパタと飛びだし、ユリカモメは悠然と飛んでいて面白い。大淀野草園は所々が刈り取られまだらになっている。野犬対策のためであろうが刈り取るならすべて刈り取る方がよい。大淀野草園の上手がアスファルトの通路から水際まで囲まれてクレーン車が1台、水際の再生されたヨシを刈って川の中に土を入れている。看板は「河川工事中 赤川自然再生(その5)他工事 旭区赤川地先から東淀川区柴島地先」となっている。これでは再生された貴重なヨシを刈って何の工事をしているかわからない。ここは旭区でも東淀川区でもない。その上、この看板は先日行った淀川大堰右岸の魚道をフェンスで囲っていた看板と同じである。国交省淀川河川事務所はなぜこんなことを許しているのかと思う。ダムを含めて河川の整備や公共事業に国民やマスコミが注目している時だけに、小さなことであっても、正確にしっかりやってもらいたい。

【12月30日モニター報告】
 伝法大橋からJR塚本まで堤防の上を歩く。川は朝もやがかかり、対岸のビル群がかすんで見える。「大塚切れ」の大きな碑がある。今ではこの碑の意味を知っている人は少ない。しかし人家の側を見ると堤防の高さとマンションの4階とが同じ高さである。大正の「大塚切れ」の時代にはもっと堤防は低かったことだろう。その後、何回もかさ上げされ堤防は現在の高さになっている。堤防が高くなったことで安全になったように思うが、堤防の真下まで人が住むようになり、堤防が「もし万一」壊れたらと思うと恐ろしくなってくる。さらに堤防と堤防に挟まれた地域の日常の排水はポンプ場(抽水場)でおこなわれている。これが来年4月から淀川右岸では、すべて無人化されてしまう。今年の夏も10分間18_のゲリラ豪雨で浸水した所がある。わたしも淀川の堤防の真下に住んでいる。一見安全なように見えるが、ちょっと考えると恐ろしい地域に住んでいる。淀川水系河川整備計画もモタモタしてなかなか決まらない。こんな中で住民はどうすればよいのであろうか。やはり、住民の一人ひとりが行政まかせにすることなく自らの問題として考えていくことだろう。そのために行政は正確で必要な情報を住民に提供することが必要だ。

【12月31日モニター報告】
 寒波到来で冷たい風が吹く淀川河川敷である。こんな日に淀川を歩くわたしもわたしだが、たき火をたいて釣人2人、「春夏秋冬と楽しませてもらっている淀川に寒いからとか釣れないからといって来ないのは申しわけがない。サオを出して川を見ているだけで十分や。」「昨年の大雪の時も来とったで。」「明日は堤防で初日の出を見てから釣りをやる。」「今年はあたたかいせいかカモも少ないように感じる。」「今は魚よりもカモや白いユリカモメが針や糸にひっかかる。かわいそうだからはずして逃がしてやるが、カモはおとなしいが、ユリカモメが気が強い。」「ユリカモメははずそうとするとギャアギャア鳴いて暴れるので糸がからまって大変や。」「飛んでいるのを見ると白くてきれいだが、なかなか大変や。」「12月は全く釣れない。アタリがあれば良い方だ。しかしカワウが時々、小魚を食わえているから何かいるのだろう。」と火にあたりながら語った。彼らは毎日淀川に来ているだけに、淀川の自然という点では実によく知っている。「環境」を大切にする淀川水系河川整備計画をつくるならば、もっと彼らと対話し、彼らの本音を聞き出して計画にいかしていくことがいるのではないかと思う。

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処置

 新年明けましておめでとうございます。寒い中、活動いただきありがとうございます。本年もモニター活動よろしくお願いいたします。
 塚本地区と木川地区の堤防強化工事に関して様々な報告をいただきましたが、先月の回答文で詳細に記載しましたように堤防の種類に応じて必要な施工方法で工事を実施しております。工事期間中ご迷惑やご不便をおかけしていますが、より安全な堤防となるようご理解ご協力のほどお願いします。その他、稲垣さんが疑問に思われたことについては、下記の通りです。

・中津川運河について
 正蓮寺川利水事業(高見機場からの分水事業もその一部)は水資源機構による事業ですが、淀川河川公園事業は国の直轄事業で管理を河川環境管理財団に委託しているものです。

・スーパー堤防について
 スーパー堤防は、堤防の市街地側に盛土をして幅を広げ、緩やかな台地をつくることで破堤を防ぐ堤防になっています。万一、洪水により水が溢れても水はゆるやかに流れるので、水の勢いによる堤防の損壊や市街地の建物へのダメージが少なく、被害を最小限に抑えることができます。また幅が広いので浸透や洗堀によって破堤することもありません。
 必要に応じて軟弱地盤を改良し強い地盤をつくりながら堤防の勾配を緩やかにしますので、津波や地震に対しても強い堤防になっています。
 尚、「阪神淡路大震災で堤防が壊れたことからスーパー堤防が生まれた」のではありません。

・赤川自然再生工事について
淀川は、かつて自然豊かなワンドや干潟が形成され、国の天然記念物イタセンパラをはじめ在来種が生息するなど、多様で貴重な動植物の宝庫になっていましたが、河川改修や地盤沈下の影響でワンドや干潟が減少しました。
 赤川自然再生工事は、その名のとおり自然豊かなかつての河川を再生すべく、次のような工事を実施しています。

  1. 赤川地区では、干陸化した河川敷を切り下げワンド・たまりを再生します。
  2. 大淀地区では、水際に土を持って行き干潟を再生します。持って行く土は、赤川地区で切り下げた土を利用します。
  3. 淀川大堰右岸側の魚道では、今よりも魚類や甲殻類が移動しやすいように既設魚道の構造改善をします。

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1月  
通報

【1月1日モニター報告】
妻の実家が宝塚にあるので猪名川、武庫川を含めてその支流を歩いて見た。調整池とも言える池が多くあること、その上、寺畑前川調整池づくりをやっていた。また川そのものは堤防を高くして「川を川に閉じこめて流す」考え方は同じように思える。国道2号線にある防潮扉(鉄扉)もない。河川敷も県営公園として手入れがゆき届いている。なぜ、淀川、神崎川、石澄川、箕面川、千里川などとこうも違うのであろうか。河川は治水・利水・環境ともに同じ基準になっているが、その整備のあり方は河川の管理者によってずいぶん違いがあるように思う。わたしが住む所では川と言えば淀川である。しかしそれぞれの所に住む人はそこの流れている川が川である。同じ国土でありながら、その基準・整備が違っている。このことは当然、住民の安全も違ってくる。わたしは果たしてこれで本当によいのかと思っている。淀川水系河川整備計画には4知事が反対しているが、反対の理由はまちまちである。これを住民の合意―コンセンサスをつくることも含め、もっと大きな視点で、国土をどうしていくか、河川をどうしていくかにまとめあげていくのが国土交通省に求められている役割なのであろう。

【1月3日モニター報告】
 川は静かである。水上スキーを楽しむ者が2組、ころんでころんでもやっている。河川敷ではタコ上げをやっている親子が数組、釣人はボラの引っ掛けが2人。十三公園の堀城跡の図を見ると北が中津川、南はその支流を利用した城であることがわかる。ここの水防碑には明治29年神津村大字今在家付近の神崎川堤防決壊とある。淀川右岸、十三大橋の北西詰にある明治18年の地図では新淀川の開削で、成小路村、光立寺村、古島新田村などの多くが川底に沈んでいるのがわかる。上古の時代からはわからないが、少なくとも近世になってからも川と水とたたかい、それとともに生きてきた地域であることがわかる。釣人は「淀川も昔に比べたらよくなってきた。都会にこれだけの自然はなかなか残ってない。冬はボラの引っ掛けぐらいだが、これからキビレ、ウナギ、コハダ、サヨリ、ハネと季節によって変わってくる。この川は大事にせんとあかん。」と言っている。今年は、今までのように淀川を川の中に閉じ込め自然を破壊してしまうのか、それとも川と共に生き、さらに自然を回復していくのかが、大きく問われる年になりそうだ。

【1月4日モニター報告】
 今日は伝法大橋近くで「おーい兄ちゃん」と声をかけられた。振り向くと福の漁師であった。彼は「今はボラもいるけど漁はだめだ。他に働きにいっている。」「津波注意報がでているの知っているか。何でもインドネシアのニューギニアで大きな地震があったらしい。」「わしら福の墓地の所もすぐ水に浸かるし、土地は低い。ほんまに津波が来たらこの堤防大丈夫かと思うよ。」「毎年、鉄扉を閉める訓練をしているが、鉄扉をつけるのでなく、道路を高くしたらよいのに。いらん公共事業をやらんと、これをやってほしいわ。」とのこと。このことから気になり、調べて見ると、淀川右岸に14の防潮扉がある。防潮扉は1つでも閉め遅れたり閉め忘れたりしたら、あたり一面水浸しである。本当に、こんな指示系統や操作がいくつもある体制で大丈夫なのであろうか。ある水防団長は「息子たちにはここに住まわせたくない。せめて10mは高い所に住んでもらいたい。」と言っている。今後30年間で60%の確率で東南海、南海地震がおきると言われている。その時に、防潮扉全体の指示に責任を持つのは誰なのであろうか。ここが一本化されることがカギである。国、府、市、水防団とあるが、危機に対して責任を負う団体にあいまいさがあるように思える。

【1月5日モニター報告】
 年末の工事が気になり、大淀野草園に行ってみた。大淀野草園では清掃をしている女性に聞いた。「野草をまだらに刈り取ったのは、冬で火がつけられた時に消防車が入りやすくするためと、ホームレスが殺されているからと聞いている。」「ここには週1回掃除に来るが、水際に野犬がいて恐い。交代でやるがみんなおそろしいと言っている。どうせ刈るなら全部やってほしい。」とのこと。上手のフェンスで囲った工事の男性2人「水際を埋立て干潟をつくる計画。土は自然再生で毛馬で川を掘っているが、その土を持ってくる。」「すぐ上手のコの字の干潟も工事をしたが、やっている時は土がどんどん川に流されてどうかと思っていたが、上手くできていた。」「説明板をつけることは、良い事なので元請けに言ってみる。」とのこと。両方とも現場にでかけて聞けば「それなり」の理由があることがわかる。なぜ、住民や利用者に分かるような説明板をおかないのであろうか。フェンスの方の看板は「赤川地先自然再生」となっており、まるっきり分からない。一つひとつていねいな対応・説明をすることが住民の理解をえる上で大事ではないかと思う。

【1月6日モニター報告】
 十三野草園から西中島地区を歩いた。十三野草園はいつもながらユリカモメがすごい。エサをくれる人を待っているのであろう。野草園の菜の花の芽が出た間でハトがしきりに何かをついばんでいる。老夫婦が腰をかがめて野草をとっているので声をかけた。「七草がゆをつくろうと思って探している。これがなずなで、これがはこべ。全部見つかるかどうかわからないが、昼までは探してみる。野犬がウロウロしているので恐い。」とのこと。木川の堤防工事は土盛りをはじめ、トラックの砂ぼこりがすごい。塚本では散水車で水をまいていることを言うと「水がない」の返事。この返事は大淀野草園も同じである。水は淀川にあるわけで「ない」わけではない。現に塚本では散水車の水は淀川から取水している。何が違うのか。工事の姿勢である。大淀の野草園ではインチキの看板をおき、木川の工事ではせっかく説明板を出しても住民にはよくわからない。民間の工事では考えられないことである。いずれも公共工事であり、住民のためにやっているものであり、住民の納得をえるようにしていく姿勢が大切であると思う。

【1月7日モニター報告】
 空はどんよりとくもり寒い一日である。大野川緑陰道路と淀川右岸を歩いた。大野川は緑が多いが鳥はハトが中心である。淀川には「ギーギー」と鳴くハマシギ、「ギャアギャア」とうるさいユリカモメ、「チッチッチッ」のセグロセキレイ、それにスズメ、ハト、川の中に「フィーヨフィ」と鳴くカモ、サギ、カワウとおり、はるかに多くの鳥を楽しむことができる、今日は投げ釣の人が一人「ボラの一種で深場にいる目の赤い赤目が釣れだした。型は50pぐらい。食べると上手いと言われているが・・・。」「堤防の工事で階段をつくっているが、高齢者向けのスロープをもっとつけて、お年寄りが河川敷を楽しめるようにしたらどうや。」「子どもの頃(昭和20年代)には伝法大橋の近くに住んでいた。その頃は橋より堤防の方が低かった。川の水も堤防のきわまできてそこで魚や貝を採った。堤防をどんどん高くしていったが、その時に道(橋)も一緒に高くしたらよかったのに。」と言っている。そう言われて見ればスロープも少ないし、堤防と道路(橋)をいっしょに高くしておれば鉄扉もいらないし彼の言っていることも一つの正論なのであろうと思う。

【1月8日モニター報告】
 先日の「七草とり」の老夫婦と十三大橋で待ち合わせをして、上流に向かって七草を探して歩いた。十三野草園では「これがなずなよ、こっちがはこべ。」などと腰をかがめて採った。その後はJRの下ですずしろ、さらに淀川大堰とゴルフ場をこえ草むらの中を探すとせり、はこべ、すずな、ほとけのざと河川公園豊里地区に行くまでに見つかった。「わたしら子どもの頃にはどこにでもあった。」とのこと。しかし、大都会の淀川の中に今でも七草があることはすごいことだ。面白いもので、七草のあったのは、公園区間やゴルフ場ではなく、人の手の入っていない草むらであったことだ。淀川の自然再生に向けての一つの方向を指し示しているように思える。「川を川にもどす」取り組みは赤川地先の自然再生の取り組みなどがおこなわれている。これは大変すばらしいことだ。しかし、この意気込み、国交省の姿勢を示す試金石は、いろいろな理由はあると思うが、ゴルフ場の撤去に手がつけられるかどうかにあるのだろう。昨年の河川公園整備計画を決めるパブリックコメントで「ゴルフ場と淀川は母なる兄弟」と言っている間はどうしようもない。

【1月9日モニター報告】
 昨日河川事務所の紹介で西中島でヨシを刈っている人と電話で話をした。「ヨシは文化財など古民家の屋根の葺き替えに使っている。昔は塚本辺りではミノクサを刈っていたこともある。」とのこと。今日はこれを再度見ようと思って歩いた。途中では、カモが陸地に上がって草をついばんでいる姿も見られた。野草園に女性2人が来ると野犬が走りよってくる。エサをやっているのだ。ヨシの山の前で公園管理の職員に声をかけた。彼は「ヨシは京都の人が刈りに来ている。一昨日もトラック2台で持って帰った。」「このヨシの山に火をつけるのがいる。昨年2月頃には大変なことになった。」「わしらも野犬には困っている。あんたも見たでしょ。エサをやる女性の2人組。」「あの女性が来るとホームレスがかっている犬の鎖をはずしている。1人で5匹もかっているのもいる。」「先日も20人ぐらいでつかまえにきたが子犬1匹のみ。その時はホームレスともめてパトカーも2台きて大変だった。」とのこと。わずかな散歩であるが、淀川の自然とともに淀川の中に織りなす複雑な人間関係を垣間見る思いがした。

【1月10日モニター報告】
 中之島の中央公会堂で開かれた「全国タナゴサミットin淀川」に仲間とともに参加した。主催者の「タナゴは全国で絶滅の危機になっている。今回のサミットを力に淀川にイタセンパラをとりもどしたい。」の意欲は伝ってくる。ゼニタナゴ、ミヤコタナゴ、イチモンジタナゴ、ニッポンバラタナゴ、スイゲンゼニタナゴ回復の取り組みも面白く聞いた。淀川のイタセンパラ回復に向け淀川河川事務所長の話でその意欲も取り組みもわかった。帰りに仲間に論議になった。中心点は上手くいきつつある所と淀川のイタセンパラの回復とどう違うのかである。話題になったのはタナゴの回復が見られるのは池が中心、つまりタナゴの回復に有利な条件で隔離されている所で、ブルーギル、アメリカザリガニの外来種や鯉など様々な魚が生息する淀川で可能かということである。もう一つはそれぞれに規模の大小はあるが、周辺住民の参加があることで、城北ワンドにしても樟葉にしても住民の運動はあるが淀川自身が雄大すぎてもっと大規模な住民運動をつくるための住民の参加という点で遅れをとっていることである。この問題はいくら話し合っても結論はでない。ブルーギルを淀川からなくすことができない存在になっている。ブルーギルも鯉もイタセンパラもアユモドキも生息する淀川をつくるにはどうしていくか、むずかしい問題である。

【1月10日モニター報告】
 今日の「歴史散歩」は「長柄の人柱巌氏の碑」や江戸時代に洪水(悪水)を防ぐために幕府の許可をうることなく開削した中島大水道の責を負って3人の庄屋が江戸をにらんで割腹自殺をとげた「さいの木神社」などに寄った。そこでは人身御供までして川と水とたたかった歴史があり、江戸時代に自らの生活を守るために命をかけて中島大水道を掘った歴史があり、こういった歴史の上に現在、決められようとしている淀川水系河川整備計画があることなどを話した。参加者は「昔の人は大変な思いで生活してきたことがわかった。」「淀川の堤防も自分が小さい頃(昭和20年代)はもっと低かった。それがどんどん高くなった。この堤防が壊れたらどうなるかと思う。」など声が出され、少しは一人ひとりの問題として考えてもらえたようだ。ただ参加者の半分ぐらいの人が淀川に長年住んでいながら、初めて聞く話のようで、淀川の整備をすすめるにはこういった現実をふまえていくことも重要だと思う。

【1月10日モニター報告】
 先日の河川公園西中島地区の管理職員の話から野犬対策のための水路が現実味があると思い、野犬の実態を調べにいった。夜9時すぎに河川敷を歩くのは暗くてつらい。十三野草園から西中島地区には野犬も一頭もいない。すべてホームレスの鎖につながれている。多い人で5〜6匹。少ない人でも2〜3匹飼っている。知り合いのホームレスとも話をした。彼は「夜は何されるか恐い。だから犬を飼っている。朝エサをやりにくるので、それとともに鎖をはずしている。」とのこと。さらに「犬のために水路をつくる計画があるが、犬はわしらとともに動く。わしらも水路の中に入るかどうかわからない。犬で大変だ大変だというなら、エサをやる女性を先に何とかしろ。」「その上でわしらの所に本気に話しにこい。」とのこと。野犬対策については、国交省に聞くと水路を聞くと、大阪市とも協議もし専門家と環境の委員とも相談し効果があるとのこと。西中島地区の野犬と言われているものはホームレスと関係をしており、その上毎朝エサをやりにくる女性が2人いる。ここに手をつけないで安易に水路をつくれば野犬対策になるとするならば余りに短絡的すぎる計画で税金ムダ使いと言われても仕方がない。本気にやるならばホームレスの対策、エサをやる人との対策をとらない限り、どうにもないことがはっきりしている。

【1月11日モニター報告】
 全国タナゴサミットに触発されて、赤川鉄橋を渡り、赤川地先の工事及び城北ワンドを見に行った。城北ワンドは緑のウォーターレタスと赤い藻がいっぱいうまりとても自然とは言いがたい。ここに新たにたまりをつくって、イタセンパラを回復させる壮大な取り組みである。30年前、40年前には背骨が曲がっていたハゼが現在では、ハゼ釣り大会がおこなわれ、多くの人が参加をし釣れたハゼを食べている。このような長さで見れば、現在おこなわれている取り組みが30年先、40年先にどうなるか。胸がワクワクしてくるような取り組みである。釣人の中には「あんなことをダメだ。」「ムダな公共事業だ。」という人もいるが、淀川の自然の回復へ、長い眼で見ていくことが重要だと思う。自然回復に対して関心を持ってもらうために、赤川地先の自然再生事業の中身と全体像を住民に分かりやすく説明していくことが必要ではないか。いずれにしても21世紀にどんな淀川をつくっていくかの取り組みであり、長い眼で見守っていくことだ。

【1月12日モニター報告】
 今日は昼過ぎなので陽がさせばあたたかさを感じるが、空気がピンと張って冬らしさを感じる。また強い風が時々吹き、前に歩くのも困難さを感じる。河川敷はグランドで野球する少年たちとタコあげをする親子のみである。タコは強風をのりこえて高く上がっている。川は白波をたてて海から上流に流れている。寒さのためか、ハトやハマシギ、スズメなどの鳥たちもそれぞれ1ヶ所に集ってジッとしている。元気に飛び回っているのはセグロセキレイとカラスぐらいである。いつもなら淀川大橋の街灯にユリカモメが止まっているが、今日は川の中で浮かんでいる。カモが川の中でお尻だけをあげている姿はユーモラスである。きびしい冬の寒さをのりこえようと、必死になってくるのが伝わってくる。こうした中で気になるのは、強風の中でゴミがまっていることである。先日は十三大橋の下手のゴミの山が回収されてきれいになっていた。きれいになれば気持ちがよい。しかし、十三大橋の下、塚本工事の上手、JR塚本の下手で3ヶ所の取り残しがあり、これらが風に飛ばされている。ゴミの山を回収するのであれば、一つだけ回収するのでなく、少なくとも淀川大橋から十三大橋までは一連のものとして全て回収してもらいたい。

【1月13日モニター報告】
 河川敷の水たまりのあちこちに氷がはっている。ハトも、ハマシギも、ユリカモメも集って陽の光を浴びている。西中島でようやくヨシを刈っている青年と会った。彼は「古民家の屋根のふきかえに使っている。毎年6〜7軒やっている。20年〜30年に一回はふきかえをしないとダメになる。」「以前はヨシズや茶畑の日よけをつくっていたが、ダメになった時に親方が屋根のふきかえを考え出した。」「宇治川のヨシと西中島のヨシでやっている。宇治川は太くて長く(4m)で荒い。ここは細くて短く(2m)、これを組み合わせてふきかえをする。」「ふきかえの職人も若い人が増えており、自分もその一人。」「ここには毎年くるが、年々ヨシが広がっていて川の中ほどまである。これから宇治川の方にまわる。」とのこと。彼と話をしていると淀川のヨシで有形文化財などの屋根のふきかえで生計をたてている誇り、そして淀川の自然を大切にしようとの気持ちが伝わってきて楽しくなってくる。

【1月14日モニター報告】
 堤防の工事の土も、グランドの草にも白い霜がおりている。ハトもユリカモメもハマシギもひとかたまりになり、陽の方向を向いて一身に陽を浴びている。釣人は塚本ポンプ場に2人、様子見も集ってきている。「どうですか。」「あきまへん。聞くだけやぼや。」「寒さは昨日よりましや。昨日は下のヨシの間でやった。10pのキビレが1つや。」「ボラもあたりはあるが集団がおらん。どこにいるかはボラに聞いてくれという感じや。」「しかし毎日、船でボラを獲っているからもっと深い所にはいるのだろう。」とのこと。ホームレスにも声をかけた。「ここ4、5日寒くなってきた。3軒隣もここでは耐えられなくなってどこかにいった。あと一ヶ月のガマンやな。」とのこと。そういった眼でホームレスの小屋をのぞいて見ると、住む人のいないテントがいくつもできている。鳥も釣人もホームレスも冬を耐えて春を待ちわびている感じである。そんな中でも十三摘み草園では菜の花の芽がのび、河川敷で春の七草が採れる。淀川の冬の自然も面白いものである。

【1月14日モニター報告】
 本日は昼から川と水を考える仲間が集った。先日の全国タナゴサミットでもらった「淀川のシンボルフィッシュ、イタンセンパラ とりもどそう自然豊かな淀川」(淀川河川事務所作)のDVDを見た。「16分間に淀川の歴史が分かってよいものだ。」「たくさんの人に見てもらいたいDVDだ。」「自然を取り戻そうとする取り組みの現状がわかってよい。」など好評である。「タナゴは田んぼがあり、たまりがある中でいた魚だ。淀川の中だけ改修してもイタセンパラは戻ってくるのだろうか。」「子どもの頃はヘドロで淀川なんてと見向きもしなかった。それが大きく変わっている。柴島に海老江の干潟もそうだ。もっと長い眼で見ていく必要があるのでは。」「そのためには淀川のことをもっと知ってもらうことだ。このDVDを淀川図書館においてもらったらどうや。」「そうだな。小学校や中学校でも見てもらいたいな。」など話題がつきず、予定の2時間はあっという間にすぎた。

【1月15日モニター報告】
 知事の大戸川ダムの意見表明をめぐって昨年12月流会になった滋賀県議会が始まった。新聞やTVなどマスコミで報道されている。滋賀県知事が県内の中小河川も含めて県民の安全をはかるために大戸川ダムではなく中小河川の整備が先との結論は滋賀県民にとってはよいのであろう。しかし、わたしたちの住む淀川下流部はこのことによってどんな影響を受けるのであろうか不安なことである。また、マスコミは「ダム反対派」「ダム推進派」と表現しているが、淀川水系の整備とはこんな単純な問題なのであろうか。淀川には上流部の琵琶湖、中流部の宇治川、下流部の淀川があり、それぞれに県民の利益を考えれば異なること、対立することがうまれてくるのは当然である。これを調整して、治水・利水・環境の全体から淀川水系の整備計画をつくるのが国土交通省の役割であろう。「ダム反対派」も「ダム推進派」も住民の安全を第一に考え、自然の回復を考え、目的は一致している。こうした中で今後30年間の整備計画が決められようとしており、もっとよく話し合いをしてもらえないかと思う。

【1月16日モニター報告】
 木川の堤防工事では散水車を使い、トラックの通り道に水をまき出し、土ぼこりは大分改善されだした。「水がない」からできないのではなく「その気」になればできるもので、これは評価されることである。昨日電話のあったヨシの業者と現場であった。「西中島のヨシを刈り出したから70年前からやっている。」「ヨシズを作っていたが売る相手がいなくなったので屋根屋になった。若い人は慶応や京大、同志社など大卒の人が入り、職人になっている。」「ヨシは毎年刈らないと空気や水の浄化がダメになる。その上使わなくなったヨシは畑の肥料になり、ムダがないものになっている。」「昔はヨシは壁の下地やいろいろな所に使われていた。もっと自然のヨシを見直してもらいたい。」「ここはいくつかの島に分かれており以前は船を置いていたが、子どもにイタズラされたのでやめた。」「国交省は『ヨシ原再生中』の看板だけでなく、ヨシを刈り取れば自然が回復するのだから、ヨシの島に渡れるように工夫してほしい。」など目を輝かせて語った。古民家の屋根の葺き替えを見たいので連絡してもらうように頼んだ。この業者といい、福・伝法の漁師といい実際の淀川で生業をたてているかと思うと楽しくなってくる。

【1月17日モニター報告】
 昨日にくらべ今日はあたたかい日である。カモやユリカモメも川面にのんびりと浮かんでいる。JR塚本下手のヨシの間に釣人が3人、「ボラのあたりもない。もう釣り止めと言う感じや。」「水が低いから投げても一つもあかん。」「ここら辺りもどんどん変わっている。淀川大橋も小さい頃は馬車が通っていたのを覚えている。父親は王子製紙から新聞のロール紙を馬車に積んで運んでいた。馬車道と言っていたな。それがバタコという三輪車に変わり、トラックに変わった。」「そうやな。子どもの頃はここらでよく泳いだり、貝を採った。この堤防もどんどん高くなってきた。」「一時はヘドロで釣りに来る気にはなれなかったが、最近は淀川もきれいになった。」「いやまだまだだ。もっときれいな川にしてほしいわ。」「そうやな。大堰をたまには開いて、川底をきれいにしてほしいわ。」など、話題につきない。毎日釣りに来ている人たちは本当に淀川を愛している。こういった人たちをどれだけ増していくかが重要になっていると思う。

【1月18日モニター報告】
 淀川ハイキングクラブとともに、阪急四条河原町から鴨川のほとり、平安神宮、知恩院、吉田神社あたりを歩いた。鴨川は水が澄んでおり、カモがたくさんおり、淀川より多いくらいである。これらの水は最終的に淀川に流れ、海に注いでいく。つまり上流部、中流部が水をどう使っているかが下流部の水質を決める一つの要因になっている。京都に都が1千年あったのもこの川と水がゴミと下水を解決してきたからに他ならない。町を歩けば「友禅染」の看板も目立つが、戦前は神崎川に友禅染工場がいくつもあった(現在でも一つ残っている)。この女工さんたちが「労働組合」をつくり三島無産者診療所建設の力になってきた。吉田神社にはカヤぶきの文化財があり、この屋根の葺き替えも、先日の宇治川と西中島のヨシでおこなわれるのであろう。こんなことを考えて歩くと、淀川の雄大さがわかって興味がつきない。この雄大な淀川の自然を何としても後世に伝えていきたい。

【1月19日モニター報告】
 あたたかい朝である。川は静かに流れている。右岸の釣人からも左岸―大淀野草園の工事の土の盛り上がりが見え、「あそこにはヨシがはえていた。そこに土を入れて何をしているのか。」と話題になっている。現場に行くと警備の男性から「おはようございます。」と声をかけてきた。話を聞くと「前回あなたが来てから、国交省の人が2人来てこういう人が訪ねてきたかと聞かれた。」とのこと。さらにクレーンを扱っている人にも案内してくれた。彼らは「これまでにトラック68台分の土を入れた。これまでは仕事を受けてやっているだけだったが、自然を回復する仕事の意味がわかった。」「近くの人が来て昔はシジミが採れたと言うが、そうなったらすごいことだ。」「大淀野草園も所々刈ってあるが、見た目が汚い。全部刈り取らんとあかん。」「たまに税金のムダ使いではと言って来る人もいるが、こういった人にも説明をできるようにしてほしい。」などと語った。現在、ここでやられている工事は淀川の自然を回復する上で重要なものである。対岸の右岸でも話題になっており、赤川地先の自然再生の全体像がわかるものをつくることが必要になっている。

【1月20日モニター報告】
 近所の人が十三大橋を歩いて渡ったことがないと言うので、十三公園に集って、十三大橋を渡って帰るだけの「歴史散歩」をおこなった。中津川には十三の渡しがあり、その茶店が今里屋久兵衛であったこと、明治11年に成小路村の村民が大阪の文化を直接取り入れようと木の橋をつくったこと、今里屋の祖母はこの木の橋を渡って中津小学校に通ったこと、当時は大雨が降ると上流から牛や家が流れてきたこと、さらに明治18年の「枚方切れ」から現在の淀川がつくられ、現在の十三大橋の親柱も昭和11年のもので戦争をくぐり抜けてきていることなどを語った。参加者の関心をひいたのは十三公園と十三大橋左岸にある水防碑だ。十三公園は明治29年の神崎川の決壊であり、十三大橋左岸は昭和9年の室戸台風と昭和36年の第2室戸台風による高潮の水防碑である。参加者からは「この水防碑を見ると川とのたたかいが大変だったことがわかる。」「滋賀県で知事の意見が通ったがこの辺りはどうなるのか。」「塚本と木川で堤防工事がやられているが大丈夫かしら。」などの声がだされた。

【1月21日モニター報告】
 今日は茨木に行く用があったので、安威川を茨木から神崎川の合流点まで歩いた。安威川は護岸がコンクリートで固められ、堤防の上からゴミが投げ込まれている所が各所にある。正月には猪名川、今回は安威川から神崎川、それに毎日の淀川と歩いているが、それぞれに河川の管理の基準が違っているように思える。治水の面から見ると淀川はスーパー堤防であるが、漸次、堤防の巾を太くする工事をおこなっている。阪神大震災で被害を受けた神崎川は堤防を震度7にしたいがわずかに6%しか進んでいない。河川環境の面では猪名川が一番進んでおり、遅れているのが安威川、神崎川である。同じ淀川水系でありながら素人であるわたしが見ても河川管理の基準が違っていることが分かる。理由は簡単である。河川の管理者が国、大阪府、兵庫県と同じ淀川水系でありながら違っているからである。地方分権ということで河川の管理が県に移されているが、果たしてこれでよいのかと思う。淀川水系はそれぞれに関連を持っており、統一的に管理すべきではないかと思えてくる。そういった点では淀川水系河川整備計画づくりでの国土交通省の役割が問われている。

【1月22日モニター報告】
 鷺洲の水防分団の解体、建替が始まった。ここの倉庫には水防分団屯所もある。淀川の右岸と左岸の各地に分団の倉庫がある。この倉庫を見るにつけ「水防分団の役割」を見直す時にきているのではないかと思う。淀川右岸、左岸ともに倉庫の中を見せてもらったことがあるが、中心は土のうであり、水防組合がつくられた時代から変わってない。鷺洲には「土のうは非常時の災害防止用の物なので関係者以外は持出したり使用してはいけません」の張り紙もある、水防団員の「年1回の訓練で土のうをつくるが、これで淀川の洪水が本当に防げるのか。土のうをつくっても堤防に運ぶ体力もない。大井川などにいくと大きなブロックとクレーン車が置いてある。あれならばとひょっとしてと思える。」と言っている。水防団には防潮扉を開閉する重要な仕事はあるが、その他については水防組合が創立された時代のままである。その後淀川は堤防の高さ、河川敷のあり方も含めて人間の力で大きく変えられている。これらに合わせた水防組合にする時にきているのではと思う。

【1月23日モニター報告】
 淀川では各地で工事をしている。塚本堤防工事は盛土がほぼ終わり、黒い浸食防水シートが張られだした。わたしの予想に反して穴が開いており、本当に浸食防水に役立つのかどうかはわからない。対岸の大淀野草園の工事の山が大きく見えるようになり、行って見た。今日はトラック80台分が入るとのこと。川の中の土は左右に伸びだしている。ここに5年後10年後干潟ができ、シジミが採れるようになるかも知れないと思うとワクワクしてくる。しかし残念なのは看板が相変わらず「赤川地先の自然再生」になっており、何のための工事かわからないことである。警備の人は「ダム建設ではいろいろ言われているが、自然の回復では良いことをやっているのだから、自分らにも説明のできる看板を設置してほしい。」と言っている。国交省も工事の元請けもこんな簡単な要望になぜすぐ応えられないのか不思議なことである。

【1月24日モニター報告】
 今日、先日淀川の堤防であった伊丹の写真グループ4人を十三大橋辺りを案内して歩いた。十三大橋の下にいくとシジミの貝ガラが散乱しているのを見て「ここでシジミが採れるんですか。食べれるんですか。夏にはウナギも採れるんですか。すいぶんきれいになっているんですね。」「カモの姿も面白いですね。」と言って、対岸への景色―十三大橋と阪急の間の写真をとりまくっている。次に西中島のヨシ原を見せた。真中が刈り取られヨシが積み上げられている。「このヨシを使って古民家の屋根の葺き替えをやるんですか。淀川で生活している人がいるとは。」など離れようとしない。しかし野犬もおり、早々に引き上げて最後に新御堂筋横を水際に入り、本庄水管橋を見せた。「淀川のこんな中央まで入れるなんて。」「長柄大橋もあんなに見える。」「赤レンガも時代を感じさせる。」などワイワイガヤガヤ大変である。淀川はヘドロで汚れた川のイメージを払拭してくれたようだ。また菜の花の咲く時期に案内をする約束をしてわかれた。

【1月25日モニター報告】
 滋賀県議会の大戸川ダムに関する記事を載せた1月16日付の京都新聞が手に入った。そこには嘉田知事が「地域のことは地域できめる」と主張する一方で嘉田知事の議会答弁に京都府が意義を唱え、今後の協議で必ずもめると懸念されたとある。淀川水系は各県にまたがっており、嘉田知事のように「地域のことは地域できめる」と各府県が地域を優先すれば上流・中流・下流の対立がおきるのは当然のことである。利水や治水を優先して、ダム建設をおこない自然を破壊してきたことも事実である。その中で、流域住民こそ主人公を唱える人もいるが、大戸川ダムでさえ、立ち退いた人たちは知事を独裁者と呼び、地元市は反対の立場で地元のコンセンサスはないように思える。またダムに頼らない堤防強化や遊水池などを言う人もいるが、わたしの住む大阪市内には遊水池などつくる場所などどこにもない。毎日、淀川を歩き、自然を楽しむ中で考えているが、淀川水系河川整備計画をつくっていくためには、もっと大きな視野にたつ必要があるとともに、それぞれ利害関係を調整するためには国土交通省の役割が問われているのではないかと思う。

【1月26日モニター報告】
 どんよりと曇り寒いので河川敷はシーンとしている。ハト、シギ、スズメがかたまりになって芝をついばんでいる。カラスは大きくなったゴミの山をあさっている。川の中でカモは静かに浮かんでいる。ユリカモメがパタパタと水面をたたいて逃げるカモを追いかけている。そんな中でもグランドの緑が少し多くなり、菜の花園の菜の花の緑の芽のように春を待つ準備をしているようである。今日は琵琶湖は基本的に滋賀県の管理であり、国土交通省は瀬田の洗堰以降であることがわかった。淀川水系の頭部にあたる琵琶湖は滋賀県、首になる宇治川、両手の桂川、木津川、胴体の淀川は国の管理である。この間ダム問題をめぐっては滋賀県の報道がある。琵琶湖が滋賀県の管理であるから「地域のことは地域のことで決める」と滋賀県がダムに反対するのは当然のように思える。しかし滋賀県はよいかも知れないが、そのことで中流の京都、下流の大阪はどうなるのかと思う。淀川水系河川整備計画が決まらないのは4知事と国交省の間の問題もあるが、淀川水系の中心とも言える琵琶湖を国が管理していないという構造上の問題があるようだ。

【1月27日モニター報告】
 河川敷で正月以来タコ上げをやる人にあった。タコは手づくりでクルクル回ってなかなか上手くいかない。彼は「次の休みに孫が来るので孫にタコあげをさせたいと思って、子どもの頃を思い出してタコをつくった。今日は孫に見せる前にためしに上げてみようと思ってきた。何が悪いのか。クルクル回るばかりだ。」と言って、シッポの長さや重心の位置などを変えて1時間ほど挑戦していた。彼の話によると「1月18日にも河川敷でタコ上げ大会があった。雨が降ったこともあるが、手づくりのタコはうまくなく、高く上がったのはカイトばかりであった。」とのこと。三国に長崎タコをつくる名人がいるが、そういった目でスーパーなどを見ると和製のタコはなく、カイトばかりである。日本の伝統であるコマ回し、スゴロク、ハネツキなどもほとんど見なくなった。タコをはじめ日本の伝統も後世に伝えていきたいものである。タコ上げは河川敷が格好の場所になっている。

【1月28日モニター報告】
 今日はあたたかい日である。朝から散歩する人も多い。西中島の刈り取られたヨシ原に入ると相当広く刈り取られ、ヨシの中に水路があるのがわかる。刈り取られたヨシの山は10個以上になっている。これも知られていない淀川の自然の風物詩なのであろう。柴島の水道記念館によった。イタセンパラは板鮮腹と書く。10pほどの魚でメスは紅赤色できれいである。これが淀川にいなくなって3年。その要因は1970〜1980年代に人間が淀川の構造をかえ、イタセンパラの生息地であるたまりを埋めたてたこと、淀川大堰をつくり水の流れをかえたことが大きな要因になっている。当時はイタセンパラを守る人たちと国交省と相当のやりとりがあったようだ。時代も移り、現在では国土交通省も乗り出して、淀川の自然を回復することに着手を始めた。その先例が柴島と海老江の干潟、西中島のヨシ原である。さらに現在では赤川地先でたまりをつくって淀川のシンボルフィッシュであるイタセンパラを取り戻そうとしている。回復までにはこれから色々な問題もあろう。しかし、国交省職員は「必ず回復させる」と言っている。30年先にはイタセンパラが戻ってくる可能性を予感させ、楽しい試みである。

【1月29日モニター報告】
 あたたかかくなると急に釣り人が増えてくる。バキッとサオの折れる音。その後必死に取り込むと48p級のボラであった。彼は「今年初めてのボラだ。ようやくボラの引っ掛けがはじまるのだろう。この気候といい春を予感させる。」「今日はサオを投げて15分で折れてしまった。一本しか持ってきてないから帰る。明日は三本ぐらい持ってきやってみるよ。」と帰っていった。塚本の堤防工事は土手半分に黒い防水浸食シートが張られ、そのシートの穴の間に土を入れ始め急ピッチで進められている。ここに緑の芝が張られるころには春まっさかりで堤防で土筆採りも楽しめることであろう。春の待ち遠しい昨日と今日であった。

【1月30日モニター報告】
 今日は朝日新聞の記者から「塚本の紹介をしたいので案内をしてほしい。」の要望にこたえ一緒に歩いた。「なぜ塚本を取り上げる気になったのか。」と聞くと「大阪から一駅の塚本で梅田とずいぶん違う。その違いを知りたい。」とのこと。早速、淀川の堤防に上げた。大都会大阪の自然を目のあたりにし目を丸くしていた。そして淀川にボラ、キビレ、スズキ、ウナギ、ハゼなどがおり、漁業で生活している人がいること、水際の砂にはシジミがおり、シジミ採りを楽しみにしている人がいること、また再生されたヨシを使って古民家の葺き替えをしている業者がいることを話すと驚いていた。大阪の中心、梅田近くにこんなに豊かな自然があることを、彼はどんなに感じたのであろうか。彼が書く記事がどんなになるか楽しみである。

【1月31日モニター報告】
 雨あがりでどんよりと雲がたれさがっている。川も静かな流れで、その中にカモが浮かんでいる。今日は釣人が一人のみである。彼は「少しあたたかくなったので3〜4日釣人も増えたのに今日は一人だ。ボラのハネもないがここ一週間ぐらい少しあたりがあるようになった。もう少ししたらよくなるだろう。」「みんなに言われて、ここに来る時はポリ袋を持ってきてゴミを拾うようにしている。そこにあるアキカンも持って帰るよ。」「やり出したら淀川の汚いのが気にかかる。何でみんな捨てて帰るのだろうな。」「塚本と木川で工事をしているけど、少しやり方が違うように思う。何となく塚本の方がていねいにやっているように思う。」などと語っている。さすがに毎日淀川に釣りに来ている人はよく見ている。グランドや堤防の緑も確実に濃くなり、堤防ぞいの梅の木もつぼみがふくらみ、今日は一つ花が咲いていた。みんなが待ち望んでいる春がそこまできつつあることを感じる。人口280万人の大都会大阪を流れる淀川の自然を釣人たちがやりだしたように身の回りのゴミを持ち帰ることからでも始めて、何とか守っていきたいものである。

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処置

 こんにちは、稲垣さん。寒い日が続く中、モニター活動ありがとうございます。寒さの中にも春の訪れを感じさせる風景もあり、楽しく読ませていただきました。普段、福島出張所管内という狭い範囲で現場の仕事をしていますと、他の河川を深く観察する余裕や歴史に触れる機会は少ないので、興味深いご報告が多かったです。また様々な方と各所で対話されていることも河川管理者としてありがたく感じています。
 今回稲垣さんが疑問に思われたことについては、下記の通りです。

・防潮扉について
確認されたとおり淀川下流域右岸側には14の防潮扉があります。淀川左岸側にも3つの防潮扉があり、あわせて淀川下流域には17もの防潮扉があります。防潮扉は高潮の被害が予想された場合に、防潮扉を閉鎖して防潮堤と同じ高さになるようにして、橋梁部分からの浸水を防ぐ重要な施設です。それぞれが設置されている河川に河川管理者がおり、施設の管理者、操作責任者がいます。また、実際に閉鎖が必要になった場合は、交通遮断が必要なので、道路や鉄道の管理者、警察の協力も必要です。高潮被害の危険が迫った場合、これらの多くの関係者が連携し、迅速な対応ができるように定期訓練を実施しています。

・水防活動について
堤防やダムなど治水のハード整備が整っておらず、また昨今の所謂「ゲリラ豪雨」のように予測の難しい局地的な集中豪雨が発生する現状では、水防活動は出水時における初期の防災活動として、とても重要な活動です。出水時には、一刻も早く迅速かつ的確な工法による水防活動を行うことで、水害を未然に防止し被害の軽減を図ることができます。もちろん重機による水防活動や復旧作業を行う必要も出てきますが、重機の出番が必要なほどに被害が拡大することのないように水防団員が出動してくれているのです。
 ただ、水防団員の高齢化の課題についてはご指摘のとおりです。若い世代へバトンタッチが出来るよう、水防知識と技術の研鑽、継承のための活動が各地で実施されています。
また、非常時、緊急時には一般住民の方々も水防活動に加わる必要があるかもしれません。堤防の近くにお住まいの稲垣さんですので、自分で守る、みんなで守る、地域で守るの観点から、一度水防訓練に参加されてみてはどうでしょうか。

・侵食防止シートについて
「堤防強化の為に侵食防止シートを使用する」と聞くと、穴が開いているのは意外に思われるかもしれません。稲垣さんがご覧になったようにこのシートは網目状の繊維質になっていますが、この上に芝を張ることで芝の根がシートを貫通して育成し、植物の活着力とシートの機械的強度とが一体となって堤防の法面を保護するものになっています。このように法面を保護することで、洪水等で直接堤防が流水にさらされても堤防表面から土砂が流出したり侵食されにくくなるという効果があります。

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2月  
通報

【2月1日モニター報告】
 今日は琵琶湖・淀川水質保全機構の取り組みに参加、南郷アクア港から外輪船「一輪丸」での瀬田川から近江大橋のクルーズと昼からは水質保全を中心とする経験交流会に参加した。淀川の最下流部に住む者が最上流を見ていくつか感じることがある。第一は瀬田川大堰では上流では水を満々とたたえているが下流部では川底が見えており、その役割の大きさである。第二はデレーケが大日山を削って瀬田川の川幅を広げた跡を見た。京都府は宇治川や桂川の狭窄部の改修が大戸川ダムより先とダムに反対しているが、もし京都府の主張が通れば、下流部はどうなるのか。瀬田川の改修部を見ると不安が大きくなる。第三は瀬田川にゴミがない。公園に指定されているからゴミが少ないのではと思い疎水も歩いたがゴミはない。下流部のゴミの多さとの違いは何であるのかと思う。第四に瀬田川を抜け琵琶湖に入ると急に波が高くなった。強風のために波が高くなったとのこと。琵琶湖の大きさ雄大さの一部を体感した気がする。いずれにしても、ここが関西の水がめ、マザーレイクである。ここからわたし達の住む淀川最下流部まで、どうなっているのかを知りたくなってきた。

【2月2日モニター報告】
 昨日の琵琶湖・淀川水質保全機構の経験交流会の発言は一つ一つは興味深いものであった。しかし発言の内容は現在ある自然をいかに守るかが中心になっていた。今日は今の自然を守るだけで美しい淀川を未来に残せるかを考えながら歩いた。近代科学工業が発展して100年。人間は自然を破壊してきた。しかし実際は30年40年前ヘドロで背骨が曲がっていたハゼが現在では釣り大会を開きフライにして食べている。十三シジミもTVで有名になり遠方からも獲りにきている。ウナギや渡りガニを中心にして漁業で生活する人、ヨシを使い古民家の屋根の葺き替えをする業者がいるなど、自然再生の取り組みの方が進んでいることを現実に感じる。赤川地先の自然再生事業では淀川では絶滅したと言われるイタセンパラの再生さえめざしている。こう考えると現在の取り組みは、現在あるものを保全するのではなく、回復することに力を入れているようである。

【2月3日モニター報告】
 大淀野草園の工事を見にいった。川の中に入れられた土はずいぶん大きくなっている。これでまだ5分の2で、2万m3入れるうちの8千5百m3を入れただけだというから、前回上手につくったのより2倍くらいにはなるだろう。水際のヨシを見て歩くと、大半が西中島と同じ細いものだが、JRの上手に太いのがはえており、5本ほど持って帰り、ヨシ笛をつくってみた。長さを変えたヨシ笛をふくと何となくドレミファソラシドになっている。尺八をやっている友人に吹いてもらうと見事なものである。音色もしっかりしておりきれいな音をかなでている。聖徳太子が四天王寺建立のおり場所を探して淀川右岸にも来てヨシをとって三番そうをふいたと言ういわれがある。そのため、戦前には三番村や天王寺庄があった。こんなことを考えながら淀川を歩き、実際の淀川自然再生の取り組みやヨシを見るのも楽しいものである。

【2月4日モニター報告】
 ヨシ笛は尺八グループが演奏に使ってみたいとのこと。とりあえず5組ほどつくってほしいとの連絡があり、昼からヨシを刈りにいった。ヨシを刈っていると散歩の女性が「何をしているの。こんなに太いヨシがあるのに気づいたのは初めて。ヨシ笛をつくるのは面白そう。」と声をかけてきた。1m〜1m50pを15本たばねて持って帰ると、工事のトラックの運転手が「それはヨシやね。ここらでは細いのばかりだが、よくそんなに太いのがあったね。昔はよしずをつくったことがある。」となつかしそうであった。帰る途中は小脇にかかえたヨシを見て不思議そうな顔をする人が多く、その中の1人がジッと見ているので、「何だと思いますか。」と声をかけると「サトウキビ」と答えた。これがヨシである話をすると「子どもの頃は枚方に住んでおりヨシ笛をつくって遊んだ。」とのこと。ヨシは竹と違い、やわらかく、カッターとハサミで細工ができる。今日はあたたかく家に帰ると汗ダクであった。ヨシを持って歩くだけで、これだけ会話ができる。自然を守るためにはもっと淀川自身を知ってもらう必要がありそうだ。

【2月5日モニター報告】
 塚本の堤防工事をみてまわった。登口の階段の工事も着実にやられている。上手半分は黒い侵食防止シートに土をいれ、さらに芝用土を入れ、芝生を張り出している。これが完成すれば緑がもどってくるような感じがする。この工事を見て「何をしているのか。」「税金のムダ使い。」と言う人もいる。塚本ではこの工事によって堤防の断面、つまり巾がほぼ2倍になり強化される。このことを知れば「税金のムダ」と言う人はいなくなり、工事に関心を持ち見守っている。あたたかい日であるが釣人は3人。「一日に一匹はボラがあがるようになった。漁師がアミでとっているが、こんな臭いボラをどこへもっていくのだろう。」「何でも水族館のエサにするらしいで。」「真中にはあれだけいるのだから我々ももう少し釣れるようにならんのだろうか。」「去年の手帳を見たら釣れだしたのは2月15日からや。」「そのうちに釣れるようになるで。」とのこと。

【2月6日モニター報告】
 昨日も今日も春のようなあたたかさである。堤防の緑は濃くなりそのうちに土筆でもはえてきそうである。自宅の梅の木に花が3つ。河川敷の木々にも新しい芽が出始めた。ハト、スズメ、ハマシギ、セグロセキレイも色々な鳴声で飛び何となく元気である。カモも川の中をスイスイと泳いでいたり、尻だけを出していたり、首を曲げて寝ながら浮かんでいるものと色々あって面白い。淀川区役所に寄った。2月15日に十三・西中島のヨシ刈りをやる案内のチラシがあった。西中島にいってみると業者がつくったヨシの山はなくなっていた。業者の必要なヨシ刈りは終わり、その残りを刈るということなのであろう。ヨシは水を浄化させ、ヨシを刈ることでさらにその力がよくなってくる。どれだけ刈れるかはわからないが、区民の力を借りてでも刈ってしまおうとするのは面白い試みである。

【2月7日モニター報告】
 今日は一津屋から神崎川を下った。一津屋から淀川の左岸を見る景色が淀川の雄大さ、自然をあらわしているのではないかと思う所である。神崎川はその昔は吹田御殿など平安貴族の別荘がつくられるなど風光明媚なところであったが、現在は両岸ともコンクリートの護岸で固められ、その面影はない。河川敷も「なにわ自転車ロード」がかろうじてあるのみ。ここが広大な河川敷をかかえる淀川との大きな違いである、しかし、ユリカモメが飛びカモがおり、神崎川も自然を回復しつつあるのであろう、新高付近で散歩の高齢者と話をした。「40年前に引っ越してきたが、田や畑ばかりであった。新高公園に道しるべがあるが昔はここらには水路―川がたくさんあり、船で万福寺まで来て、そこで一泊して中山寺へいったそうだ。新在家と言われていた戦前に神崎川の堤防が壊れ、大洪水になったと聞いている。」と語った。この洪水が十三公園の水防碑と一致しており、ここでも川と水とたたかってきた歴史がある。

【2月8日モニター報告】
 春のようなあたたかさで十三摘み草苑の菜の花の緑も急に濃くなってきている。木川の堤防工事では、これまでの工事の説明板に加えて「堤防強化工事のおはなし」と「外来植物の駆除」の説明板がだされた。この二つは分かりやすくて大変良い。堤防の工事では淀川の堤防の3割が強度が不足しており、木川地区では護岸のブロックが古く、盛土とブロックの間に空洞があり、強化工事の必要性がわかる。断面強化の工事の方法や侵食防止シートの役割もわかり、興味のある人は読めば分かるものになっている。堤防周辺の住民には堤防の降り口を閉鎖するなど迷惑をかけているのだから、できれば周辺自治会の掲示板にはってももらうようにするとよい。それとともに木川の堤防から十三大橋も古いもので、ここも空洞があると思われ、ここの工事がいつやられるかが気にかかる。もう一つはシナダレスズメカヤの外来植物を駆除してタチイヌノフグリ、オオイヌテデ、ウズなど野生植物の再生をはかろうとする試みである、これが成功すれば昨年とは変わった景色になり楽しみなことである。できるのであればこの試みを大淀野草園でもやってもらいたい。

【2月9日モニター報告】
 気候の変化は河川敷の植物とともに川の中にもあらわれてきた。寒い中でも毎日釣りに来ていた人は2人。今日はわずか1時間半で60p級のボラを10匹釣り上げた。彼は「10匹もかかるのは久しぶりや。腕が痛くなってきた。3〜4日前からボラが回ってくるような感じをしていた。これで毎日いけるようになる。」と語っている。もう一人も見ているうちに55p級を2匹つりあげた。「今まではウロコを見るだけだったのに2匹も姿を拝ませてもらうのは久しぶりや。」とうれしそうであった。寒い中、毎日ガマンして淀川にきていただけに喜びもひとしおであろう。これをきっかけに春のキビレ、セイゴ、夏のウナギ、サヨリ、秋のハゼに続いていくのであろう。気候の変化が河川敷の変化につながり、さらに川の中の変化につながる。自然とは本当に正直で面白いものである。

【2月9日モニター報告】
 今日はヨシ笛が好評なので再度十三大橋をわたり太いヨシを刈りに行った。大淀野草園の埋立工事では元請の人を紹介された。「淀川の自然再生の仕事ですばらしい仕事ですね。散水車も入りよかったですね。」と言うと彼はうれしそうに「あなたのように工事を見てもらえるのはうれしい。赤川のイタセンパラも100年先かもわからないが・・・。淀川大堰の魚道の左岸を昨年改修したが鯉がたくさんおり引っ越してもらった。今は右岸の魚道をやっているが、今回は一匹もいなかった。自然とはわからないものである。全体がわかる説明板については国交省とも相談し考えてみる。」とのこと。ヨシを刈って十三大橋を渡っていると真中で「定期観測水質調査」のため、ロープに結んだバケツで淀川の水を採っていた。話をすると、「毎月に定期に調査をしている。浮遊物とBODの調査。今日は気温が6.8℃で水温が9.1℃と水温の方が高い。長柄橋の水温は7.6℃であった。」「大阪湾までの調査をやっているが、下水ができてからすいぶん水はきれいになった。」とのこと。ボラが4〜5日前から釣れだしたのは水温との関係が大きいようだ。

【2月10日モニター報告】
 雨上がりの朝で堤防に登ると朝もやがかかり梅田のビル群がかすんで見える。塚本の堤防工事では侵食防止シートの上に芝を張りつけて竹串で固定している。あと一歩で完成という感じである。ガードマンは「階段ももう少しでできる。これができれば不便になったという住民の苦情も解決するだろう。」と語っている。パンをやる男性をユリカモメとハトがとり囲んでいる。見ているとユリカモメはハトがとったパンを横からサッと取っている。釣人は3人。「最近、少し釣れだしたが今日はコツンともこない。」「巡視船が来ているが新北野の船着場の水深を毎週火曜に測っている。」「淀川の川底を年1回くらいはきれいにしてほしい。そうすればもっと良くなるのでは。」「まだボラのハネを見ない。でも少し良くなっているので勝負はこれからや。」「釣れるかどうかわからんところがいい。」などと語っている。

【2月11日モニター報告】
 あたたかい日である。河川敷では白、黄、ムラサキなど小さな花が咲いている。十三大橋から下を見るとカメが一匹泳いでいる。グランドでは野球、サッカー、ラグビーの少年たちの元気な声が聞こえてくる。タコをあげる親子、河川敷でお弁当をひろげる親子など、まるで春がおとずれたかのようである。鳥もハマシギより少し大きい茶黒の色の鳥、小さめの茶色の鳥が草むらから飛び出してくる。まるで自然も人も春を今か今かと待ち望んでいるような景色である。こうした中で嫌になるのが、ゴミの山が大きくなり、冬の間に川の中に捨てられたバイク、自転車が増えていることである。今日はJR塚本から淀川大橋の間で、堤防の上の道に車でゴミを持ち込み、堤防の上から投げ捨てる不心得者が2人もいた。堤防際でグランドを見ている親たちにあたらないかヒヤヒヤしていた。こうした不心得者は何度見ても腹がたってくる。

【2月12日モニター報告】
 今日もあたたかい。河川敷では急にチィチィチィ、チッチッチッ、クーチィチィチィーチィチィーチィ、ピイピイピイ、ギャアギャア、など鳥の鳴声が多くなる。耳をすまして聞くといろいろな音色があり楽しくなっている。川の中のカモ数が減ってくるととも、ユリカモメが巾をきかせている。ハトがもらったパンを横取りしてユリカモメ同士がギャアギャアと追いかけっこをしている。カラスも見守るしかない勢いである。この鳥の声だけを聞いているともう春である。釣人は「あたたかいのでボラも毎日一つぐらいはかかる。」「対岸の工事(大淀公園)がうまくいってヨシがはえれば、あそこでも釣りができるようになるな。こちらもブロックでなく昔のようにヨシをはやしてほしいな。塚本の堤防の工事もそろそろ終わるが、大川のように桜の木でも植えてほしいな。そうすれば昔の十三の野遊びが復活するかもしれないな。」などと語っている。

【2月13日モニター報告】
 風が冷たい感じのする日である。塚本の堤防工事は、上半分に芝を張り終えてこれから下半分の芝張りに入る。釣人もいつもの2人。「先日10匹釣った翌日は腕が痛かった。一日一匹という感じや。」「ボラは三枚におろして一日氷に冷やすと、臭みがぬけて食べれるよ。やってみたら。」「秋のハゼも焼いて乾かしておくと、正月の雑煮のダシになる。淡路の商店街では売っている店もあるよ。」「今船着場から出ていったのは潜水の工事の船や。冷たいのに大変なことや。一体何をするのであろう。」とのこと。本日の夕刊、TVでは滋賀と大阪の知事がそろって淀川水系河川整備計画案への意見書を提出と報道していた。大戸川ダムの有効性は認めるが堤防の改修が優先されるというものであった。琵琶湖を管理する滋賀県がダムより中小河川の整備をするのはわかる。下流部の大阪は堤防の強化改修だけで本当に大丈夫なのであろうか。中流の京都府はまだ意見書を出していないが、ダムよりも桂川、宇治川の狭窄部を先に広げると主張している。これをやったら下流部の大阪は一体どうなるのであろうか。マスコミは地方が国に反対する行動を大きく報道しているが、本当のことを知らされていないのではと思う。ダム反対の理由も上流中流下流で違っており、これで大丈夫なのであろうか。不安はつのるばかりである。

【2月14日モニター報告】
 今日は月1回の「歴史散歩」で東淀川区の豊新、豊里、平田の渡などを歩いた。豊里団地から淀川の堤防に登り、左右を見比べながら平田の渡まで歩いた。左右を見比べると明らかに人の住んでいる側の方が低いのがわかり驚いている。川と水とのたたかいは過去の問題ではなく現実の問題であること、淀川水系河川整備計画(案)に滋賀と大阪の知事が意見書を出したが、淀川流域住民として関心を持つことの重要性を話したが、どれだけの人に分かってもらえたであろうか。また、淀川の自然の回復のあかしとして淀川のヨシを使ってヨシ笛を手作りし、一本一本プレゼントした。参加者からは「こんなに太いヨシが生えているのですか。」「孫に渡して吹けるようにしたい。」などの声があがり、これをきっかけに淀川に関心を持ってもらえればと思う。将来どんな淀川をつくっていくのかは、住民の責任なのだから・・・。

【2月15日モニター報告】
 今日もあたたかい日で河川敷では散歩する人が多い、若いアベックから「初めて淀川にきた。大都会にこんな自然があるのはステキですね。」と声をかけられたので、西中島のヨシ原と柴島の干潟に案内した。「これがヨシですか。これで屋根の葺き替えをやるのですか。」「こんな干潟があるとは思いもよらなかった。」「これからもちょくちょく淀川に来るようにしてみます。」とのこと。釣り人も、あたたかくなり急に増えてきている。JR塚本の下手で7人が投げ釣り。見ているうちに45pのキビレ、40pのボラを釣り上げた。JR塚本の上手にはボラの引っ掛けが5人。こちらは「昨日は2匹いけたが今日はあかん。」「下でキビレがいけたから、あと半月でキビレがここらでも釣れるようになる。」「ボラも少しいけるがまだ群れになって泳いでないな。」「川の中のボラのハネもまだこれからや。」「今日はあたたかいから一日がんばってみるわ。」とのこと。誰もが春の来るのを待っているのが分かって面白い。

【2月16日モニター報告】
 今日から寒のもどりである。堤防にあがると淀川は寒々としている。あれだけ豊かだった鳥のさえずりも、チュッチュッ、チュッチュッとせわしなく鳴くセグロセキレイとギャア、ギャアと鳴くユリカモメだけになってしまった。釣人も昨日は10人いたのが今日は2人である。こう見ると自然の変化とは面白いものである。昨日、区役所が音頭をとって西中島のヨシ刈りをしたので、それを見にいった。くまなく歩いたが、どこをやったのかよくわからなかった。西中島のホームレスと話をした。「ヨシ刈りにはきたよ。刈ったのは少しだけ。それより業者の方がすごかった。ヨシの間にカモの巣があり、ヨシ刈りでそれがどうなるか心配だ。水上スキーもやっているがカモをけちらしている。ここに犬を捨てにくるやつもいる。おれもかまれたことがある。淀川の自然はいろいろと変わって楽しいよ。わしらのことをいろいろ言うが、わしらだって淀川の自然を大切にしていきたいと思っているよ。」とのこと。こんな話を聞くと淀川へのいろいろな人の思いがあることがわかる。

【2月17日モニター報告】
 今日は寒いが朝陽がさし川面がキラキラと輝き、まぶしいくらいである。十三摘み草苑の菜の花も大分大きくなってきた。しかし菜の花の生育が畝ごとに10pのものもあれば3pのものと違っている。不思議に思い近くのホームレスに聞いてみた。「肥料のやり方と水はけが悪いから。」とのことであった。十三摘み草苑には「春夏の花を楽しみ市民が憩える場」とある。秋のコスモスはどうなるかと思い河川環境管理財団に電話した。「河川敷から人工物を撤去するのが方針。コスモスは人工物なので。」とのこと。対岸の大淀野草園は、人が手を入れなくなったのでセイタカアワダチソウ、ミナダレスズメノカヤの宝庫になっていること、十三摘み草苑と西中島地区のシナダレスズメノカヤの群生地を整備する計画と話すと「コスモスを大量に持ち帰る人がいるから。」と理由をつけた。どちらにしろ、河川敷をどうするかの方針があいまいである。コスモスをやめれば外来種の宝庫になる。スズメノカヤの群生は整備する。どちらの考え方が基本なのかと思う。コスモスは地域の人に愛されており、今秋も継続することを望むものである。

【2月18日モニター報告】
 淀川の堤防に登ると、犬の散歩をしている隣の奥さんが「おはようございます。」と声をかけてきた。彼女は「黒いシートを敷いて、また土をいれ、その上芝生をおいて竹串でとめているのは面白いですね。」と言う。前回会った時に堤防工事の説明をしたので興味を持ったようだ。堤防の上から左右を見てもらった。彼女は「私が住んでいる所がこんなに低いとは。堤防が壊れたら大変なことになりそう。毎日堤防に来ているが知らないことばかり。」と驚いていた。カバンの中にあったヨシ笛を渡すと「こんなに太いのがはえているのですか。昔の人はいろいろなことを考えるんですね。」とのこと。淀川のことを考えてもらうには、彼女のように実際に淀川に足を運んでもらうこと、そして事実を事実として見て考えてもらうことが重要だと思う。

【2月19日モニター報告】
 木川の堤防工事を見にいった。木川の工事は堤防への土盛り、階段づくり、侵食防止シートはり、芝生の張り付けと同時進行で急ピッチでおこなわれている。毎日淀川に来ている釣人が「塚本の工事に比べて木川の工事の方が荒いのでは。」と言うのもうなずける。塚本は土を盛ればその強度を測る作業など一つひとつの工程が素人にもよくわかった。工期を間に合わせるために急ぐより、ていねいな工事をしてもらいたい。そうしないと伝法のように凹地ができることもある。芝生を張っている人に声をかけた。「竹串で芝生を固定している。一年もすれば芝が根をはり、しっかりしたものになる。竹とヨシでは強度が違う。竹串は専門の業者から仕入れている。」とのこと。

【2月20日モニター報告】
 雨上がりで雲がどんよりと空からたれ下がっている。川は白波をたてて下流から上流に流れている。さすがに散歩する人も釣人もいない。淀川大橋では街灯にとまっているユリカモメはいつもと反対の方向―下流から風が吹いているので下流を向いてとまっている。たまに飛び立つと強風に流されていく感じである。昨日、処理をしたのであろうか。河川敷のゴミの山がなくなっている。やはり、ゴミがないのは気持ちがよいものである。しかしこの状態がいつまで持つのかと思う。

【2月21日モニター報告】
 今日は川と水を考える仲間が集った。一番の話題になったのは大阪府が来年度予算に槇尾川ダムの本体工事に10億9千万円の予算をつけたことである。淀川水系河川整備計画の大戸川ダムについては反対しときながらなぜ槇尾川に予算をつけるのかである。論議の中では滋賀、京都とともにそれぞれの住民のことを考えて検討会をおこない意見書をだしているが、大阪府ではそういったものがなく、府民の安全を本気に考えていないのではないかということに集中した。とりわけ大戸川ダムについては京都府の検討委員会の内容が理由になっており、これでは大阪府として、その責任を果たしていないのではないかとなった。広域にまたがる淀川では当然、上流中流下流の住民に矛盾があるわけで、それぞれの県が県民のために意見を述べている。われわれは淀川の最下流部に住んでいる。どうすればよりベターな安全をつくりだせるか見つめていこうとなった。また多くの人に川と水に関心を持ってもらうために、それぞれの所で働きかけていくことになった。

【2月22日モニター報告】
 今日はあたたかいので矢倉までいった。途中散歩の人と話をした。彼は「大野川を歩く人は多いが、矢倉まで足をのばす人は少ない。矢倉の方が自然のような感じがする。」「ここら辺りも30年前はヘドロと公害の嫌な臭いだった。それが潮のかおりがし、冬はダメだが、いろいろな魚が釣れるようになった。もうすぐウナギ漁を再開しよる。」「わしらは小さい頃から水害に何回もあってきた。市内側の堤防とこちら側で高さが違っていると聞かされてきた。わしも今でもそう思っている。」とのこと。この堤防の高さについては西淀川区の高齢者の中に相当根強くあるようだ。釣人はJR塚本下手のヨシ原の中に8人が投げ釣り。上手がボラの引っ掛けが4人。「一時釣れだしたのに、またダメになった。昨日二匹釣った人がいたが、今日は全くダメや。」とのこと。大淀野草園にヨシを取りに行った。「大淀地区干潟再生工事」の看板がつけられていた。誰もいないので埋立てたT字型を歩いてみた。H19年につくられたものより、はるかに大きいものになっている。すでにカモが何羽もおり、今後どう変化をしていくか楽しみである。

【2月23日モニター報告】
 小雨が降っているので堤防の上を歩いた。散歩をする人も釣人もいない。しかし川は白波を立てることなく静かである。面白いのはユリカモメが水びたしになったグランドのあちこちで、30羽、50羽といることである。いつもは川の中で浮かんでいるのだが、グランドにとまっている不思議な光景である。これが5ヶ所も6ヶ所もある。するといつもの散歩の人がパンをもってやって来た。ユリカモメたちはこれを待っていたのである。一匹がパンを嘴で咥えて飛び立つや、あとはこれを追いかけてギャアギャアと鳴いている。咥えているのも必死で逃げているが、大きなパンなので落としてしまう。すると次のがさっと咥えて飛び立つ。また他のユリカモメがギャアギャアとおいかけている。このユリカモメの勢いにおされて、カラスもハトも近づこうともしない。雨の日の淀川の何とも不思議な光景である。

【2月24日モニター報告】
 今日も昨日に続いて朝から雨である。河川敷のグランドは昨日とはうってかわってスズメの群れがいくつも占拠している。塚本、木川の堤防工事、大淀の干潟づくりも雨の中を行っている。右岸の堤防から左岸を見つめている女性が「あれは何かしら。」と話かけてきた。左岸に埋められた以前のものより大きくなり、気になるのであろう。城北ワンド近くでたまりをつくり、その土で干潟をつくる話をすると「すごいですね。あそこにヨシが生え、シジミが取れ、ハゼが釣れるようになりますね。」「わたしの小さい頃はヘドロの河になっていたのに、自然が回復するのは楽しいことですね。明日にでも十三大橋を渡ってみようかしら。」と言うので待ち合わせの約束をした。帰りに淀川図書館にいき館長さんに子どもらのためにヨシ笛を2つプレゼントした。館長さんは「これがヨシですか。きっと子どもたちが喜びます。」と快く受け取ってくれた。図書館にくる子どもらがヨシ笛を吹く姿を見るのも楽しみである。

【2月25日モニター報告】
 今日も雨であるが、昨日の女性の待ち合わせの十三公園へ行った。3人の仲間が来ていた。雨なので河川敷にはおりずに十三大橋を中心に案内することにした。十三公園で「災害は忘れた頃にやってくる」の水防碑を見たあと上手を右岸から左岸へ。「十三大橋の由来」では明治11年に成小路村村民の力で木の橋が架けられたことには驚いていた。戦争をくぐり抜けた親柱、左岸の十三小橋では中津川運河の由来、下手に回って大正につくられた道しるべ、浸水被害想定図を見せた。一番関心を示したのは想定図で「うちは赤色だから5mも浸水する。でもマンションだから大丈夫かしら。」などとワイワイガヤガヤ。そして右岸に戻って十三渡碑、それに橋の下のホームレス、ゴミの山を見せた。「何気なく歩いているが、ちょっと注意して歩くと面白いですね。」「水防碑があり、十三渡碑があり、木の十三橋があり、その歴史を考えて見るのもいいですね。」とのこと。最後に江戸時代からの茶店、今里屋久兵衛によって十三焼もちをいただいて散会した。彼女のこれからの散歩に役立つことを期待して・・・。

【2月26日モニター報告】
 久しぶりに天気がよく気持ちのよい河川敷である。チッチッチ、チュリチュリ、ホーチッチなど鳥たちの元気な声にあふれている。大淀野草園を歩いているとバードウォッチングのグループがいたので声をかけた。「晴れるのを待ってきた。ここは外来種ばかり。その中に巣づくりをしているのが面白い。」とのこと。川の中の魚たちもそうだが、人間の手によって死の川になったのが、豊かな自然がもどり鳥たちが戻ってきていることは素晴らしいことだ。ヨシを10本ほど刈って持って歩いていると、また「サトウキビ」か声をかけられた。考えてみれば、ヨシを知らない人も多いのであろう。淀川の自然を守り育てていくためには、魚でも鳥でもヨシでも何でもよいから関心を持ってもらい、淀川に来てもらうことだ。そして体感してもらうことだ。

【2月27日モニター報告】
 雨上がりの昼から堤防上を一津屋の神崎川の水門まで歩いた。一津屋は河川公園区間でありながらいつ来ても誰もいない。ここから見る淀川の対岸が一番淀川らしい景色でないかと思っている。ここまで来る間に淀川の船人に時刻を知らせた江口の君堂の鐘、逆巻く淀川でおぼれた人を祀った逆巻地蔵、平成の初めに淀川で亡くなった神戸大学の2人の学生の碑がある。これらを考えると現在の淀川とずいぶん違っていたのであろう。雨上がりの淀川であるが静かに流れている。一津屋までの短い区間であるが、堤防の構造の違いも気にかかる。コンクリートがあるのは淀川大堰の下手で、上手の大半は土でできている。下手も順番に土のみの堤防に切りかえられている。果たしてこの堤防が強いのかどうかは素人にはわからない。ゴミも草むらにかくれてあるが、一津屋から歩いてくると、十三大橋から淀川大橋の区間が異常に多いように思える。住んでいる人間は同じなのに不思議なものである。

【2月28日モニター報告】
 久しぶりに晴れた日で、堤防も河川敷も生き生きとしている。塚本の堤防工事は下半分の芝張りに入りいよいよ最終工事に入った。釣人もJR塚本の下に投げ釣りが4人。上のボラの引っ掛けに5人と多い。「まだ釣れない。そこでハネているのは鯉。鯉の引っ掛けでもやるか。」「四国から来た人がヌカと土と混ぜたダンゴをつくってやったらよいといってやっているが一つもかからない。」「木川の工事を見てきたが塚本の方が時間をかけてしっかりやっている感じや。」「ボラの掛かった時の感触が忘れられない。これで毎日来ているんや。」など久しぶりの対面で話がつきない。西中島のヨシを刈って、塚本ポンプ場の水質検査をしていると人が声をかけてきた。「それはヨシかね。」初めてヨシと指摘した人だ。「子どもの頃はヨシでよく遊んだ。」とのこと。水質調査の方は先日気温6℃で水温が9℃だったのが、2週間後に水温気温とも15℃になったぐらいで、あとは変化なし。

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処置

 こんにちは、稲垣さん。今月もモニター活動ありがとうございます。ヨシ1本、ヨシ笛1つで様々な方と会話が弾むなんて楽しいですね。尚、大淀地区の再生干潟ですが、今年度施工中のものはもちろん昨年度完成のものについてもまだまだ侵食が続いており、危険な場合があります。干潟の再生は時間がかかりますので、外側から見守っていて下さい。
 さて、当方の河川行政についてはマスコミ等で色々と報道されていますが、稲垣さんが「一輪丸」でのクルーズで淀川というものを肌で感じ治水について考えられたように、流域住民の皆さん一人一人が「治水とは自分や家族や身近な地域の安全に直接関わる問題である」と捉えていただきたいと考えています。無関心な方の興味を惹きつけるということはなかなか難しいことではありますが、ヨシハラ・干潟・野鳥等の自然であったり、近所のお年寄りの体験談であったり、各所の石碑であったり、そして稲垣さんがあちこちで実施されている対話であったり、何かをきっかけにまず淀川に関心を持っていただければと思っています。
 今回稲垣さんが疑問に思われたことについては、下記の通りです。

・淀川区役所のヨシ刈りについて
 このイベントは当出張所管内の河川レンジャーとリバーマスター倶楽部によって実施されたものです。淀川の実際を見てヨシ刈りやヨシを使った工作を体験することで、自然環境保護について学習するという趣旨の活動になっています。尚、工作体験は淀川区役所主催の「よどがわ河川敷フェスティバル」の河川レンジャーコーナーにて行われる予定です。

・木川地区堤防強化工事について
“木川地区堤防強化工事が荒い"という報告がありましたが、施工段階の適正な時期に品質管理状況・出来形寸法については必ず確認を行い、構造物の適正な品質や出来形の確保を図っていますので、荒い施工の仕方と言うことはありません。施工順序についても工事区間を1つのブロックと考え盛土してから侵食防止シートを設置し芝を張ると言う方法もあれば、階段部から階段部までを1ブロックと考え複数のブロック毎で盛土〜芝付けまでを行っていく方法もありますし、他の考え方で施工を行うこともあります。施工方法については、施工業者が工事の規模・現場条件・工期・コスト等最適な方法を考え施工計画を立案し実施していきますので、千差万別あります。
 また、木川の工事で再生骨材工事区域として利用した箇所については、環境の先生と立会し、再生骨材工事範囲を決めています。その中で外来種の群生が見られた箇所については、除去を兼ねて再生骨材工事区域として利用することで淀川の在来種保護に一役担えると考え実施を行っています。

・淀川下流域の堤防について
 淀川下流部付近の堤防の高さは、地盤沈下などによって左岸側が低かったり、右岸側が低かったりしているところがありますが、計画の堤防高さ(計画高水位+余裕高)を確保できている状況にあります。なお、淀川右岸の最下流部の0.6k付近〜0.8k付近の区間では平成19年度に必要な高さを確保する為に堤防整備を実施したところです。
また築造を長い歴史の中で逐次行ってきたため、堤防の材料については品質管理が十分になされているとは限らない土砂が用いられてきましたので、計画高水位に達しない洪水であっても、浸透や浸食により決壊するおそれがある箇所が多くあります。このため、堤防が安全な構造になるようにしているのが、塚本、木川で実施しています堤防強化工事です。ご指摘の木川から十三大橋の区間についても順次計画的に実施していきます。

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3月  
通報

【3月1日モニター報告】
あたたかい日である。堤防の緑もどんどん濃くなっている。塚本では親子連れが土筆とりをはじめている。河川公園に車20台と50人くらいが集っているので何をしているかと見ているとボランティアのゴミ掃除のグループであった。その一方で堤防の上からフトンを投げ捨てる人もいる。何ともやりきれない気持ちになる。大淀野草園ではバードウォッチングのグループとあった。双眼鏡で見せてもらい説明をうけた。「みどりがかったのがカワラヒバ。そちらがオオジュリン。これがツグミ。それにミサゴよ。」と言われても素人のわたしに分かるものでない。野草園の外来種の汚い茶色の中に実にたくさんの鳥が巣をつくっていることは分かった。今日の朝日新聞に「淀川の恵みも試練も―塚本かいわい」の記事が載った。ネタもとは私である。記者を連れて淀川を歩いたがなかなかよくまとまっている。

【3月2日モニター報告】
塚本の堤防に上がると「おはようございます。」のうれしそうな顔をした工事のSさんが迎えてくれた。「ちょっと天気が悪かったので心配したが、何とか工期に間に合いそうです。今日から真中の大きな階段から上手のフェンスを取り除いてみなさんに利用してもらいます。長いこと御迷惑をおかけしました。」との報告であった。他の工事の人もうれしそうで、みんな「おはようございます。」と声をかけてくれる。なかには「あたたかいので土筆採りの親子がきたので驚いた。」などの報告をしてくれる人もあった。対岸の左岸にまわって見るとなるほど大きな堤防の完成である。あとは残された十三大橋までとJR塚本から淀川大橋までをいつやるかである。昔は「十三の野遊び」と言って、スミレの花が咲く頃に親子でお弁当を持って淀川の堤にきて遊んだと年寄りがいっている。塚本の堤防もこういった遊びが復活するような予感さえする。すでに堤防での土筆とりは近くの保育園の毎年の定例行事になっている。コンクリートとアスファルトで囲まれた大都会の中の自然で大切にしていきたいものである。

【3月3日モニター報告】
本日の朝刊に「京都も反対意見 大戸川ダム 国に提出」の記事がでていた。これで滋賀、京都、大阪の知事の意見がだされた。それぞれの意見書を読んだ。淀川水系河川整備計画に対する知事の意見であるから、それぞれの県民、府民のことを第一に考えて意見を述べることは当然である。今回は3知事ともに大戸川ダムに反対の意見を表明した。結論は同じであってもその理由は滋賀は滋賀県民のことを第一に考え、京都は京都府民のことを第一に考えて出している。しかし私の住む淀川の最下流部である大阪府の大戸川ダム反対の理由の根拠は京都府の検討委員会の内容である。大阪府知事は「自分が府民の声を代表している」かのように言っているが、大阪府として本当に府民のことを第一に考えてだした結論なのかと思う。少なくとも滋賀、京都のように大阪府として検討委員会を立ち上げる必要があったのではと思う。整備局長が「知事の話を踏まえ意見書をしっかり読み、最終的には国の責任で整備計画をとりまとめたい。」と述べているが、当然のことである。

【3月4日モニター報告】
ここ2〜3日寒いので淀川の光景も釣人や散歩の人も少なくなっている。そうした中で堤防やグランドの緑の中をよく見ると白、黄、青、ムラサキの花が咲き乱れ、土筆も顔をのぞかせ春を待っている。ハマシギ、セグロセキレイ、ユリカモメなどの鳥たちの元気もない。そうした中で護岸で寝袋で寝泊まりしていたホームレスが一人帰ってきている。「寒さ」は大丈夫か心配である。木川の堤防工事は3月25日の工期に向け急ピッチである。まだ盛土をしている所、浸食防止シートを張っている所、芝の張り付けをしている所と分かれている。1つ1つを完成させてから次に移っている塚本の工事との大きな違いであり、釣人の「木川の工事は塚本に比べ荒い。」につながっている。どちらも3月末には外観は西中島と同じ様に見える。果たしてその中身は同じであるかは素人では分からない。伝法のように凹地をつくらないことを望むのみである。

【3月5日モニター報告】
久しぶりにあたたかい日であり、淀川が生きかえったように生き生きとしている。釣人も5人。1人は毎日水温を測り始めた。彼によると「今日は気温7℃、川の表面が8℃、底が9℃。ここ一週間で一番高いのが水の底。1年間やってみて魚との関係を調べたい。」とのこと。さらに「先日ハネていた鯉が引っかかって大変だった。ボラの引っ掛けがエラにかかった。みんなで引き上げると90p以上あった。女性が近くの店でさばいてもらおうと思っていたが『淀川の主のようなもの』と言われて淀川にもどした。」「昨日は63pのボラや。これもサオがおれるかと思った。」「塚本の堤防も半分できてきれいになった。大階段を使うと家に帰るのが便利になった。あと一週間ほどで完成やな。」「JR塚本の下ではキビレがあがっている。ここまでくるのにどれくらいかかるかな。」など、季節の変化とともに元気になっている。

【3月6日モニター報告】
雨の中、淀川大橋を渡った。すさまじい強風である。途中には骨の折れたカサが何本も放置されている。この程度の天候でこのような状況であるから、台風の時にはどのようになるのか。自然の力とはすさまじいものである。もう一つ、ここは国道2号線である。自動車が雨の中、ビュンビュン飛ばしている。それも歩いている人や自転車の人などおかまいなしに泥水をはねている。歩いている人などお構いなしで、そこのけそこのけ車が通るである。これが一つの現代を象徴しているのかも知れない。考えて見ると、この橋は新淀川ができるとともに西成大橋として架けられ、大正14年に大阪市に合併されるとともに淀川大橋に改名されたものである。当時この橋を渡る人の中心は徒歩であり、その後物資を大阪市内に運ぶ馬車が中心になった。今でも馬車道と呼ぶ人もいる。この状態が変わったのは昭和30年代である。それが科学の発達とともに自動車やトラックに変わり、そこのけそこのけである。泥水をかぶりながらこんなことを考えて淀川大橋を渡った。

【3月7日モニター報告】
今日は神崎川を歩いた。榎木橋、三国橋、神洲橋、モスリン橋、神崎橋の一つひとつを見て回った。平安時代に風光明媚な所で貴族の別荘もあった所であるがその面影はない。面白いのは神洲橋のたもとに昭和10年に橋が架けられた時の庄内村村長の「庄内村は大阪に接しながら渡船においてのみ交通を保つのみで、その発展を阻害している。そのため有志により架橋を計画、本日竣工した。本橋の利用によって経済、交通、文化の発展に寄与する。」とあった。考えて見れば明治6年に豊崎橋(長柄橋)、三国橋、明治11年に十三橋と木の橋が村人たちの資金と手でつくられている。苦しい生活の中で、大阪の経済文化を一早く取り入れるために自らつくった気持ちが伝わってくる。また、十三大橋のたもとにある今里屋久兵衛さんの曽祖母は当時の木の十三橋を徒歩で渡って川向こうの中津小学校に通ったと言う。この庄内村長の碑を見ていると、経済や文化を早く取り入れてよりよく生きようとした当時の人たちの気持ちが伝わってくる。

【3月8日モニター報告】
あたたかい日である。堤防の緑はいっそう濃くなっている。堤防では何組もの親子づれが土筆とりを楽しんでいる。大阪市内には大和川、東横堀川、大川、堂島川、土佐堀川、木津川、安治川、平野川、城北川、尻無川、神崎川など多くの川があるが、淀川ほど自然が残された川はない。280万人の人口をかかえる大都市の真中で土筆とりを楽しむことなど考えられないことだ。さらに、ここでボラ、キビレ、ハゼ、ウナギ、サヨリ、スズキがつれ、シジミが採れる。今日も3人組が堤防を降りてきた。どうも釣りの用具が違うので声をかけた。「門真から車でやってきた。淀川でボラがあがるようになったと聞いてきた。」とのこと。しかし情報の入手不足か、サオは投げ釣り用でボラの引っ掛け用ではない。しかし、門真で都会の淀川の釣りが話題になり、実際に釣人が来る。わたしが住み始めた30年前40年前には考えられなかったことだ。当時はヘドロの川で、においが臭いし、魚も背骨が曲がっており、とても食べるものではなかった。その川がここまで自然を回復しているのはすばらしいことだ。

【3月9日モニター報告】
「ヨシ笛」の要望が多く、部屋にある在庫だけでは不足するので、西中島にヨシを刈りにいった。JR塚本下、十三干潟、西中島ともにカモの数が激減している。そろそろ春も近くなり飛び立っていったものであろう。菜の花園は畝ごとの成育の差がさらにひどくなっている。片やもう30p近くなっているのに、全く姿のない畝もできている。どちらも同じ時に種をまいており不思議である。ヨシを刈って20本ほどたばねて持って歩いていると、木川の堤防の説明板を見ている男性がいたので声をかけた。彼は「毎日十三大橋を渡り、新御堂を通って散歩している。これでちょうど4km。長柄橋まで足をのばすと5kmになる。」「この説明を見ると堤防の工事がよくわかる。あの黒いのが防水シートですか。」「この外来種を駆除するのも歓迎だ。こういったことはもっとやってほしい。」とのこと。わたしの手に持っているヨシのタバを見て「それ何ですの。」と言うので、水際に生えているヨシで、淀川の自然回復の一つの証しである話をするととも、ポケットにあったヨシ笛を一つあげた。すると彼は上手な音色を出した。「昔、笛を少しやっていた。ヨシ笛とは面白い。孫につくってやるために何本か取ってくる。」と西中島のヨシ原に向かった。

【3月10日モニター報告】
塚本の堤防にあがったら工事のフェンスがとりはらわれていた。ガードマンに声をかけると「もう完成です。これできれいな堤防になるでしょう。」とうれしそうな顔で言っている。監督のSさんもニコニコ顔で「今までいろいろ御迷惑をおかけしたがやっと完成です。」とのこと。彼との話で対岸の工事の話になり、彼は「海老江の干潟の工事をしたのも私です。あの時は、河床が浅く船で土を持っていき埋め立てた。今ではあんなに立派な干潟になるとは思ってなかった。入れた土がどんどん川に流されてどうなるかと思っていた。」とのこと。いつもの釣人は「きれいな堤防ができた。これが早く十三までつながると良いのに。ボラはなかなか釣れないが堤防を見ているだけで気分が晴れる。」とのこと。今日は新北野の船着場に車が4台も入り仮設トイレまで設置されており、「何をしてるのかわからない。」など話題になっている。昼から福島出張所に問い合わせをした。

【3月11日モニター報告】
堤防でいつもの隣の犬の散歩の女性といっしょになった。「堤防は芝がきちんとはれば見ちがえるようになるのでしょうね。階段が使えるようになり、犬も大喜びです。」「それに今日は道路側の堤防の雑草も刈り取っている。工事の人たちの川を大切にしよう、堤防を大切にしようの気持ちが伝わってくる。」「工事の人たちの毎日の『おはようございます』の声かけも気持ちの良いものだった。あとは芝生が根をはればもっときれいになるのでしょう。」とのこと。工事の始まった時には釣人も散歩人も「何をやっているのか。」「不便になった。」「税金のムダ使いと違うか。」などと言っていたものが完成とともに大きく変化している。この間に現場に工事の説明板をおいたり、工事の人たちが住民に「おはようございます。」の声かけをし、何の工事をしているかをガードマンを含めて説明するなどをしている。こうした努力の中で住民の側も変化、堤防強化工事の役割を知り、完成を心待ちにしていたことがわかる。

【3月12日モニター報告】
新しくできた堤防の上を歩くのは気持ちが晴ればれとしてくる。昨日完成した堤防の写真をとり、持って回って、この機会にぜひ堤防を見るようにしゃべっている。工事の時は 「税金のムダ」と言っていた人たちも完成された堤防を見てもらいたい。そうすれば、工事の意味がわかるのではないかと思う。十三干潟でスコップで掘っている青年がいるので声をかけた。彼は「今は仕事がない。豊中に住んでおり、ハローワークに来るたびに淀川のシジミを獲って食べている。今年はあたたかいのでシジミも大きい。」と語っている。 「今は3ヶ月の雇用保険で食べているが、それが終わったらどうしようかと思っている。その時は淀川に住むようになるかも知れない。」と言っていた。釣人や散歩の人は大半が年金生活、ホームレスの人たちはそれなりに生活の力を持っている。こういった形で現在の経済危機に直面するのは初めてのことであり、考えさせられる問題である。

【3月13日モニター報告】
雨の日の淀川は冷たくてさみしい。しかし堤防をよく見て歩くと緑の間に青、黄、白など小さい花がいくつも咲いていて、かれんでかわいい。いつもの散歩の人と「おはようございます。」と声をかけあう。彼は「木川の工事のフェンスもはずされた。あと一歩で完成や。これができたらまた便利になる。せっかくここまできれいにしてくれるのだから、大川のように桜でも植えてくれたらよいのに。」と言っている、いつものホームレスが集めた金属を台車で運んでいる。「よう何しているの。」と声をかけると「これがメシの種や。堤防の向こうに売りにいく。」とのこと(空き缶ではない)。1つヨシ笛を渡すと「お前がつくったんか。どうふくんか。」とヨシの中に住んでいるのにヨシ笛を知らない。彼はヨシを刈ることについてはカモの巣を追い立てると批判的であった。淀川に対する人々のかかわりはいろいろであり、これらを調整し、淀川の治水や環境を守っていくむずかしさを感じる。

【3月14日モニター報告】
今日は三津屋地域を「歴史散歩」の日である。大雨なので中止にしようと思い阪急神崎川駅に行った。長ぐつをはいて来たり、わざわざ堺から来たりと8人も集まり腹を決めて全コースをまわった。  はじめに神崎川駅にある地図を使い神崎川の歴史や三津屋、となりの新在家(新高)の歴史を語った後、神洲橋を歩いて渡った。参加者の大半は徒歩で渡るのははじめてである。「大阪の文化経済を直接取り入れるために橋をつくった」との庄内村長の碑で当時の人たちに思いをはせた。また豊中側の洲到止の渡跡では大阪市側を見てもらい、河川敷から堤防への登り口がないことや、橋の真中から両サイドのマンションを見せ、1Fや2Fが堤防よりはるかに低く水の問題は過去の問題でなく現実の問題であることを確認してもらった。参加者は「駅の西にスーパーとMSの計画があるが、ここも出来たら現実は大変だな。」の声もあり理解してもらえたようだ。

【3月15日モニター報告】
今日は昨日の大雨がウソのように天気が良く気持ちがよい。河川敷の緑もひと雨ごとに濃くなってきている。海老江の船着場にいつもの常連の釣人がもどってきた。「ハネやキビレをねらっているが魚の動きがない。対岸ではキビレが釣れているがここはまだ。」「もう少しすると干潮になるので砂を掘って水ゴカイをとる。」「わしら仲間で相談してこの船着場を掃除するようにしている。もう少しするとウナギ釣りが始まるが、彼らはビールの缶を捨てていったりと困ったもんだ。」「自分はリハビリをかねて釣りにきている。釣りをするようになって不眠もなくなった。」など話をした。大淀野草園の池をジッと見るとザリガニが動いている。池の中も春になってきたようだ。ここではバードウォッチングのアベックにあった。声をかけると「初めて淀川に来た。たくさん鳥の姿を見るが、どこで見るのが一番良いか探している。淀川にこんな自然があるとは思っていなかった。近くなので毎週でも来たい。」と大きなカメラを片手に言っていた。

【3月16日モニター報告】
今日もよい天気であるが、川にはゴミが流れてきている。釣人は「あいかわらず投げ釣りもボラの引っ掛けもよくない。何とかならんか。」と言っている。先日のシジミの青年にあった。一生懸命ナズナを集めており、「どうするの。」と聞くと「おひたしにする。」「今日も派遣会社から電話がなく、仕事がないので淀川に来た。」とのこと。彼は仕事がなければ淀川でシジミを獲り、ナズナを採り、さらにハゼ釣りもやると言う。彼ならばたくましく生きていけるであろう。今日はもう1人、ここ一週間堤防に寝ている男性が気にかかり声をかけた。彼は「1月に首になった。職がなく、仕方なく淀川や十三公園に泊まっている。寒いので体調も悪い。」と言うので、淀川区役所の生活運営課に連れていった。対応は「今いそがしいから明日来い。」とのこと。今日寝る所がない人が何とかしてくれとお願いにいっているのに「明日来い」とは何ということかと腹が立ってきた。こういう困っている人を助けるのが行政の第一の仕事ではないだろうか。いろいろとやりとりをし

【3月17日モニター報告】
今日は昨日にもましてあたたかい日である。十三公園ではこぶしやモクレンが花をつけている。堤防にのぼると朝陽が川面にはねかえってまぶしいくらいである。散歩の人も急に多くなり、鳥たちも様々な声で鳴いている。十三大橋のたもとのゴミの山が回収されていた。しかしその上の堤防上の警告の柱のもとに、もうゴミ袋が5つも置いてある。全く河川敷のゴミ問題はイタチごっこである。何とかきれいにしたいと思う人の行動がある一方で、心ない人の行動もある。280万人の人口をかかえる大阪で淀川は大切な自然である。この自然を守るために何とかならないのであろうか。

【3月18日モニター報告】
「暑さ寒さも彼岸まで」である。今日は20℃をこえる。午前9時気温15℃、水温13℃である。人々の気分も春になり散歩する人も釣人も増えてきている。釣人が集ってきて「今年はキビレのあたりがない。どうかしたのか。」「ハネもほとんどあがってないし、ボラの引っ掛けもうまくない。」「対岸のショベルカー(大淀野草園)は何をやっているのか。」「そこの鉄塔(JR塚本下手)も何の工事や。さっぱりわからん。」などワイワイガヤガヤ。「ところで知っているか。塚本ポンプ場の排水はひどいで。ゴミだけでなく、コールタールのようなものが流れてきとる。これ見てみ。」とサオをあげて糸についている黒いネバッとした物を見せた。タオルでふいてもなかなかとれず、油状のヘドロのものである。おそらく、ポンプ場が4月1日から無人化されるためにおきていることであろうが、それにしても、住民(釣人)に情報なくこんな自然をこわす行為は許されることではない。

【3月19日モニター報告】
堤防で老夫婦が必死に土筆とりをしているので声をかけた。「12月に近くに引っ越してきた。みんな何かをとっているので来て、土筆があるのに驚いた。子どもの頃からだから60年近く、こんなことはしたことがない。孫に食べさせてやろうと思っている。」とのこと。大都市大阪の真中で土筆が採れるとは信じられないことだろう。塚本ポンプ場のまわりは汚い。今日は緑の固まりが流れている。昨日出張所にはTELしたが早く何とかしてもらいたい。釣人は「これで淀川がきれいになったとはとても言えないな。川の表面には木切れが浮いているが、川底はけっこう流れている。昨日も43pのキビレが釣れた。」などと言っている。木川の堤防工事は大急ぎにやっている。下半分はすでに芝の芽がでているのに上手はまだ芝張りをやっている。工事のため取り去った水位計を新たに堤防に張り付けている。また道路に水をまいてないのでトラックは土ぼこりの白煙をあげて走り、散歩の人はみな顔をそむけている。これではいくら堤防ができても地元の支持はえられないであろう。

【3月20日モニター報告】
雨上がりの河川敷を歩いた。高水敷が水はけが悪く、泥が靴にくっつき歩くのに大変である。そんな悪条件の中でもグランドではぞうきんで水をすくって野球の準備をしている。木川の堤防は期日に間に合わせるために必死で祭日も工事をやっている。JR東海近くには、「西中島地先水路掘削工事のお知らせ」が相変わらず3月発注予定のままはってある。水路の目的は低水路内の汽水域を維持するのと野犬の日常的な往来を抑制し捕獲しやすくするためで、幅5m水深70pの水路をつくるというものである。以前から釣人の間から、犬は泳げるので水路が役にたたないのではないか。水路に囲まれたホームレスの生活、人権がどうなるのか話題になっている。この工事にあたってはこの2つの初歩的な問題にこたえることが必要であろう。それとともにヨシが再生している間に水路をつくるのだから、実際の野犬対策に大きな効果があることと、環境の悪化がおこらないようにしないと「ムダな公共事業」と言われても仕方のないことになる。

【3月21日モニター報告】
ようやく、淀川水系河川整備計画(案)に対する滋賀県と京都府の意見書が手に入った。滋賀県は人と川の共生をメインに独自の見解を出しており理解できるものである。京都府は、この間水害で大きな被害を受けたことを背景に京都府と各市町村が、この問題に真剣に取り組んでいる姿がうつってくる。一番情けないのはわたしが住む大阪府である。3つとも大戸川ダム建設は時期尚早と結論は同じであるが、結論にいたる過程、理由は様々である。行政職員に「もう少し何とかならんか。」と聞くと「人の命でもなくならんと変わらないでしょう。」と言う人がいるが、人の命が亡くなってからの対策ではなく、人の命をなくさないためにするのが対策である。明らかに淀川には上流、中流、下流の利害の対立があり、これを調整するために国土交通省の役割に期待したい。今日はこんなことを考えながら淀川を歩いた。

【3月22日モニター報告】
雨の淀川はさびしいかぎりである。しかし、一雨ごとに春が近づいてくるようだ。旧淀川区役所跡地で開かれている「淀川ひろば」に行った。そこで淀川ネイチャークラブで河川レンジャーの菊井睦夫さんが淀川の鳥たちの写真をやっていた。わたしは春になり淀川の鳥たちが増え、様々な声で鳴いており、その名前を知りたいと思っていると言うと、彼はきれいな写真を示して説明をしてくれた。また彼から「淀川の鳥―写真和歌集」なる本を手に入れた。この小さな冊子に載っているだけで59種も紹介されている。これをすべて覚えるのはよほど好きでないとできない。これを見ると最近淀川で見る茶色の鳥がヒヨドリとわかった。写真には「満開の桜の花と渡り行く、ヒヨドリの声、歓喜に満ちて」の和歌がそえられてあった。この本を片手に淀川を歩き、いろいろな声で鳴く鳥の名前が分かるようになればもっと楽しいと思う。

【3月23日モニター報告】
昨日菊井さんからいただいたCDを開いた。中身は「淀川下流域の野鳥」でカラーの162種の野鳥が載っているすばらしいものであった。最近急に野鳥が増えており、淀川散歩を楽しくすることだろう。今日もJR塚本下で、カワウのような黒いが、顔は白く、頭に黒のカンムリのある鳥が2羽、羽をひろげていた。カラスが2羽、クリーニングの白いハンガーをくわえ淀川大橋を市内に向かっていった。どこかに巣でもつくるのであろうか。釣人はJR塚本の下にキビレ、ハネねらいの投げ釣りが5人。上手にボラの引っ掛けが1人。「ハネはダメだがキビレの40pぐらいが毎日1枚あがるようになった。」「昨年とくらべると少し遅れているような気がする。」「ボラの方がよくなってきている。1日で3〜4枚上げている。先日は63pをあげた人もいる。」などワイワイガヤガヤ。気温は9℃で水温は12℃と10℃をこえて川の中も春をむかえつつあるようだ。塚本ポンプ場からの排出は、木切れ、ポリ袋など目に見えるゴミの排出はなくなったが、今日も油の固まりが浮いている。早く改善してほしいものである。いよいよ「水害に強いまちづくりを考える会」(仮称)をすることにした。その初回に「塚本ポンプ場無人化後の浸水対策について」のテーマで、大阪市建設局に「出前講座」を依頼した。

【3月24日モニター報告】
芝は強いもので、木川も塚本の堤防もすでにうっすらと緑になっている。水温は10℃。10℃を越えると釣人も元気である。「あそこで大きなハネを上げてさばいていた。残りがあるやろ。さばのひらき方も荒い。頭と骨には身がついている。これは鳥のエサやな。」「朝、釣りをしていると大堰をあけているかどうかわかる。開いていると釣りはダメ。開けるなら夜にやってほしいな。」そうするうちに引きがあり48pのキビレが1枚。「昨日も1枚だから毎日あがるようになった。」「今年はヒバリが鳴かん。メジロの姿はよく見るな。この菊井さんの鳥の本は面白いな。わしも、いろんな鳥がおり名前を知りたいと思っていた。」「この辺で釣れる魚も写真をとってこうした冊子をつくったらよいのかな。それにカニも加えたり、泥の中のゴカイを入れてもよい。」など。塚本ポンプ場の排出口へ行くと「先ほどパトロールの車が水を採り、写真をとって帰った。」との報告があった。わたしが国交省と大阪市に改善を申し入れているので、どうなるのか注目しているようである。

【3月25日モニター報告】
薄曇りで肌寒い日である。外気8℃で水温は12℃と水温は二ケタあり、ボラ釣りが好調である。見ている間に57pと43pの2匹を引っ掛けた。塚本ポンプ場の排出口は昨日より、さらにきれいになっている。右岸、十三大橋のたもとにあった茶店、今里屋久兵衛が3月20日を持って店を閉めていた(新北野に引っ越し)。今里屋は享保12年に当時の中津川の十三の渡の右岸に、今里村の久兵衛さんが開いた茶店で「十三焼」が名物であった。淀川の歴史の本には必ずといってよいほど掲載されていた店である。また新淀川が開削された時には成小路村字十三は北端にあった今里屋を残して全て水没している(現十三は阪急電車が十三駅をつくったため新たにつくった地名)。創業は享保12年(1727)であるから徳川吉宗の時代から300年の歴史ある茶店がなくなってしまったことになる。先日、三津屋を歩いた時には、三好長慶の善政に感謝して村人が建立した3つの八幡社の一つである長楽寺の鳥居が壊されていた。こうした地域の時代を知る上で重要なものが時代の流れとともに失くなっていくことは残念なことである。

【3月26日モニター報告】
堤防の緑には目がいやされる。少し寒いので釣人は激減している。対岸の梅田方向を見ると大きなクレーンが10本以上も見え、北ヤードを中心にした開発のすごさを物語っている。木川の堤防が完成していた。いつもは遠回りをしていた男性も「今日からいつもの階段を使えるよ。」と嬉しそうにポケットからパンを出してやっていた。ハトもよく知っており、この男性が堤防にあらわれると彼めがけていっせいに飛んでくる。彼は、「きれいな堤防にするのは良いが、利用者には分かりやすい事前説明をしてほしい。工事の人に聞いても突っけんどんで何もわからんかった。もう少しやり方を考えてほしいな。」と語っている。淀川の管理は国土交通省がやっているが、淀川自身はそれを利用している地域住民のものである。工事をする時は、このことをよく考えて国土交通省はやることだ。そうすれば、国土交通省の苦労もわかってもらえるだろう。ここでは続いて、野犬対策の工事がおこなわれる。野犬対策の工事ではこのことが試されるであろう。

【3月27日モニター報告】
大淀野草園の再生現場に行った。前回造られたT字型も今回造られたT字型も根本が削られていた。男性に声をかけると「今日が最後。根本を切ったのは、クレーンを入れなくてもよくなったから。」とのこと。すでに古い方のT字型の方は波にあらわれて削り取られ始めており、どんな干潟が再生されるか楽しみである。彼と話をしてみて、高水敷になる淀川を知らないで工事をしていることが分かった。今やっている工事は自然再生の一つであるが、淀川の歴史から何の工事かをとらえるようにすればもっと意欲もでると思う。十三野草園ではパトロール車がとまってゴミの山を見ているので声をかけた、「地元のボランティア団体がゴミを集めて事務所に連絡があった。」とのこと。ゴミには「関関同立交流会 3月26日」と書かれてあった。その後は、水路に囲まれてしまうヨシの中を歩いて見た。やはり、いくつも行き止まりになっており、そこにはホームレスがいた。この人達の人権や居住権、ひいては生存権を無視して水路をつくるのはむずかしいだろう。この問題を解決できるかどうか、それと本当に野犬対策ができるかどうかにこの事業の評価はかかってくるのではないかと思う。

【3月28日モニター報告】
本日「朝日」に「滋賀県嘉田由紀子さんに聞く/淀川水系ダムに「ノー」/治水流域自身が考える」が載っていた。3知事が大戸川ダムの建設に反対したのは中央集権制への 反発と言いながら、治水は流域自身が考えることだと言い、分権がすすめばこれが実現すると言う。本当にそうであろうか。治水は一番被害を受ける流域住民自身が考えるのは正しいことだ。このことと中央集権への反発と分権とは全く別次元のことではないか。川のことを真剣に流域住民が考えれば上流中流下流の住民が対立するのも当然である。今回の3県知事の意見書は大戸川ダム反対はいっしょだが、その理由はまちまちである。これを調整し、総合的に進めていくのが国土交通省の役割である。この役割は分権にかわることのできないものであり、中央集権制への反発があるなら、中央集権のシステム改善をはかるべきではないか。今回の問題はここが短絡的になっていると思う。3知事―とりわけわたしの住む淀川最下流の大阪府知事は、淀川のことを真剣に検討し、府民の声も聞き、対策をとってほしいものだ。今日はこんなことを考えながら淀川を散歩した。

【3月29日モニター報告】
天気は良い。寒い日である。西中島のヨシ原に入った。業者がヨシを刈った跡にすでに30pぐらいの芽がでていた。釣り人は海老江の船着場に3人、JR塚本下手に1人、上手に4人、それぞれ話を聞いた。海老江の船着場では、「キビレをねらっているが、釣れてない。」。JR塚本下手は「毎日キビレが1枚ぐらいかな。今日は寒いのでわし1人や。釣れるようになったら、もっと来るようになるやろ。」。JR塚本上手は「毎日ボラが2枚から3枚はあがっているで。」「今もあたりがあったところや。」「ボラのハネを見るようになってきた。」などと釣れている場所は元気である。釣人も天気の良し悪し、釣果によって数も変わるし、元気さも変わってくる面白いものである。

【3月30日モニター報告】
淀川大橋の上から海老江の干潟に10人ほど人がいるので堤防をおりてみた。干潟の鳥を観察するバードウォッチングのメンバーであった。早速ポケットからヨシ笛を渡すと「おっヨシ笛か。めずらしいね。」「ヨシ笛ありがとうございます。」の声。これで親しくなりいろいろと教えてもらった。全体としてはカモが減ってユリカモメの方が多くなっている。「あそこに16羽いるのがオオジュリン。ユリカモメの間に少し大きい白い2羽がアオサギ。それにツリスガラ。茶色く小さいのがハマシギ、コチドリ、シロチドリなど。」全員がねらっているのが茶色で一本足で立ち寝ているホウロクシギ。ここに焦点をあててホウロクシギが起き、長い嘴で干潟のエサをとるシャッターチャンスを待っている。ホウロクシギは泥の中のカニとかゴカイを食べるそうである。ハマシギが白い腹をキラキラと輝かせて群舞する姿も美しい。メンバーの中には「これから仕事に行く。」という人もあり面白い。帰りの大淀野草園ではいっせいにタンポポが咲いていた。こちらにもバードウォッチングが数組。こちらはヒバリ、ムクドリ、チョウゲンボウなどをねらっている。大淀の干潟づくりはT字の根本を切ったことで、意外と早く干潟になりそうで楽しみである。

【3月31日モニター報告】
今日は肌寒い一日である。天高くまい上がるヒバリなどを見て、水路で囲まれるヨシ原を歩いた。ヨシ原の中には10軒を上回るホームレスがおり、野犬対策としてこの人達を水路で囲むとどうなるのであろうか。西中島の新御堂の橋脚に寝ているホームレスは体調を崩し、「SOS」と書いて住民に知らせ、2月28日に救急車で運ばれて助かっている。水路に囲まれたホームレスの人たちはこれらの問題はどうなるのであろうか。家に帰ればTVで「大戸川ダム国交省凍結」のニュースが流れ、近畿地整局長は「知事の意見には一定の合理性があった。決め手は知事の意見と世の中の声、地元の住民団体の要望などあらゆる人からの要望を踏まえた。」としている。その上「本体工事は中・上流部の河川改修の進捗状況と影響を検証しながら、実施時期を検証する。」とある。上・中流部を改修すれば影響は下流の大阪であるが、大阪府知事の「意見書」にはこのことが反映されておらず、国に対抗する一点で4県知事に同意したにすぎない。今回の国交省の方針でわれわれ下流域の住民の安全は本当に守れるのであろうかと思う。

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処置

こんにちは、稲垣さん。今月も熱心にモニター活動いただきありがとうございました。野鳥、花々、土筆等々、一気に春を感じるようになりましたね。
色々御迷惑をおかけし、また御関心をお寄せいただいていた堤防強化工事や干潟再生工事もようやく完成しました。特に干潟については当方もその将来を楽しみにしています。
 今回稲垣さんから情報提供いただいり疑問に思われたことについては、下記の通りです。

・占用者による工事について
 淀川では直轄工事の他に各占用者(新淀川大橋なら橋梁管理者である大阪市が占用者、送電線の鉄塔なら関西電力が占用者、等)が多数工事を行っており、一般の方からはよく分からない状態かと思います。河川管理者としては占用者に対して"具体的によく分かる看板"まで踏み込んだ指導は難しいものがありますが、お問い合わせいただければどこの占用者による何の工事かご説明します。

・塚本抽水所からの排水について
 大阪市に状況確認を行いましたが、「淀川への放水は大雨による3/13〜14だけ。塚本抽水所の無人化工事の影響は無い。」との事でした。また、当方で目視による巡回確認と水質検査を行いましたが、特段問題は見受けられませんでした。

・西中島地区水路掘削工事について
 この工事は現地の看板に記載していますように、ヨシ等の汽水環境を保全する為、また野犬対策の為に行う工事になります。事前にホームレスの方々に対しチラシにて工事をお知らせしておりますが、この工事をもって直接立ち退きを要求するものではありませんし、水路に閉じ込める訳ではありません(管理用に通路を複数設置します)。環境面について環境委員会の意見を受け、野犬対策については大阪市と度重なる協議を行ったうえで設計・施工の運びとなりました。貴重なヨシの保全に繋がるよう、また大阪市による野犬対策に寄与できるよう施工していきたいと考えています。

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4月  
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【4月1日モニター報告】
淀川に釣人はなかなか戻ってこない。JR塚本下手に1人(投げ釣り)、上手に引っ掛け2人のみ。「大戸川をやめさせたのは気持ちよい。」「やめたら最下流のわれわれはどうなるのか。」「上中流の整備を先にやるとあるが、普通下流からやるものではないか。」「橋下知事はいろいろカッコつけているが本当に大阪のことを考えているか。」などいろいろな意見がでた。彼らは淀川を毎日利用しているだけあって淀川のニュースには敏感である。また彼らは「堤防もきれいになったし、残りもきれいになると言う。堤に桜でも植えて名所にしたらどうや。」「小学生の頃(戦前)現北野高校の近くに住んでいた。春になると父母とお弁当を持って淀川の河川敷に遊びにいった。楽しかったのを覚えている(十三の野遊びと思われる)。堤に桜を植えたらまたそうなるかも。」など釣りではなく、大戸川ダムや堤防のことに話題が集中した。

【4月2日モニター報告】
河川敷に出ると「釣れとるで〜。」と大きな声。走っていってみると、サオが大きく曲がって必死でとりこみ中である。やっとのことで上げると58pもあるボラであった。「この手ごたえが忘れられん。」とのこと。後をふり向くと男性がいるので声をかけた。「淀川でこんな魚が釣れるんですね。自分は新高に住んでいて神崎川には行くが、淀川は初めて。こんな大きくて、自然があるとは知らなかった。」とのこと。しばらく行くと、今度は30代の女性に声をかけられた。話を聞くと「職を失くして、しばらくはゆっくりしようと淀川を歩きにきた。」「向こうにある梅田のビルとの対称の違いにおどろいている。」「こんなに豊かな自然があるとは思ってなかった。」「十三摘み草苑の菜の花はきれいですね。」とのこと。ヨシ笛をあげるとうれしそうにふいて歩いていった。淀川水系河川整備計画がまたマスコミで話題になっている。これについても、どれだけの人が関心を持っているのだろうか。本当の意味で関心を持ってもらうには、やはり、淀川を体感してもらうことが重要であろう。

【4月3日モニター報告】
あたたかい日がもどってきた。桜もほぼ満開である。今日から淀川の中も、ボラのハネがドンドン見えるようになってきた。引っ掛け釣りも見てる間にアタリがあり40p50pクラスが釣れだしている。外気が10℃で水温は12℃。みんな春を待ちわびていたかのようである。黄色のきれいな菜の花苑でも、白いシロツメクサ、タンポポ、ムラサキツユクサ、ナズナなどきれいに咲きだした。チューチッチッチリチリ、チーチー、ホーホケキョ、チュッチュッなど様々な鳥たちの声が聞こえてくる。今日は前衛書道家の要望にこたえてヨシの穂先を取りに入った。まだ白い種子をつけた穂先もあり3種類ぐらいをそれぞれ10本ずつとって持っていった。彼も初めて見るようで驚いていた。彼の頭の中ではすでにどうするか考えているようである。ヨシで書いた作品を見せてもらうように頼んで別れた。

【4月4日モニター報告】
変な天気である。桜もほぼ満開で柴島の水道記念館での花見も途中からきりあげざるをえなかった。ここでもヨシ笛は好評で、みななつかしそうに吹いている。80すぎの方は「子どもの頃は淀川の堤防ももっと低く、堤防の際まで水がきていた。そこでよくシジミを捕った。ヨシでもよく遊んだが、食べるものがなく堤防に生えている若い芽をとって食べた。ナズナがおいしかった。」とのこと。それ以来、人間の様々な形で淀川に手を入れ一時はヘドロの川と言われたが、今また、自然が回復しつつあるのはよいことである。十三大橋右岸下のゴミの山が回収されてから2週間たつが面白い事態が続いている。いつもの所にゴミがないのは良いことだが、河川敷の十三バイパス、NTTなどの水際にゴミの山ができている。これが5カ所になったり2カ所になったりと変わっている。一体、ゴミの山を誰が処理をしているのか不思議なことである。どうせ処理をするのなら十三大橋の下も含めてすべてやってもらいたいものだ。

【4月5日モニター報告】
昨夜の雨もあがりあたたかい日に、堤防の緑もますます濃くなっている。カモも残り少なくなり、カワラが黒いトサカをつけて羽を広げている。JR塚本下手では親子連れがキャーキャーと言いながらシジミを捕っている。グランドはタンポポ、ムラサキツユクサ、シロツメクサなどが咲き乱れている。ボラの引っ掛けのグループは調子がよい。3日前のボラのハネから淀川に変化がうまれている。「昨日は9枚あげた。パトロールの船に聞いたらボラが船体にあたってくるようになったそうだ。」「昨日は71pがあがった。十数年ボラをやっているが初めてや。重さもキロは越えていただろう。ウロコの大きさも違っていた。」など報告してくれた。また「堤防の低い時にはこの辺りにもホウロクシギがきてハゼを食べていた。」「アオサギは浅瀬で底にいるカレイをパッパッととっていたのを覚えている。そういった干潟がなくなったのは残念や。でもこれだけ豊かで楽しませてくれる淀川は大切にせなあかん。」とのこと。十三大橋から目つきをかえて歩いている集団が河川敷に。追いかけて聞いてみると「朝7時に大阪城を出て枚方大橋を渡りまた大阪城に戻る50kmの歩く会」とのこと。

【4月6日モニター報告】
海老江の干潟、中津川運河、大淀野草園に入った。どこでもバードウォッチングのメンバーでいっぱいである。ここでもヨシ笛が役に立つ。「めずらしい物ですね。孫が2人いるので。」と大阪城公園の鳥をとっているメンバーと知り合いになった。「クチバシが上にそっているのがオオソリハシシギ、頭の黒いのがキンクロハジロ、オオソリハシシギはシベリアから来てここで休憩してこれからオーストラリアの方までいく。そこの小さいのがイソシギ。」など一つひとつ親切に教えてもらった。また「カワウが7羽いるが繁殖期なので額の色がかわっている。カワウはどこで越冬するかはわからない。海老江の干潟の元を切って人が島に渡れないようにしてほしい。」とも言っていた。しかし、そんなことをすればシジミ捕りの人たちと意見がぶつかるであろう。しかし、シャッターチャンスをねらって3時間も4時間もできるのはわたしの散歩と同じで「好きこそものの上手なれ」である。この淀川の自然に少しでも多くの人に体感してもらい、淀川のすばらしさを感じてもらいたいものである。

【4月7日モニター報告】
あたたかい日でボラ引っ掛けは好調である「サオの重さが800g。これに50pのボラがかかると相当の重さになる。」「この釣れ方でもまだ昨年なみになってない。昨年は1日で2人がかりで200匹をつったこともある。」「本当だったらボラのシーズンはそろそろ終わる頃なのに今年はどうかしている。」「小さい頃は堤防まで水が来ておりサギが底にいるカレイの子を突っついて食べていたのを覚えている。」などと話をしている間に川面ではボラがドンドンハネている。塚本ポンプ場も無人化されさびしい限りだが排水口の水はきれいになった。4月29日の大阪市出前講座「塚本ポンプ場無人化後の浸水対策について」のうちあわせに大阪市北部下水にいった。行政と住民がいっしょになって水害に強いまちづくりをやる。そのために実際のリアルな現状と役に立つ話をしてほしいとの意図は伝わったようである。いずれ国も府も市も住民も一つになって考えていける組織ができないかと考えている。

【4月8日モニター報告】
西中島地区水路掘削の工事が3月発注予定の看板のまま始まった。目的はヨシ等の環境保全と野犬対策とある。水路をつくって野犬をその中に囲い込むのは全国でも例がなく、この計画に国民の税金が投入される。ならば確実な効果を発揮することである。ここで問題は水路掘削は国交省、野犬対策は大阪市と分かれていることである。本日は西中島地区の水路作成のための計測をおこなっており、この間の一連の対応から不安になり、大阪市の動物管理センターにTELを入れた。担当者は「話をうかがっている。国から提案があって中止の話がありその後は知らない。」といいかげんな話である。「一つの案としてやるもので、大阪市として野犬の対策がとれるかどうかわからない。」「何ができるかはっきりしない。」の回答である。野犬対策の目玉としておこなわれる事業で、その担当である大阪市のあいまいな態度は許されるものでない。大阪市は水路掘削を野犬対策のチャンスと位置付けて早急に現地も調査し本格的対策をとることだ。

【4月9日モニター報告】
あたたかい日が続いている。水温14℃と少し高くなっている。ボラのハネがすごい。漁師が船でアミを入れボラを捕っており、キラキラと輝いている。今日は西中島のヨシ原が野犬対策のための水路で囲われることもあり、新御堂筋からヨシ原に入った。相変わらず行き止まりにホームレスがおり、水路ができるとこの人たちの生活はどうなるのかと思う。また、水管橋、新御堂筋の東側には「告」として畑作についての「お知らせ」があった。国交省の苦労や努力もわかるが右岸は十三大橋の下、左岸は阪神線の下のホームレスに手をつけないと本格的には解決しないであろう。水路問題での大阪市の態度―「全国で初めてのことなのでやってみないとわからない」の姿勢と似て非ざるものと言わざるをえない。西中島ヨシ原の先端に行くとそこは砂浜になっておりすばらしい光景である。その砂浜にしっかりと野犬の足跡がついておりドキッとする。税金を使うなら、ますます野犬対策をしっかりやってほしい。

【4月10日モニター報告】
淀川はカモの数が少なくなり、カワウが目立つようになっている。水にもぐって小魚を食わえている。このカワウは一体どこに巣をつくっているのであろうか。秋にはカタクチイワシを追ってカワウの大軍がおしよせるが、そこから淀川にいのこったカワウである。ボラが目の前でジャンプしているのに釣人のサオにはかからない。「何してるねん。針がついているのか。」の声がかかる。十三大橋付近では灰色のサギが羽を広げている。十三干潟では胸までのゴム長を着た人がシジミ捕りをしている。「シジミが小さい。昨年は一回で20〜30個とれたが今年」は5〜8個だ。自分で食べる分と近所の人にわけてあげる。みんな喜んでくれる。」「もう少ししたら手長エビや小さいカレイもとれるようになる。」とのこと。水温は14℃になっており淀川の中も確実に変化しているようだ。

【4月11日モニター報告】
今日は天気が良く、「歴史散歩」には三津屋、十三東、三国、大桐、淡路、北中島、井高野に加えて吹田市、堺市などから22人が参加。年齢も20代の3名から70代まで豊富である。今回は阪急相川から歩いた。安威川沿いの吹田渡、吹田御殿の跡では、神崎川と淀川の疎水の歴史、亀岡街道の果たした役割、そして人々は往昔から水と共に生きてきた歴史があることを強調した。高浜橋では安威川と神崎川の分流点を初めて見る人が多く驚いていた。「堤防がコンクリートでできているのはどうしてか。」の質問から、昔から人々がくらしを守るために自らの力でつくった吹田堀川、中島大水道、二重堤逆川などがあり、その結果として現在の河川があること、わたしたちの住んでいる所はこの堤防よりはるかに低い所にあり、日常の雨でさえ各地にあるポンプ場や十八条下水処理センターが可動しないと確実に浸水する話をした。高浜橋の真中から両岸を見ればその低さがわかり、理解できたようだ。そして「水害に強いまちづくりを考える会」をたちあげること、十八条下水処理センターの見学会を平日にやりたい旨のことを語った。年金生活の人は平日でもよいとのことで見学会を企画していくことになった。

【4月12日モニター報告】
昨日から夏のような日差しである。淀川の水温も15℃を越えた。河川敷はチーチリチリチーチリチリとヒバリが天高く昇り、十三大橋には灰色のサギが一羽あらわれ、川の中ではカモよりカワウが目立つようになった。カワウは水にもぐって小魚を食わえている。さらにウグイスのホーホケキョの鳴声やヒヨドリ、ムクドリなどいろいろな鳥にであえて楽しいかぎりである。ツバメが1羽飛んでいるのをみつけたので、木川本通―通称ツバメ通のツバメの巣がどうなっているか見にいった。2つある巣のうち1つに2羽のツバメが飛来し、せわしなく巣づくりをしている。あと1ヶ月もすれば小さなツバメの顔をみることができるであろう。こんな都会にもツバメが来るのは淀川に豊かな自然が残されており、ツバメのエサがあるからである。

【4月13日モニター報告】
河川敷を歩くとあついが、伝法大橋、淀川大橋、十三大橋の上は風があって気持ちがよい。橋の上から川を見るとアチコチでボラのハネ、ジャンプが見える。JR塚本下手と海老江の船着場でのキビレねらいの投げ釣りにボラがかかっている。海老江の干潟ではあつさのためか、ユリカモメ、アオサギ、ハマシギぐらいで渡りの鳥はすでにいなくなっていた。今日から漁師が小船を出してウナギの仕掛けをあげだした。しかし仕掛けにはほとんどウナギが入っていない。河川敷の草ものびてきて、その上を歩くとじゅうたんの上を歩いているようで気持ちが良い。河川敷の鳥で増えてきているのがツバメである。数日前に1羽だったのが今日はすでに10数羽が勢いよく飛んでいる。柴島と淡路のツバメの巣を見にいくと、ここでもツバメが飛来し巣の補修をしていた。こんな話をすると信じられないという顔をして「淀川のウナギは食べれるの。」と質問する人が多い。ぜひ多くの人に淀川に来てもらい豊かな自然を体感してもらいたい。

【4月14日モニター報告】
雨の日の淀川もまた違って面白い。対岸の梅田のビル群は雨にかすんで見えない。堤防も河川敷も物好きに散歩しているのはわたしだけである。あといるのはヒバリ、ムクドリ、カラス、ハトなどの鳥たちのみであり、この鳥たちも人がいないので生き生きとしている感じがする。塚本と木川の新しい堤防の芝も一雨ごとに緑が濃くなってきているようだ。先日の「歴史散歩」で参加者から「神崎川や安威川と淀川の違いは何か。」と聞かれ「自然の回復。」とこたえたが、この10年間ぐらいの自然の回復―河川敷も川の中も本当に素晴らしいものである。西中島には水路をつくるための資材が運ばれていた。気になって大阪市動物管理センターとやりとりをした。相変わらずノラリクラリである。単なる野犬対策の水路で終るのでなく水路完成後どのようにして野犬を捕獲するのかを大阪市に明らかにさせ実行させることが必要だ。いつまでもノラリクラリとしていると「何のための水路か。」にもなるし、「仕事もしない公務員が高い給料をもらっている。」などの公務員バッシングにつながってくる。

【4月15日モニター報告】
矢倉から歩き出した。矢倉でようやくキビレが上がり出した。それから上の淀川大橋までは釣人はいない。JR塚本の下手も上手もボラがかかっているが、まだ枚数は少ない。昨年はこの時期にボラもキビレももっと釣れていたように思う。温度は外気で17℃。水温も17℃になってきた。十三大橋から【機】の腕章をしたバス9台、車両8台が河川敷に入ってきた。雨上がりのグランドを通り、せっかくのグランドをグチャグチャにしていく。バスなどは泥に埋まりバスから20人がおりて後からおしている。散歩をしている人は「何で警察がこんなにここに入ってきたのか。」「グランドを通らなくてもよいのに。」「また整地をせなあかん。」「警察だったら何をやってもよいのか。」の声が上がった。同時に通った河川パトロールの車両はいつものようにグランドの周りを静かに通っているだけによけいに差が目立つ。何か理由があるのであろうが、警察だからと言って何でもできるわけではない。河川敷には河川敷のルールがある。警察と言えどもこれを守るべきだ。

【4月16日モニター報告】
「先日もらったヨシの穂で作品をつくった。」と前衛書道家からTELがあり見に行った。20種類ほど作品があった。わたしには良いかどうかはよく分からないが、本人は気にいっているらしく「ヨシをとってきてほしい。」との声があった。彼の奥さんは「生花に使うのでもっと若いヨシがほしい。」との要望があり、西中島にいった。作品については「泰平」と「眼」をもらった。早速、西中島の堤防に登るとヨシ原は周囲は茶色で、真中の刈り取られた所は緑になっており、その対称がたいへん面白い。ヨシの成長は竹に比べて早いことがよくわかる。十三の菜の花の黄色、ヨシの茶色と緑、水管橋の水色とそれぞれに趣きがあって面白い。これも淀川を楽しむ一つではないかと思う。

【4月17日モニター報告】
今日はくもりで風が冷たく感じる。川の中のボラのハネは相変わらずすごい。気温は外気が17℃、水温が17℃。ここ一週間ぐらい前からJR東海、新御堂筋、十三大橋などでサギを見かけるようになった。今日も十三バイパスの下で顔は白で体が灰色のサギが石の間を突っついて何かを食べている。菜の花園は黄色の中に赤い花が咲いており、その対称が面白い。大阪府警の車両やバスが河川敷に入り、グランドをグチャグチャにしたのは、十三バイパスの下手と塚本ポンプ場排水塔の2カ所。さらに水際の排水のための溝のフタは壊されたままである。それを見ていた女性3人組(いつも散歩であう)は「昨日も機動隊のバスが入ってきた。」「こんなにされたら散歩するのにも困る。」と話をしていた。何かの理由で河川敷の中に警察車両が入るのは良いが、やはり元に復元することが求められている。堤防などの工事で河川敷に入るが、終わりには必ず整地をし元に戻している。

【4月18日モニター報告】
4月に入って河川敷で会う男性3人。1人は加島の50代の大工さん。彼は「親方から仕事がないので当分来なくてよいと言われた。」とのこと。1人は新高の40代の男性。「3月で職場が倒産。ハローワークにいっても仕事がない。時間があるので淀川にきているがすばらしい自然がありますね。」とのこと。1人は30代の登録型派遣の男性。「会社からTELがあったら仕事に行くが1日7千円。TELがない時は淀川に来てシジミを捕る。」と言っている。これまでの釣人や散歩人たちとは違い、100年に1度と言われている経済危機が淀川にもヒシヒシと近づいてきているのを感じる。彼らは毎日淀川に来て、「こんなに素晴らしい自然があるのに驚いた。」「淀川でシジミをとって食べた。」「ボラやキビレが釣れると思ってなかった。」と口々に言っている。淀川は彼らに自然の雄大さを教えるとともに、生きる勇気、喜びを与えているのではないかと思う。たとえ仕事がなくとも、毎日淀川に来ている間は大丈夫であろう。

【4月19日モニター報告】
今回は天気もよく、伝法大橋から淀川、十三、長柄の各大橋を渡った。どの橋も橋の上は風があって気持ちがよい。川の中のボラのハネ・ジャンプは相変わらずであるがハネているボラが小さい(30p級)。もう一つ橋の上からの新たな変化は赤茶けたクラゲと白いクラゲが浮いているのがどの橋からも見えたことである。それも2つ3つではなく、あっちにもこっちにもという感じで大量に浮いている。これでクラゲは今年2回目で前回十三大橋でわずかに1つであった。ボラやキビレの釣れ方の昨年との違いなど淀川の中にも異常気候の影響があるのであろうか。海老江の干潟の渡り鳥はすでになく、ユリカモメとカワウのみである。これも昨年より早いように思う。先日の朝日には「異常気象とゲリラ豪雨」の特集が載っていた。結論は「安全は守れない」である。原因はCO2であることをアメリカも認めはじめている。CO2と言うと何か遠い所にあるように思えるが、わたしたちが毎日出すゴミである。今日も淀川大橋からJR塚本まで堤防上を歩いたが、カンビンは当然の如く、自転車、冷蔵庫、TV、台車、タイヤ、ローラースケート、ソファーなどがあり、まさにゴミ捨場のようになっている。何とかならないのかと思う。

【4月20日モニター報告】
節気では穀雨である。作物の新芽をのばす雨であり、夕方から明日にかけて降りそうである。淀川は昨日からのクラゲがすごい。塚本ポンプ場の排水口の中まで赤茶色のしま模様のクラゲが入っている。ここでの外気18℃、水温19℃。排水口を見ているとコンクリートで固められているが、すき間から見ると、コンクリートと土の間にすき間があり、木川の堤防工事を思い出した。そんな眼でコンクリートの堤防を見てみると、河の外側のコンクリートが浮いていたり、堤防のすき間から草や木がはえているのがわかる。この堤防は毎年強化されていっている。問題はそのスピードである。福島出張所管内では目視で、木川〜十三大橋〜新北野、JR塚本〜淀川大橋〜伝法大橋、左岸はほとんど必要区間に見える。この堤防が強化が終わったとして、HWLはどうなるのか、その強度はどれくらいの地震に耐えうるのか、30年間の一定の確率でおきるとされる東南海・南海地震、上町断層の直下型地震に対してはどうなるのであろうか、考えれば考えるほど分らなくなってしまう。

【4月21日モニター報告】
塚本ポンプ場の横に真新しい花束が一つ。いつもいる釣人が誰もいないこと、昨夕淀川の上をヘリコプターが旋回していたことから釣仲間の一人かもと心配になった。警察に問い合わせると、大淀側で女性の身投げがありそれのものではないかとのこと。何かがあって命を落とすことになったのであろうが、その前に誰かに相談することはできなかったのであろうか。その後西中島地区を歩いていると、フワフワした大きなタコがフワリフワリと上がっているので近よってみた。女性が走ってきて「面白いでしょ。真中は地球。まわりには198カ国の旗が書いてあるのよ。」と言ってくるのでタコならばと三国の狭川さんの名前を出すと話が弾んだ。「彼とは月に1回いっしょに凧上げをやっている。」とのこと。ヨシ笛をあげると一生懸命ふくがなかなか音がでない。向いフェンスが張ってあるので何のためにやっているかを説明すると「あれで野犬が本当にいなくなるのかしら。」と心配していた。4月29日の下水出前講座の案内を渡すと「3年前にわたしの所も浸水した。面白そうな取り組みですね。参加してみたい。」とのこと。

【4月22日モニター報告】
河川敷を歩くのは様々な物に出くわして面白い。今日は岩場で小さい黒い物が走るのでよく見るとフナムシで、今年初めてである。砂地の所には引潮で逃げ遅れたクラゲがいっぱいである。やはり白いのと赤茶色の2種類。さわって見るとプリンのようにブヨブヨしている。帰りに塚本ポンプ場に巡回の人がいるのでクラゲの話をすると「クラゲが満潮時に排水口の中まで入ってきている。」とのこと。JR塚本下手と海老江の船着場には投げ釣りの人が増えている。「もう一つ釣れないな。」「昨年と比べると全然ダメや。どうなっているのだろうか。」「矢倉にいくと少し釣れているようだ。」とのこと。河川敷には赤、黄、青、白など様々な花が咲いているが、一番多いのがクロバーのシロツメグサだ。シロツメグサは白詰草と書く。ヨーロッパ原産で江戸時代にガラス製品を運んだ時に割れないように詰め物として入っていたもので、これが帰化したものである。そのため白詰草と書く。植物でもその由来が分かると面白いものである。

【4月23日モニター報告】
うすぐもりで肌寒い。JR塚本下手で小舟が2隻。いつもの漁師で「おーい兄ちゃん。」と声をかけてきた。胸までのゴム長をはいてシジミ捕り。「ウナギの仕かけを先日あげたが、今一つなのでシジミが先や。今年はクラゲが多い。」とのこと。ヨシの中には投げ釣りが3人「キビレはうまくない。投げでボラの方がかかる。釣れないのでまた来なくなった。釣れても釣れなくても来るのが健康によい。」「釣れない時はシジミを捕って帰る。」など。海老江干潟ではバードウォッチングが3人。天王寺から来た人「あの茶色のオオソリハシシギをねらっている。アオサギ、ダイサギ、チュウシャクシギ、シロチドリ、ハマシギ、シロチドリがいる。一時いなくなったが、また多くなっている。渡りは春と秋がシーズン。天王寺からでも出てくる。」とのこと。大淀野草園の干潟づくりを教えると地図を出して「どこですか。また楽しみが一つふえる。」と嬉しそうであった。考えて見ると淀川の整備計画で治水は話題になるが一番すごいのは、一度破壊された自然―干潟やヨシ原を着実に回復していることではないかと思う。東京の三番瀬、名古屋の藤前は破壊から守るのと大きな違いを感じる。

【4月24日モニター報告】
今日は春らしい日で風があって気持ちがよい。「おーい釣れとるで。」と大きな声がかかったので走っていくと、ポンプ場の排水口の所でサオが曲がっている。必死に引き上げると60pのボラ、その後30分間で6匹。「たまにはこういう日もないとあかん。ボラが岸によってきよる。」「こういう日にかぎってオレ1人や。」「これでようやくボラが釣れるようになるのかな。」とのこと。十三大橋付近では先日の灰色のサギ1羽がエサをあさっている。西中島の野犬対策で大阪市の北部生活衛生監視事務所にTEL。動物管理センターよりましであるが「人と犬を分離してエサをヨシ原でやる。」「土手がどういう形になるかわからない具体化以前の問題。」「ホームレスが飼っている犬をどうするかわからない。」など無責任な返事。水路はすでに工事が始まり、7月には完成する。野犬の対策は大阪市の責任であり、関係部局で協議をし、具体策を明確にし、「市政だより」などに載せ市民に公表するように要請した。「検討する。」との返事であった。

【4月25日モニター報告】
「寒のもどり」と言うより、大雨、大嵐の中で、サロン「西淀川」に7人もよく集まったものである。参加者の中には尼崎から初めて参加者も。 残念ながら実際に大和田を歩くことができないので、毎日淀川右岸を歩いているわたしから見ての西淀川の特徴を語った。 第一に古くから川とともにたたかい川とともに生きてきた地域であり、これは現代でも続いていることを語った。参加者から「中島大水道で鯉やフナをとったことがある。」の発言や、「セタシジミとヤマトシジミの関係はどうなっているのか。」などがあり、生活の中で理解されているようである。
また、淀川水系河川整備計画も「上・中流の整備を見ながら大戸川ダムを検討する」は大阪府民にとって麻薬であるの話も、西淀川区の現在の堤防の実際――コンクリートと盛土の間にすき間が各所にあることから肌身で感じてくれたようだ。さらに淀川区でポンプ場の無人化から始める「水害に強いまちづくりを考える会」も関心を示してくれ、この人たちを中心に、こういった住民の側の運動ができればと思う。
第二に漁業で栄えた西淀川であるが、佃、大和田の過去の話よりも淀川、神崎川の自然が回復し、福や伝法でウナギ漁やシジミ捕りで生活をしている話や干潟が再生されている話に関心が高かった。「子どもの頃にハゼ、ボラ、スズキをよく釣ったことを覚えている。」「伝法にも神崎川にも漁師の船だまりがある。」などの発言があった。

【4月26日モニター報告】
今日は雨がないだけ昨日よりましであるが、風が強く春の嵐という感じである。堤防にあがると淀川はザワザワと音をたて白波をあげて下流から上流へと向かっている。さすがに今日は釣人は一人もいない。淀川大橋は風が強くて真っすぐ歩くことができない。自転車も蛇行したり、降りて歩く人など、岸には波があたってしぶきをあげている。少年野球のテントも風に吹き飛ばされている。自然とはすごい力を持っているのを肌身に感じる。これぐらいの風でこんなになるのだから、台風の時はどうなるのかと思う。それだけに、淀川水系河川整備計画の持つ重みを感じた一日であった。

【4月26日モニター報告】
今日は昼から4月29日の下水道問題での大阪市出前講座の案内で地元、塚本の自治会長や社会福祉協議会長をまわった。会長は外に出てきてくれ「ポンプ場はもう無人化になっているのですか。ここは少し高くなっているのですが、淀川の堤防に向けては少し低くなっている。昔にマンホールのフタが飛んですごい勢いで下水が流れ出したこともある。よい取り組みを始めてもらった。当日はわたしは行けないかも知れないが、誰かかわりを必ず出席させる。」とのこと。その一方でポンプ場のあることさえ知らない自治会長も1/3、水害に長いことあってないだけに関心がうすくなっているのであろう。 昨年、集中豪雨で浸水した家も訪問したが留守であった。となりの奥さんに案内したが、奥さんは「おとなりには言っておきますが、必ず直接案内してほしい。」とのこと。浸水にあっているだけにポンプ場の無人化を肌身に感じているようだ。水防組合議会議員のSさんは私信をつけて水防組合議員をまわってくれている。はたして当日は何人の人が集まってくれるのであろうか。

【4月27日モニター報告】
久しぶりによく晴れて気持ちがよい。堤防にあがると視界が開け、さわやかな気分に。川は昨日とうってかわって静かで下流から上流に流れている。外気は11℃、水温は9℃。ボラの引っ掛けは調子がよい。20分間で55〜60pを6匹。「バッチリやがな。入れ食いやで。調子がよい。」とのこと。新北野に住む散歩の人が近よってきて「昔はボラを洗いで生醤油で食べた。今年はキビレがよくない。」とのこと。4月29日の案内をすると「ポンプ場の人は大変な仕事をしていた。雨が降ったら呼び出されていた。それが無人になったんですか。この辺りもポンプ場ができるまでよく水に浸かっていた。」とのこと。漁師が船できて大淀の埋め立てた所にアミを入れて何かを獲っている。自然とは不思議なもので、つい先日埋め立てた所にもう何かが住みついているのであろうか。十三バイパス手前で散歩の女性。「警察の車両が入った。グランドをグチャグチャにしたが、あれはやりすぎ。みんな困っている。」とのこと。

【4月28日モニター報告】
春らしい天気で堤防の緑は本当にきれいである。朝の「おはようございます。」の声かけは気持ちがよい。塚本と木川の新しい堤防の芝にも、すでにどこからか種が飛んできてムラサキの花が咲いている。長柄の桟橋では小船を出す所なので声をかけると「これからシジミを捕りにいく。」とのこと。西中島のヨシ原に入った。冬に刈り取った所は一面緑であるが、残った茶色のヨシは下から緑になっており面白い。ヨシの間の水路ではカモが泳いでおり、キィキィキィ、ギョッギョッギョッ、チッチッチックウ、ギッギッギッなど様々な鳥たちの鳴声がする。ヨシ原の先端の砂浜には、大きな野犬の足跡がついている。水路の工事も見てまわったが、予想したよりも巾が広いように感じるし、工事のスピードも早いようである。水路完成後に野犬の対策をするために、いわゆる野犬とホームレスの飼犬とに分け、それも一つひとつの具体的な対策を早く持つことが求められている。

【4月29日モニター報告】
天気も良く釣り日和である。気温11℃、水温15℃。釣人は矢倉12人、JR塚本下手11人は投げ釣りでキビレねらい。JR塚本は投げ釣り4人とボラの引っ掛けが1人である。矢倉ではそこそこあがっているが、あとはいま一つ。「キビレがなかなか上にあがってこない。」「ボラもハネているが今日はあかん。」「フナムシは見たが、まだカニは見ないな。今年は遅れているのでは。」など。川は静かでカワウが長いこと水にもぐって小魚をとっている。河川敷は散歩する人が多い。河川敷の緑の中にもよく見ると白、赤、黄、青、ムラサキなど小さな花が咲いており、楽しい。堤防沿いの淀川公園にはツツジがピンクと赤で満開できれいである。しかし、花のミツを運ぶモンシロチョウ、アゲハチョウ、ハチなどを見ることはない。いろいろ観察をしたり、おしゃべりは楽しいが、自然を見ていると、どこか異常気象の影響をうけている感じがする。

【4月29日モニター報告】
本日は昼から「水害に強いまちづくりを考える会」で塚本ポンプ場無人化にともなう浸水対策の大阪市出前講座を開いた。講師は大阪市から4人、淀川区全域から20人の参加と会場いっぱいであった。「塚本ポンプ場にタテとヨコのポンプがあるが、効率のよいタテ型に変える計画は?」「無人化したあとの管理はどうなっているのか?」「大野処理場で6カ所のポンプ場を管理しているが、現在の体制で大丈夫か?」「ポンプはどの程度故障はあるのか?」「合流式だが雨水も汚水も淀川に流すのか?」「淀の大放水路は未完成で貯留地に使っているが、ポンプ場とあわせての排水能力は?」「ここ一、二年の浸水は道路のミゾ、雨水マスがつまっておきたもの。道路課との連係を強化してほしい。」「家庭の汚水を強調しているが工場廃水はどうなっているか?」「何かおきた時のマニュアルはあるのか?」「アンダーパスや土地の低い所があるが対策はあるのか?」「現在の下水道の課題は何か?」など真剣な質問がだされた。行政の側も下水で出前講座をやるのは始めてであり、住民が何を考えているのかの一端がわかってもらえたし、住民の側からすれば浸水を防ぐためには行政まかせでなく、住民の側の取り組みがいることがわかってもらえたようだ。

【4月30日モニター報告】
今年、初めてJR塚本の上手でキビレを見た。「下手ではエサ取りがはげしいので、上手に来て見た。朝の5時半に釣れた。エサはアオイソメ。これから造りにして食べる。」とハサミで血ぬきをしていた。また「淀川にゴミが多い。グランドを使う人たち、とりわけ指導者はゴミを拾うぐらいにしてほしい。塚本の川沿いの会社は朝8時半から周辺の掃除している。こういうのを見ならうぐらいにしてほしい。」とも言っている。気温は13℃、水温は15℃。気候の変化で上がったり下がったりする水温の変化も面白い。

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処置

こんにちは、稲垣さん。今月もモニター活動ありがとうございます。ヨシの成育や渡り鳥、鮮やかな花々など、季節の変化を感じることのできる楽しい時期になってきましたね。ヨシで書道をされる方までいるとは驚きです。
稲垣さんの「水害に強いまちづくりを考える会」の立ち上げや大阪市出前講座の開催といった行動は、住民の方々が自ら災害への危機意識を持ち、考える機会を提供できる非常に重要な場ですので、河川管理者として大変頼もしく感じています。

今回稲垣さんが疑問に思われたことについては、下記の通りです。

・西中島地区水路掘削工事について
 概略は先月回答した通りです。特に野犬対策の部分に対して当方と大阪市との連携状況のことでご心配をおかけしていますが、双方の関係部局全体での会議や現場レベルでの打合せを今後も継続して行いながら、協同で野犬問題に対応していきたいと思っています。

・警察・機動隊の車両による轍について
 行方不明者の捜査の為に高水敷に進入すると警察から事前に連絡があり、承諾したものです。当該箇所は緊急河川敷道路が切れているおり、捜査日時と悪天候が重なった為に轍が出来てしまったようです。警察の走行方法に特段問題はありませんでしたので、復旧の要請が必要とは考えていません。今後は状況を見て河川管理上轍が支障であるようならば当方で対応します。

・堤防の強化について
 ご指摘の区間すべてにおいて堤防強化が必要とは判断していませんが、淀川下流域に堤防強化が必要な区間があります。堤防(浸透、浸食に対して)の詳細点検結果や背後地の状況等を踏まえ、堤防強化を河川整備計画期間中に完成させ、計画洪水位以下の流水の通常の作用に対して安全な構造となるように計画しています。特に、淀川下流域は、背後地に人口・資産が稠密に集積している区間なので、河川整備計画では、5カ年を目途に完成させる計画としています。
なお、地震に対しては、現在大規模地震(L2:現在から将来にわたって考えられる最大級の強さをもつ地震動)について「河川構造物の耐震性能照査指針(案)・同解説」(H19.3)に基づき、点検をしているところです。

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5月  
通報

【5月1日モニター報告】
今日から5月である「5月晴れ」とはよく言ったもので本当によい天気である。河川敷ではツバメが早くからエサを探して飛びヒバリが天高く上がっている。海老江の干潟は鳥が少なくなったとはいえ、ホウロクシギが片足で寝ていたり、アオサギ、ダイサギ、ハマシギなどがいる。海老江の船着場には釣人が7人、潮だまりをよく見ると小魚が群れになって泳いでいる。何かと思い釣人に声をかけると「あれは秋に釣れるハゼの子。これから成長して秋に10〜20pくらいになる。キビレをねらっているが向こうで2枚あがったが今一つ。エサはアオイソメ、ミズゴカイが一番いいのでは。ミズゴカイは砂地を掘ればいくらでも採れる。」とのこと。長柄にも釣人が入っていた。声をかけると「アユをねらっている。」と見せてもらうと3〜5pぐらいのアユであった。矢倉、海老江、JR塚本の下手ではキビレ、上手ではボラ、長柄ではアユが釣れ、漁師は仕かけでウナギ漁を始め、潮だまりではハゼの子が泳いでいる。淀川の自然とは何と豊かであるのかと思う。

【5月2日モニター報告】
先日の「大阪市出前講座」で気にかかり、塚本、中島、中島第2、佃、佃第2、竹島の各ポンプ場を巡ってみた。いずれもすでに無人化になっており、どこに行っても門が閉まっており、さびしい限りである。しかし、このポンプが作動しないとわたしたちのまちは確実に浸水してしまう。今回まわった6つのポンプ場は大野下水処理場が管理し、日常的な体制は7人前後である。6つのポンプ場でポンプは数十台。大雨の時にもし5台も6台ものポンプが故障したらどうするのであろうか。とてもわたしたちの安全を守れる体制ではない。国も含めて行政は財政難を理由に現場で働く職員を減らしている。淀川河川事務所福島出張所でも職員はわずかに3人である。何とか世論と運動をつくり、今の方向を改めて現場で働く職員を増やさないと、わたしたちの命と安全が守れないのではないかというのがわたしの思いである。

【5月3日モニター報告】
今日は気温21℃で水温18℃。たしか昨日が「八十八夜」「夏も近づく八十八夜」でまたあつくなってきている。淀川大橋左岸の下に花たばが一つ結んである。以前ここに寝ていたホームレスが突然いなくなったが、どうかしたのであろうか。もっと早く声をかけるべきではなかったのかと思う。昨日の「毎日」の一面に国交省近畿地整が示した09年度の国直轄事業の府の負担金を公開の記事が載っていた。大阪府知事は「全く不十分」と批判とある。直轄負担金はいろいろモメているが、使われるのは国民、府民のためである。わたしの生活との関係では淀川下流部の右岸の堤防の強化である。淀川大堰から下流では、昨年木川と塚本の工事がおこなわれ、木川〜塚本間、JR塚本〜淀川大橋までとり残されたままである。どこか一部でも堤防が壊れたらあたり一面水びたしである。堤防の強化は全線がやられてこそ完成である。完成してこそ住民の安全の確保に近づくものである。国と府の間で、いろいろ言うのは良いが、住民の安全のためにやるべき事業は着実にすすめてもらいたい。

【5月4日モニター報告】
右岸、淀川大橋から十三大橋までの釣人が昨日から急に増えている。水温があがりキビレがJR塚本の上まであがってきている。投げ釣りをする人、水際を歩きながらこまかくあたりをねらっている人といろいろである。「キビレを釣ろうと思ったら暗いうちに来なあかん。」と30pクラスのキビレを見せる人。「キビレをねらっているが朝より夕方の方がよい。」と言う人など。面白いのは普通は午前中で帰る人ばかりだが、弁当持ちで一日釣りを楽しもうという人が増えていることである。十三大橋の下の砂地にうちあげられていたクラゲもなくなっている。大淀野草園の新しい干潟づくりを見にいくとT字型の盛土の上に緑がみえ、サギが2羽いた。漁師はT字の間にウナギの仕かけを入れている。気温や水温の変化などちょっとした変化で変わっていく自然の姿は興味深いものである。

【5月5日モニター報告】
今日は少し肌寒い。堤防にあがると視界が開け、梅田のビル群と淀川の対比は格別である。堤防沿いの道路はツツジが満開で、それにフジ、アジサイも咲きはじめている。菜の花園もすでに菜の花もおわり、赤、白、青、ムラサキ、など様々な花が咲き乱れている。ここで紙ヒコーキをゴムで何回もとばしている男性がおり、ヒコーキは何回みてても男性の手元に帰ってくる。「どうしてか。」と思い声をかけると「このヒコーキはケント紙でつくった手づくり。垂直尾翼の角度をつけることで手元にもどってくるようにしている。」「自分は68才。種子島の宇宙開発に勤めていたが退職し、生まれ育った淀川にもどってきた。」「紙ヒコーキの大会があり、滞空時間、高さ、距離が争われる。真っすぐ飛ばせば500mは行く。淀川を越えてしまうこともある。」「滞空を争うヒコーキは紙から自分でつくる。重さも1gぐらい。フワーと飛んでいる。」「紙は湿度や気圧の影響をうけるのでむずかしい。」「大会は万博や鶴見緑地、ドームなどでやっている。」といろいろと語ってくれた。

【5月6日モニター報告】
「立夏」であるが肌寒く雨が降りそうである。今日は釣人は少ない。先日の出前講座に参加した釣人に会う。「先日のは面白かった。知らない間に変わっている。子どもの頃は水によくつかっていたが、また違った意味でその危険を感じた。秋の淀川河川事務所の時も必ず声をかけてほしい。もっと大きな場所でやったらどうや。どうせならこの河川敷でやっては。」といろいろ語りかけてくる。釣果を聞くと「ボラの引っ掛けからキビレの投げに変えたがどうもうまくいかん。」とのこと。昨日のヒコーキの男性にあう。上手く手元に戻ってこない。彼は「今日は湿気が高く、紙のコントロールがむずかしい。上手くいったのは最初の10分ぐらい。自然をコントロールするのは大変なことだ。」と言っていたが、本当に自然をどうコントロールするかは大変なことだと思う。有史以来、人間はこのことに悩んできたし今でも悩んでいると思う。

【5月7日モニター報告】
雨なので堤防の上を歩いた。上から見ると警察車両が入ったグランドがグチャグチャなのはより一層明らかである。散歩をしている人や釣人は「大阪府警は何をしているのか。いつ元に戻すのか。」と怒りをあらわしている。ルールを守るのが仕事である警察であるから怒りが向けられて当然である。新北野の堤防工事が本日から始まった。またも「工事中」の看板のみである。何のための工事をどうやるか住民に分かりやすい説明板を早く立てることである。今日はゴールデンウイーク中にあったホームレスを東淀川区役所に連れていった。彼は東京で新聞配達をしており、仕事がなくなり、生まれた大阪に戻ってきた。手持ちはわずかに23円しかない。生活支援課で一時預り施設はいっぱいで20番待ち。何とか金を工面して、住む所を確保して生活保護の申請を受給してもらった。彼もこれで何とか命だけは助かるであろう。

【5月8日モニター報告】
淀川下流部右岸で、有名なのは十三である。現在の十三は阪急十三駅(社長が小林一三)ができたことからつけられたものである。昔の十三は十三大橋右岸にある今里屋久兵衛一軒のみを残して新淀川の開削で水没した。このほど今里屋も移転してなくなったので「十三」の地名の由来がまた気になり、淀川図書館に「十三の地名が歴史上、地図上もっとも古くでてくるものは何か。」のレファレンスをかけた。その回答が本日あり、今まで「十三」の由来の根拠に使っていた「摂津国名所図会」や「摂陽群談」より100年前後古い「慶長国絵図集成」が出てきた。その地図には中津川左岸に「十祖」の名があり、石高も記入されており、「摂津国名所図会」や江戸後期の成小路村字十三とほぼ間違いない。とすると今までの十三の名の由来(@摂津国の上から13番目の渡しA条理説―13条B戦国武将13人の供養塚があったC多くの島があり、これを十三と言ったD十三はツツミのことで十三は十三〈ツツミ〉のこと)があるが、「十三」が「十祖」であったとするならば、その由来を根本的に考え直してみる必要がありそうだ。また、大正15年の淀川大橋の渡りぞめの写真が送られてきた。写真を見ると橋の構造は現在の淀川大橋とほぼ変わらないようである。渡りぞめは淀川大橋ができて、人々の喜んでいる姿がうかがえる。今日は、こんなことを考えながら淀川散歩を楽しんだ。

【5月9日モニター報告】
天気もよく散歩日和である。しかし30℃近くなり汗をかくぐらいである。今日はアイスクリームの日である。明治2年に横浜で初めてアイスクリームをつくったのを記念したもので今日のあつさと重ねてみると興味深い。淀川右岸十三大橋下手の堤防工事はフェンスがめぐらされているが相変わらず「工事予告」の看板のみである。工事の人に声をかけると「説明板は2枚用意している。工事は道路側のバイパスまでを6月までにやり、それから下は両面を秋以降にやる。」とのこと。わたしの要望として工事中は散歩の人や釣人に迷惑をかけるのだから説明板は2枚でなくできるだけ多くすること。内容も一般の人が読んでわかるようにすること。またこれらの人たちの理解を促進するために「おはようございます」などの声かけが大切なことを話した。後は「わかりました。要望にこたえるようにしたい。」と言うが、果たしてどこまでやるか見守っていきたい。

【5月10日モニター報告】
今回の「歴史散歩」は野中を17人で歩いた。地図上で見ると、淀川区の真中で川と関係ないようであるが、実はここが一番低い土地であり、いつも水害に悩まされてきた地域である。そのことは江戸時代の記録では三津屋の石高が1500石であるのに対してわずか57石であることからもわかる。また、現在は住宅でおおわれているが、低湿地のため、池や沼が各地にあったことを物語っている。狭い地域に「野中の巳さん」と呼ばれる立森瑞神、宮原操車場の中に巳さんを祀った白丸大善神と2つも蛇を祀ったものがあることからもうかがえる。さらに野中の中心を南北、東西と中島大水道が走っており、農民の苦労が伝わってくる。今回の「歴史散歩」では、こういった水とともに生きてきた人たちの姿を描きながら、最後に5月12日に淀川の堤防調査と7月10日に十八条下水処理場の見学会をやることを発表した。あまり期待はしていなかったが、参加者は取り組みの日時を熱心にメモをとっており、ある人に言わせれば半分ぐらいは参加するのではないかとのことである。

【5月11日モニター報告】
今日は矢倉海岸の潮だまりで今年初めてカニと手長エビを見た。海老江の干潟では小さなハゼの子の群れがグルグル回っている。キャッキャッキャッ、キーキーチーチッチッ キョッキョッ、キョッキョッ、ピーピーピーなど実にいろいろな鳥の鳴声が聞こえてくる。しかし、目に見えるのはダイサギ、カワウ、ハマシギ、ツバメぐらいである。ヨシの中にいろいろな鳥がいるのであろう。カワウは水にもぐって出てくると小魚をくわえており見事なものである。シロツメグサの上を歩くとまるでじゅうたんのようにフワフワとして気持ちがよい。海老江の公園地区には様々な花がさき、アゲハチョウ、トンボ、コガネムシが飛び回っている。これも今年初めてである。大淀野草園の池の橋を踏みならすと水底で何やら小さなものが動いている。ジッと見ていると小さなザリガニの子が無数にゴソゴソと動いていた。水面はアメンボがスイスイである。池のヨシからゴーゴーゴーと大きな音がする。これは一体何であろうか。伝法大橋、十三大橋辺りで漁師がウナギの仕かけをあげていたが「今一つ入ってないな。」とのこと。

【5月12日モニター報告】
いつもはJR塚本下手のヨシ原で釣りをしている投げ釣りのグループが上手に入ってきている。「おとついは30pと35pのキビレが2枚。今日は潮が動かんからあかん。」と早々に引き上げる人。「あきません。矢倉ではキビレが釣れとるがあそこは大阪湾や。ここで釣れるようになってほしい。」「今年はカレイもダメだった。キビレもこのままだったら、もう2ヶ月もすればハゼになってしまう。」「そうやな。今年は昨年より1ヶ月は遅れているという感じや。」「カワウが水にもぐって魚を獲っているから、いるにはいるのだろう。」「カワウが近づいて来ると魚を追いちらしてしまう。釣人の敵やな。」「キビレも水際にいるやつをねらって落とし込みでやっているが、うまくないようやな。」「シジミも昔ほど獲れなくなったな。」「エサ代も高いし、十三干潟でゴカイを獲るかな。干潟もヨシの生え際にゴカイがいる。」「ボラのハネも少なくなってきたな。」などワイワイガヤガヤ。釣人の中には袋を持参し、まわりのゴミを持って帰る人も。 堤防工事が始まり河川敷をフェンスで囲んでいるが、「堤防強化します 立入禁止 ご迷惑をおかけします」の看板のみ。早く何のための工事かが分かる説明板をたてることだ。

【5月12日モニター報告】
本日は昼から淀川右岸の堤防視察を行った。参加は大阪府会議員2人を含めて10人。はじめに淀川流域委員会の経過、その後各県の知事が出した意見の内容などを語った。 その結果、3月31日に出された淀川水系河川整備計画が決められ、「大戸川ダムの本体工事は当面実施しない。中・上流部の河川改修の進み具合と影響を検証しながら実施時期を検討する。」になっており、この文章と大阪府民の関係―川は最下流部から改修されるのが当り前で、中・上流部が先に改修されれば大阪の住民の安全を守れるのかという問題を語った。
その上で、十三大橋の「浸水被害想定図」をみてもらった。大阪市全体の土地が低く、堤防が壊れたら大半の所が3〜5m浸水すること、さらに堤防の左右を見てもらい、その高さを比べてもらった。参加者からは「自分の住む地域がこんなに低いとは。」などの声があり分かってもらえたようだ。
この部分は現在堤防強化工事を川裏面からやっており、塚本まで歩いて、実際に堤防断面―つまり巾を広くすることにより、主に浸透に対して強化されること、淀川右岸水防組合の主な仕事の一つが浸透対策であることを語った。工法も、この部分はコンクリートの護岸を残して土で埋め、表面に芝をはっていることなどを語った。
さらに、十三大橋の上手部分にいき、古い堤防を見て、なぜここだけが未着工になっているのか、この部分の堤防が強化されなければ淀川右岸住民のいのちと安全が守れないこと、塚本の堤防強化工事が2億2千万円であり、この部分も数億円でできることを語った。府会議員からは「この部分だけ残したのでは何のために堤防強化をしてきたのか、わからない。」「住民の安全を守るために府議会で取り上げたい。」などの声があった。
また右岸から左岸の堤防を見てもらい、1カ所も堤防強化工事がなされてないことを確認。「淀川左岸線との関係があるのかも?」「これを見ると大阪市内側の方があぶないのでは。」の声もあがった。

【5月13日モニター報告】
くもりですずしい風があって気持ちが良い。川は静かに上手に流れている。堤防で何やらしている男性がいるので声をかけると「イタドリをとっている。熱湯をかけてピンクのアクを抜いたあと、煮て食べる。」とのこと。堤防にも土筆があり、ナズナがあり面白いものである。堤防では草刈りをやっており風にのって草のにおいが流れてくる。西中島のホームレスがスコップで土を掘っていた。彼は「これを見ろよ。2年前の落とし物のチャボ。こいつのエサにする幼虫をとっている。こいつもぜいたくになってきて、黒いのは食べずに、白いのばかり食べている。菜の花のあとに咲いている赤やピンクの花はヒナゲシや。ポピーというケシの一種やな。ゴールデンウイークは親子連れのシジミ取りが多かったな。もっと淀川に来てくれたらよいのに。」と語っていた。また西中島の水路のついても「あんなしょうもないものを掘って、野犬をなくすと言っているが、本当にやる気があるのか。」とも言っている。一番近くで工事を見ている彼の言うことが一番正確なのかも知れない。

【5月14日モニター報告】
堤防の雑草を刈り取ったので草のかおりを風が運んでき心地よい。これを薫風(くんぷう)と言う。十三大橋下手の堤防工事にようやく「堤防強化工事の工事説明図」がつけられた。「工事予告」よりはよい。しかし、この堤防工事のために、全く離れた塚本と木川がフェンスで囲まれており、何のためのフェンスかがわかるように「説明板」をおくことだ。すでに釣人は「何のためのフェンスや。」などの声がでている。工事は現在川裏がおこなわれ、2車線を1車線に規制をしている。今回出した「説明板」は川裏のことのみである。現在やっている工事については一つも書かれておらず、改善すべきである。前回の木川の工事ではいろいろあったが最終的には良い説明図に変わった。この経験が今回いかされてないのは残念なことである。

【5月15日モニター報告】
すずしい一日である。淀川は静かに流れている。河川敷で目立つのはムクドリとツバメである。ツバメ通りにあるツバメの巣を見に行くと、ツバメがキョロキョロとあたりを見回している。卵を抱きはじめていた。あと一ヶ月もすれば新しい顔が見えるであろう。JR塚本下手より上手の釣人がふえてきている。「釣り人は上手に上がったよ。今日もちんまいのが1枚。」「ボラもキビレも食べるよ。3枚におろして冷蔵庫にねかせておけば食べれるよ。」「そうだなカニを見かけないし、今年はカレイも全くダメやったな。」「先日は80pの鯉がかかってビックリしたよ。よく肥えていて上げるのに大変だった。」「淀川の魚はどうなっているかよくわからん。」などと色々語ってくれた。カワウが水にもぐって小魚をとっている姿はよく見かける。淀川に魚がいることは確かである。しかし、昨年と少しずつ変わってきていることであろう。この仕組みをいかに見つけ出すかである。

【5月16日モニター報告】
人間とは面白いもので、キレイな所にはゴミは捨てにくい。堤防工事のため、キレイになり、ゴミを集積できなくなった所がある。期待しているのは十三大橋下手の工事で、一番問題になっている「集積所」がどうなるかである。工事の人も気にとめてもらえるとよいのだが。西中島の水路は着々とすすんでいる。想像したより立派なものになりそうだ。いよいよ野犬対策が問われてくる。本格的にすすめてもらいたい。西中島の阪神水道企業団の女性と久しぶりに話をした「ゴールデンウイーク明けはバーベキューのゴミでひどかった。淀川の中にもコンテナを一つおいてゴミを回収したみたい。」「あまりひどいので柱という柱にフェンスをつけていったわ。自分で出したゴミは自分で持って帰るのが当り前という風になってほしい。」「これから夏になるとゴミが臭ってたまらなくなる。」と語っている。ゴミは人間のモラルの問題であるとともに異常気象の大きな要因の一つである。何とか改善したいものである。

【5月17日モニター報告】
昨日、塚本上流の堤防に「説明板」がいくつもかかっており、それを見に行った。内容は淀川水系全体の河川改修の概要を示した図入りの「河川改修事業」その上で塚本のことがわかる「塚本上流地区堤防強化工事」(これは川裏面も載っている)「堤防強化工事」(川面のみ)「建設副産物のリサイクルをやっています」の3種類。さらに破堤と破堤対策の「淀川水系における治水・防災対策」、洪水を安全に流すと堤防を強くするの「淀川水系における治水・防災対策」、現在の堤防は「淀川水系における治水・防災対策」の3種類。さらに「淀川を楽しもう」と「淀川の石標柱について」と「十三地区付近の植物について」の2種類とゴミ問題の「淀川の楽しむために」の合計10種類がだされていた。一つひとつ見るのも面白いが、淀川全体の中での工事の位置付けや石標柱や植物の説明などもあり、今後、ほぼ一年間続く工事が、地域の人や釣人、散歩の人の理解をうる上で重要な役割を果たすことであろう。

【5月18日モニター報告】
今日は昨日とうってかわって五月晴れ。気持ちのよい風が吹いている。堤防上での「おはようございます」の声かけは気分をさわやかにする。向こうを見ると河川敷にパトカーと救急車が入っている。何事かと思い行くと、工事の男性が「あれは女性のホームレスの方が倒れていたので警察をよんだ。来た時にはすでになくなっていた。」とのこと。これまで何回も河川敷で見た現実である。もう少し早く誰かが声をあげることができていたらと思う。また彼に「説明板を何種類もよくつくったね。これをよく釣人は見ているし、内容も面白い。」と言うと、彼は「会社としては初めて。がんばってつくったんですよ。通りすがりに立ち止まって見る人もいる。」とうれしそうであった。この努力がジワジワと住民の中に広がっていくことだろう。とりわけ工事の説明だけでなく「淀川を楽しもう」は彼の知恵であり、新しい取り組みで面白い。これを見て淀川を楽しむ人がもっと増えるとよいと思う。

【5月19日モニター報告】
海老江の干潟はいくごとに姿をかえているので面白い。今日はハマシギの群れ、ダイサギ2羽とカワウである。しかしヨシの中からはキーキーキー、キョッキョッキョッ、チーキリキリキリなど様々な鳴声が聞こえてくる。釣人が1人、2pほどの小ハゼをねらっている。声をかけると、「小ハゼをエサにしてキビレをねらう。これが1ヶ月もしたら10pになる。ハゼはダボハゼというぐらいだから貪欲ですぐ大きくなる。」「エサは阪神の下を掘ってとってきた石ゴカイ。エサとり、小ハゼ、キビレと一日釣りを楽しめる。」「まだカニは見ないが伝法大橋あたりで手長エビは見た。これもフライにして食べるとおいしいよ。」「バードウォッチングの人も少なくなったね。ハマシギは腹が白くキラキラ輝いてきれいだよ。」と話しているうちに、10pほどのカレイがかかった。「これもフライにして食べるとおいしい。」とのこと。人口280万人の大都市の中にある実に豊かな自然である。

【5月19日モニター報告】
今日は、木川西に住む男性が病後の体力回復をかねて淀川を歩きたいというので十三大橋で待ち合わせて淀川大堰まで往復した。彼はナツメでつえをつくり来た。十三干潟では「シジミ取りをやるが、わしはここでゴカイを掘って釣りをやっていた。ヨシとの間の水路ではウナギが釣れた。」「昔はたまりがたくさんあって、そこで泳いだり魚をとったり遊んだものだ。」「長柄橋に堰があった頃はあそこでもスズキがよく釣れた。」など面白い話を聞かせてもらった。西中島の水路工事では、その大きさに驚いていた。フェンスに囲われてわたしの一番好きな新御堂の下から本庄水管橋も、JR東海下も入れないのは残念である。またフェンスの中に何人ものホームレスが囲われており「こんなにフェンスで囲んでホームレスはどうなるのか。」と心配していた。柴島干潟では小ハゼが群れになっており、干潟の先端にも案内。長柄大橋を見てもらい、長柄橋下の釣人(手長エビ釣り)を見て、淀川大堰へ。今日は渦を巻いて水門から水が出ており驚いていた。彼は「あんたと歩いてよかったよ。少し疲れたが、話をしながら歩くのは楽しいよ。」と言っていた。

【5月20日モニター報告】
塚本ポンプ場の排水口周辺で水質検査をしていると釣人が寄って来た。「どうや変わっているか。」「釣れた魚が安心して食べれる淀川にしてほしいわ。」「川の底のヘドロを何とかせんとあかん。」など好き勝手を言っている。その内にサオがくなり出して走っていくとボラがかかっていたりキビレだったりとよく釣れている。ボラはくさいので大半の人が川にかえしている。キビレは三分の一の人が持って帰って食べているようだ。なかには「家内には釣れたら持ってかえってこいと言われている。家内は三枚におろして近所に配って家では食べない。」という人もいる。JR塚本下手では2〜3pの小ハゼ釣りが始まった。「何にするのか。」と聞くと「ガシラを釣るエサにする。」とのこと。小船2隻、胸までの長ぐつをはいて川の中に。漁師のシジミ取りである。十三大橋では漁師がウナギの仕かけをあげていた。今日はけっこう入っているが型はまだ小さい。

【5月21日モニター報告】
どんより曇り湿った空気の中に潮の香りや草の香りがまじってくる。伝法大橋の所で「おーい兄ちゃん」と声をかけられた。いつもの福町の漁師である。彼は「ようやくウナギが獲れるようになった。これなら何とかなる。」とうれしそうであった。また「水害に強いまちづくりを考える会」の話をすると、「淀川堤防沿いの姫島から福にかけての道路はよく水に浸かって困っている。」とも話をしてくれた。その後は草むらを歩いたが小さなバッタがあっちもこっちも飛び出してきた。これはグランドの芝の上も同じである。釣人は阪神の下、海老江の干潟、JR塚本下手、新北野船着場などに入っているが、「今日はあかん。潮が悪い。」などと言って早々に引き上げていく。気になるのは塚本ポンプ場の排水口である。昨日は20pぐらいのキビレが2枚、今日は30pぐらいのボラが浮かんでいた。魚が浮かんでいることはよくあるが2日続けて同じ場所に浮かんでいるのは初めてである。ポンプ場の無人化と何か関係あるのではないかと思う。

【5月22日モニター報告】
昨日は24節気の「小満」。意味は陽気がよくなり万物が満ち足りるであるが、水蒸気が満ちて雨期が近づいていることを示している。今日はその通り雨で堤防の緑はしっとりとぬれている。カサをさしてまでやる物好きな釣り人は1人。散歩の人も少ない。その中でツバメが堤防の上を超低空で飛び回ってエサをあさっている。これだけのツバメが飛び回っているのだからツバメの巣がツバメ通り以外にあるだろうとねらいをつけて歩いている。バス通りの軒の下からツバメが出てきたのでのぞいて見ると巣があり卵を大事そうにあたためていた。この人や車の多い都会にツバメが来るのも淀川でエサが採れるからである。十三バイパス下は少し低くなっている。最近ゴミが集まってきていた。それがきれいになりフェンスまではられている。堤防工事の人に聞いたが「工事のためのものではない。誰がやったかわからない。」とのこと。誰がやったにしてもキレイになることは良いことだ。

【5月23日モニター報告】
よく晴れて風もあり、すがすがしい朝である。カワウが元気である。淀川大橋の上から見るとカワウが何度も何度ももぐって小魚をとっている。水にもぐって魚をおいかけているカワウの姿は見あきない。水たまりでハトやスズメが水浴びをしているのも面白い。またムクドリがエサを食わえて引っ張りあっている。西中島の水路は早いテンポでつくられている。「ヨシ原再生中」の看板があるが、水路を見ていると、何だかヨシと人を切り離してしまうように思える。現在は工事中のため、新御堂の下もJR東海の下も入ることができない。水路ができた後に、ここに入ることができるのかどうか心配になってくる。わたしが好きな場所の一つであるだけに心配である。犬が一匹、水路を泳いでヨシ原に入っていった。水路の目的の一つが野犬対策であるだけに、これを機会にしっかりと対策をとってもらいたいものである。

【5月24日モニター報告】
どんより曇った日である。ツバメ通りの巣はヒナがかえってかわいい顔をのぞかせているが、親は大忙しである。エサを探して河川敷を必死に飛び回っている。淀川大橋の上で釣人と会うと「これからカニを取りにいく。」と言うので、下手の草むらに入った。ガサゴソとカニが動いている。1〜2pと小さい。ようやくカニと会ったという感じである。30匹ほどつかまえたが「キビレ釣りのエサにする。」とのこと。海老江の船着場の潮だまりで親子づれが釣りで遊んでいる。兄が「とれた。」と言うので見るとクラゲであった。弟はカニをねらっている。十三大橋の下では親子がアミで小ハゼをすくっている。なかなか大漁で100匹以上「どうするのか。」と聞くと、「家で観察する。」とのこと。大淀の干潟づくりも、土が崩れてきており、予想より早く海老江のようになるかも知れない。盛土はすでに緑でいっぱいである。大淀野草園の池ではパンの耳でザリガニ釣りが始まった。淀川はその時々の季節の表情を見せる川であり淀川散歩も楽しいかぎりである。

【5月25日モニター報告】
今日は朝から冷たい風がふいている。釣人も何となく寒そうである。河川敷ではムクドリとツバメが目立つ。西中島のヨシ原に入った。ゴカイを掘っている人、シジミを取っている人、ヨシの間に入って梅田をカメラでとっている人がいる。シジミ取りの人に声をかける。「東淀川から自転車できた。このカゴは焼肉用のアミを4枚組み合わせて自分でつくったものだ。今年はまだシジミが小さいように思う。」と言っている。少しシジミを分けてもらった。ヨシはもう大半が緑になっており茶色を追い出している感じである。ヨシの間からはギュッギュッギュッ、キキキキ、キリキリキリ、チュッチュッチュッなどの声が聞こえるが鳥の姿はない。水の中を見つめると小ハゼが泳いでいる。来るごとに数が増えているようである。水の中から片方のツメの大きい5〜7pほどのカニが出てきて、ヨシ原の中に消えていった。水際の道を歩いていると、茶金色のシッポの長いイタチの親子4匹がすばやく道をわたって草むらに入っていった。親のあとを追いかける3匹の子どもの姿がかわいらしい。以前は私の住む塚本の河川敷でもよくイタチを見かけたが、今は草木を刈り取って見ることはない。

【5月26日モニター報告】
堤防にあがると突然視界が開け、気持ちがよい。いつもながら、多くの人に一度堤防に登って淀川のすばらしさを体感してもらいたい。左岸の大淀の干潟づくりは盛土の上に緑がついているのがわかる。今後、どう変化していくのか楽しみである。堤防工事の人たちは散歩の人たちに「おはようございます」と積極的に声をかけるようになっている。トラックの運転手までが目であいさつをし、道をゆずるようにしており、これは良いことである。さらに西中島の水路づくりを見にいくと、フェンスに、「平成20年度福島管内右岸補修工事、御意見・御要望書」と書かれたアンケートがぶらさげられており、箱が置いてあった。用紙には「当工事に御意見・御要望等がございましたら、当用紙に内容を御記入の上、意見箱へ投函ください」とあった。アンケートをとっているのは工事の元請会社である。昨年来河川敷で様々な工事がやられているが、こういったアンケートをやるのは初めてである。どんな反応があるか楽しみなことである。

【5月26日モニター報告】
西中島の水路工事のアンケートは元請の会社でやっていることがわかり、その経過を聞こうと再度現場にいった。しかし工事事務所には誰もいなくて聞くことはできなかった。その一方でフェンスに囲まれたホームレスが、犬に首輪とヒモをつけて河川敷を散歩し、フェンスの中に消えていった。これは今までにないことである。もともと水路をつくる目的の一つに野犬対策がある。この間のこの問題にかかわる人たちの努力が少しずつ実っているようである。しかし、その一方で野犬2匹が本川の堤防工事で空地になった所を占拠しており、そこへ人が入るとほえて追い出している。また水際を泳いで渡る犬も目撃されている。野犬の問題は長年困ってきた問題で、水路をつくっただけで解決するものではない。これを機会に本格的な野犬対策がとれるように粘り強い取り組みが求められているのであろう。

【5月27日モニター報告】
風がすずしく心地よい天気である。淀川大橋右岸のたもとに花たばが一つ、また何かあったのであろう。JR塚本下手には小ハゼ釣りが3人。JR塚本下で水温を測っていると、2pほどのカニがゴソゴソ動き出した。ここでは今年初めてである。その後は堤防上を歩く。先日刈り取ったばかりの堤防の緑の中に茶色の植物がいくつも葉をつけてのび始めている。堤防沿いのイチョウも丸坊主にされていたが緑の葉をたくさんつけている。自然の生命力はすごいものである。十三大橋下の砂浜でアベックが「キャークラゲよ。」と大きな声をあげているので声をかけると、「十三のホテルに泊っており朝の散歩に来た。」とのこと。砂を掘ってシジミを取って見せると「こんなに大きなシジミが取れるんですか。こんな都会に自然があるとは思ってもみなかった。」と驚いていた。さらに西中島のヨシ原までいっしょに歩き、水路の向こうに自生している緑のヨシの美しさに見とれていた。

【5月28日モニター報告】
雨はないがどんより曇った日で強い風が吹き、川は白波をたてている。淀川には朝5時からヘリコプターが飛んでいる。ヘリが飛ぶ時は何かあった時である。昨日の淀川大橋の花たばとともに気にかかる。塚本の河川敷のフェンスはがれきの山がどんどん大きくなっている。塚本ポンプ場の排水塔の前にも新たなフェンスがはられている。これは何のためかわからない。淀川の河川敷には様々のフェンスが突然あらわれる。管理する側は何をやっているかを知っている。散歩や釣人など利用する側はさっぱり分らない。考えて見るとどの工事も国民の税金でやられているものであり、利用者には知る権利があるにもかかわらず、突然のフェンスで散歩の道をふさがれている。管理する側にすれば「住民のためにやっている」との気持ちがあるのではないか。今の時勢、住民の理解と協力がないと何事も進まないし、また税金を払っている側として、その使い道については当然知る権利がある。このことをよく考えてもらいたいものである。

【5月29日モニター報告】
昨日の強風がウソのように気持ちがよい陽の光である。JR塚本下手は小ハゼ釣り、上手はキビレの投げ釣り。声をかけていくと「今日全然あかん。昨日は嵐の中で3枚あげたが、今日は15pが1枚。これは塩焼にして食べる。夜はウナギに来ているが6月にならんとあかんな。」とあの嵐の中で釣りをやった猛者もいる。釣糸を巻いていた人がオモリを見せて「100mぐらい投げるが、このオモリは真っ黒だ。これはヘドロ、淀川はきれいになったと言うが、真中の方はまだヘドロがたまっている。この河底がきれいにならないと淀川は本当にきれいになったとはいえない。水質だけの検査ではなく、河底の検査もやって、河底をきれいにする対策をとってほしいよ。」「JR塚本下は真黒やろ。あれといっしょになっているのでは。20年前30年前のハゼは背骨が曲がっていたが、今はそういうことはない。今からでも検査をして対策をとれば変わるはずや。」などと言っている。彼の主張には真黒になるオモリという事実があるだけに一理ある。

【5月30日モニター報告】
いつもは自転車で淀川の河川敷に来る木川西に住む男性から「調子が悪く医者にいったら運動せえと言われた。散歩するからつきあって。」と言われて、木川から西中島にかけて、河川敷とその周囲を歩いた。十三摘み草苑では1月に春の七草が採れること、その後菜の花、ポピーと変わっていること、西中島のヨシも茶色から見事なヨシに変わっていること、根本の節の間が短くなっている竹などを見せて説明すると「いつも自転車で通り過ぎていたが気づかないことばかりや。」と言っている。さらに堤防沿いにある正通院では、江戸時代に大阪三郷の一つ天満組の惣領の金谷一族が建立した由緒ある寺で、画家の蔀閑月の墓があること、木川の地名のもとになった木寺子安地蔵尊にも案内した。彼は40年前からここに住んでいるが、知らないことばかりで驚いていた。彼からも「40年前はここらも田畑ばかりで、今の木川南公園も田んぼでそこで、よくカエルをつかまえたのを覚えている。この公園には山桃の木があり、毎年を実をつける。」「昔は淀川も堤防のきわまで水がきており、よくそこで遊んだ。」などと語り、情報を仕入れることができた。

【5月31日モニター報告】
朝から小雨が降っている。雨にぬれて堤防の緑はいっそう濃くなっている。小雨でも子どもらはグランドの整備をやり走り回っている。公園区間では若者たちがバーベキューの準備にいそがしい。「河川敷から人工の物を撤去する計画」もあるが、この姿を見ていると本当にできるのであろうかと思う。「計画」では川を川のままに自然にもどすと言うが、グランドやバーベキューもすでに淀川の自然の空間になっているのではと思う。十三大橋左岸のヨシ原をジッと見ていると老夫婦が声をかけてきた「あれは何ですか。」と言うので、鯉が一匹入っていること、潮の干満がありクラゲが浮いていることなどを説明した。彼らは「クラゲは海にいるし、鯉は川にいる。それが同時にいるなんてめずらしいですね。」「ヨシの緑と茶色がきれい。」「こんな都会にこんな自然があるのは初めて知った。」などと言っている。最後には「ありがとう」と言って別れた。この自然を多くの人に少しでも見てもらい、何かを感じてもらいたいものである。

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処置

こんにちは、稲垣さん。ツバメが飛来し、家族連れの方々等も多く訪れ、気持ちの良い季節になってきましたね。今月もモニター活動ありがとうございます。 今回稲垣さんが疑問に思われたことについては、下記の通りです。

・各直轄工事について
工事看板については各工事の施工業者がイメージアップとしてそれぞれが考え独自に設置を行っています。作成に当たっては業者独自で作るものもありますし、工事のみならず淀川に関わる内容等の場合には出張所と相談しながら看板の内容を考え設置を行うこともあります。そのため、工事開始から看板設置までにタイムラグが起こる場合もあります。当工事に関しては元々作成する方向で進めていましたが、設置までに時間がかかってしまいました。モニター報告の中で“わかりやすい”等のご意見を頂いたことは施工業者・出張所として非常に嬉しい限りです。今後の工事についても施工業者と調整しながら設置していきたいと思います。
アンケート箱の設置については施工業者独自の取り組みです。モニター報告でいただいた“良い方法である”というご意見については施工業者に伝えております。施工業者からは“励みになります“とのことでした。 塚本の排水塔の前のフェンスについては、緊急河川敷道路を通すため埋設施設の保護として覆工板等を設置する工事を行うために設置したものです。ご意見を踏まえ今後検討したいと思います。

・塚本抽水所排水口に関する5/21の報告について
お電話で情報をいただいたので巡回確認しました。水質検査も行いましたが、特段問題点はありませんでした。当箇所は釣り人の多い箇所ですので、リリースした魚の死骸かと思われます。

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6月  
通報

【6月1日モニター報告】
久しぶりに気持ちのよい晴れである。川も緑も生き生きとしているようである。淀川の工事も様々なものが入りだした。塚本のフェンスにはがれきの山を崩す機械が入り、塚本ポンプ場の排水塔の穴も大きくなっている。その上、今日は新北野の船着場にクレーン車が入っている。さらに堤防工事、木川の堤防にはフェンスで囲まれた所があり、西中島では水路の工事とわずか数キロの間に6つもの工事が入っている。いずれの工事もそれなりの理由があってやられているものである。しかし、説明のある所もない所もある。これだけいろいろあるのだから散歩の人や釣人が「なにをやっているのか」と思うのは当然であり堤防や水路のように一つひとつにわかりやすい説明板をつけることである。TVやマスコミで財源の負担をめぐって国と県のやりとりが話題になっている。これの解決に向けて国民の世論をつくることが重要だと思う。川を維持し住民の命と安全を守るために必要なことはやるべきである。例えば1カ所残る古い護岸(十三大橋〜木川)は昭和39年につくられたもので、すでに40年以上たっている。この堤防を改修するのは当然のことであり、そのための世論をつくることが必要だと思う。

【6月2日モニター報告】
6月の「大阪市政だより」に「大雨のときのご注意」として「身の周りの注意点」「アンダーパスの冠水について」の記事が掲載された。内容はともかくとてここ数年大阪市とのやりとりをしてそれなりに実りつつあるように感じる。今日はもう一つ同じ様な経験をした。十三摘み草苑へ行くと野草の刈り取りをやっていた。話を聞くと「ようやく秋のコスモスを植えることになった。春にはどうなるか心配だったがこれでまた皆さんに楽しんでもらえます」とうれしそうに語った。これも昨夏の講演会で河川環境財団大阪事務所長が突然「秋もコスモスはやめる」と発表したものである。春の菜の花、秋のコスモスとして長年地域の人に親しまれ、秋は河川公園を訪れる人が増え「コスモス効果」と言われていたものである。その事実を地域の人に話、秋のコスモスを継続するように財団に働きかけをするように頼んだ。わたし自信も財団にはTELをし継続するように依頼したりしたのが実ったものである。行政の側もいろいろな事を考えて施策をやっているがどんなことでも住民、利用者の合意―コンセンサスをとることが必要だと思う。

【6月2日モニター報告】
ここ2日間、天気が良いのに新北野の船着場付近の投げ釣りのメンバーがいなくなった。それに変わってNTTから十三バイパスにかけて落とし込みの手長エビが始まった。釣果を見ていると淀川大橋右岸ほどはない。声をかけると「小さいのを釣り上げた。石の間にでかいのを見つけたが逃がしてしまった。どんこを釣った。淀川大橋よりもこっちの方がよいという人もいる。やってみないとわからないな」と語った。西中島ではいつもの空き地を白い野犬2匹が占拠してにらんでいる。水路では水路の向こうにもこっちにも野犬が何匹も寝そべっており、人の動きを見張っている。この水路は6千万円の税金が使われる。多くのひとが「犬は水を泳ぐし水路なんて役に立つのか、ムダなことをやっている」と言っている。こういった意見にこたえていくためには実際に野犬がいなくなるように、水路を掘削することを契機に日常的な粘り強い対策をおこない、その成果をあげることである。住民はいろいろ言いながらを、どうなるのかを見守っているのが実際である。

【6月3日モニター報告】
JR塚本の上手も下手も投げ釣りのキビレねらいがいなくなってしまった。その変わり、淀川大橋右岸下、十三大橋〜NTTの石の間、海老江干潟のブロックの間をねらう手長エビ釣りが盛んになった。どこも5〜15pの手長エビがかかっている。海老江の干潟の4人に声をかけると「まだまだ小さい。フライにして食べるとおいしい」などと話してる間にどんどん釣れる「ヒゲがはえているだけに針がはずしにくい」とのこと。小さなシマアジもかかった。干潟ではバードウオッチングが1人「酉島から来ている。先日までJRの鉄橋の6番目に巣をつくっていたウヨウゲンボウをねらっていた。そこにいるのがコサギ。向こうがコアジサシにカルガモ」と色々と教えてくれた。さらにヨシの間にいて鳴声だけのコアジサシがエサをとっている写真を見せてくれた。彼は「少し前まではめずらしい渡りがいて多くバードウオッチングの人が来ていたが、よく見れば今でも色々な鳥が多く、ここが一番面白いのではないか」と言っている。

【6月4日モニター報告】
とうとう十三大橋左岸のヨシの中にカニを見つけることができた。これですべてでカニの姿を確認したが、昨年より時期的に遅いように思う。橋の下のヨシ原の潮だまりでは小ハゼが群れでグルグルと回っていた。これも今年初めてである。その後、右岸の堤防工事を見に行った「堤防補強工事」の説明板には「浸透浸食に対し堤防が危険(脆弱)であったと判断する区間については緊急に堤防補強工事をする」とあった。現在は川裏側のドレーン工の工事をやっている。堤防を削り道路側にブロックを積み、堤防とブロックの間に大き目の石を敷きつめている。このことによって堤防内にたまった水抜きをするのであろう。ここから道路の向こうにはNTTのビルやいくつかのMSがある。よく見ると1Fをカサ上げして建てたMSがある一方で、半地下式のMSがあり、ここが店になっている。また淀川消防署は堤防で何かあったら北野高校の3F以上に逃げるように言っているが北野高校はグランドも含め土台が1m前後カサ上げされ隣の新北野中学とは土台そのものの高さが違っている。堤防の強化を急ぐとともに「川と共に生きる」という点でMSや家を建てる時によく考えてみる必要がありそうだ。

【6月5日モニター報告】
雨の日の淀川も面白い。それぞれの草たちがまるで生き返ったような感じがする。堤防沿いの道路ではムラサキ、青、赤などのアジサイが咲き、ビワが色づいている。河川敷で元気なのはツバメとムクドリである。とりわけはツバメはエサを集めるため低空をいきおいよく飛んでいる。ツバメ通りの巣を見にいくと5羽の太ったツバメの子が顔をのぞかせている。この子たちのエサを集めるのに必死なのであろう。今日はうれしいことがある。昼から家で寝ていると2ヶ月前に河川敷で声をかけたホームレスの人が西成から会いに来てくれた。彼は「現在は西成の施設に入り生活保護を受けて、病院に通っている」「あの時、声をかけてもらえなかったらどうなっていたかわからない」「本当にありがたかった」と言っている。現在でも右岸の十三バイパス下のコンクリ護岸、大淀野草園のベンチなどで寝ている人がおり、これら人もどうなるかと思う。

【6月6日モニター報告】
夜になると河川敷からパンパンと音が聞こえるようになった。朝、河川敷にを歩くと花火のあとがあちこちにある。昨年の夏には塚本の船着場の船小屋と十三大橋下手のゴミの不法投棄の山が何回か放火され消防車も入り、付近住民に不安をあたえることになった。この問題については河川事務所、大阪市環境局、淀川消防署などにいろいろな角度から要望をしてきた。その結果、十三大橋の下手のゴミ、十三バイパス下のゴミの不法投棄が大阪市環境局東北事業所の回収コースに入り、定期回収されるようになりそうだ。このことにより上手からJR塚本までの間の不法投棄は堤防工事とかさねると十三大橋の下、1カ所だけになる。これはこれでどうするか考えてみる必要はありそうだ。国、府、市とそれぞれ、役割や分担はあるが、共通しているのは住民のいのちと安全を守ることである。この立場からお互いにできることで協力しあう体制、信頼関係をつくっていくことが重要ではないかと思う。今回の十三大橋のたもとの不法投棄の回収にしても、住民から見れば、国でも市でも誰がやっても同じことで、河川敷がきれいになることは良いことであり、夏にかけて放火の元がなくなることである。

【6月7日モニター報告】
今日は淀川講座に参加した。小俣河川事務所長のあいさつは−安全な川にしたい、川をよくしたいはみんなの思いだ。公務員を軸に川と住民、地域と川の橋わたしをしたいとの主旨であった。宮本博司さんの話は川の実際を出発にし、実際にあった対策をとることを強調、その上で、この取り組みに国交省に反対していると思われている宮本自身がきていることが淀川事務所の最大の魅力であると言ったが、小俣所長のあいさつとかみあって面白い。昼からの淀川のなりたちと淀川探訪は、淀川と人とのかかわり−淀川と人が共生してきたことを伝えたかったと思われるが、もう一つポイントが定まっていないように思う。河川レンジャーについてはその活動の模索と実践はわかる。しかし、活動の目的を行政と住民の橋わたしに置いているが、行政がいわゆる「ダムが先か、堤防が先か」となった時にレンジャーとしての主体制をどう確保されるかわからない。そういった点でレンジャーそのもののあり方が問われているのではないか。

【6月8日モニター報告】
河川敷には昨日、一昨日の宴の跡があちこちに残っている。バーベキューをした黒コゲの隣にビールの空缶、ペットボトル、焼肉用のアミなどが放置されている。花火をやった残りも散乱している。十三大橋のたもともまたゴミがたまりだした。粘り強い取り組みになりそうだ。久しぶりに投げ釣りが2人。声をかけると「釣れないのわかっているが来てしまった。クラゲのコツンコツンというあたりだけ」「大潮でこんなに水がにごっていてはダメだわな」「みんな釣れないのがわかっているから来ないのだろう」「もう少しするとハゼが始まるがハゼは誰でも釣れるからやる気がしない」「暑くなるし少し休むかな」とのこと。淀川の釣人もキビレねらいはキビレ、ボラはボラ、ウナギはウナギ、ハゼはハゼ、手長エビは手長エビ、サヨリはサヨリと好みが違っており、それぞれが主張しあっているのは面白い。

【6月9日モニター報告】
本日、梅雨入りした。梅雨入りの前を麦秋といって麦など春に穂をつける植物がある。河川敷には様々な穂をつけた植物があり、これを採って前衛書道家に持っていった。木川の堤防の前は空地のままである。工事の時には、ここには外来種を駆除して日本原産の植物がはえるとの看板があったが、いつになったらそうなるのであろうか。隣の十三摘み草苑には「河川公園に花と緑を 美しく楽しい草苑に」との看板があるが、看板に偽りありということか。西中島の水路づくりを見てまわった。水路の向うのヨシの間にも水が入っているのがよく分かる。また水路の向うにホームレスがいる所はまだ水路には手をつけていない。この水路の目的に野犬対策もあるが、もう一つに「汽水域(ヨシ等の環境)保全を維持する」ことがある。工事の外からヨシ原を見ると、もともとこのヨシ原に入る人はホームレス、ヨシを刈る業者とわたしのような物好きな人間しかなく、六千万円もの費用をかけて汽水域を保全するために水路をつくる必要があったのか疑問に思えてくる。

【6月10日モニター報告】
朝から雨がシトシトと降り続いている。堤防にあがると梅田のビル群がかすんで見える。東三国から来ている人に会い、いっしょに歩いた。彼は「府営住宅に住んでいるが耐震性がないということで、建て替えでなく取り壊されようとしている。かわりの家を紹介すると言っている」「40年間、住んできた所で子どもはここで生まれ育った。何だかふるさとがなくなるような感じだ」と言う。そこで思い出したのが十三公園にある「中津第三尋常小学校、成小路国民小学校の記念碑」である。成小路村は新淀川の開削で半分以上を失い小学校は戦争で全焼してなくなった。碑には「ああ時移り、いま昔の母校をしのぶ物は何一つない都会に育ったわれわれにとって幼い日の母校は心のふるさとである」とある。「うさぎおいしかの山、小ブナつりしかの川」のふるさとである。淀川がそんなふるさとになるようになってほしいと願っている。

【6月11日モニター報告】
梅雨の中休みという感じである。堤防にあがるとグランドは水浸しである。投げ釣りが1人「今日はオレ1人や。確率10割や。エサトリがおおい。ハゼがとっているのであろうがあたりはほとんどない。コチョコチョしよるだけや」とのこと。満潮が近く下手から上手に流れ、潮の香を運んできている。昨日の「朝日」に「淀川流域委休止の危機」「近畿整備局8月任期後任選ばず」の記事が載っていた。淀川にはいろいろな人のいろいろな思いがある。また河川を整備するにしても上流、中流、下流の矛盾は絶えずつきまとうものである。そうした中での現実の河川整備であるだけにより多くの人の意見を聞けるようにしておくことだ。先日の淀川河川事務所の淀川講座との違いを感じる。河川を整備にあたっていろいろな人の意見を聞くために淀川流域委員会を残しておくことだ。

【6月12日モニター報告】
淀川右岸川表の道路を歩いていると姫島1丁目付近で男性から声をかけられた。「ここだけ雑草の刈り取りがやられてない。何とかならないのか」とのこと。調べてみると、この部分のみ大阪市の管理とのこと。市民から見れば淀川の一続きの堤防である。その中に国と市の管理があることなど分かるはずがない。「草を刈るならいっしょにやってもらいたい」は当たり前の要望である。淀川の中にはこういったものがいくつもある。何とか統一的な管理をしてもらいたい。海老江の船着場の前に大きな台船があるのでなぜだろうと思っていた。今日は作業の人がいたので声をかけた。「淀川大橋の下に架かっている電線をはずしている。その電線は大正15年のものもある」とのこと。大正15年と言えば淀川大橋ができた時で、それがまだ残っているのかと思う。また彼は「ここは干満の差が1mもあり苦労している。先日は小船が浅瀬に乗り上げてしまった。船着場でキビレをつったりハゼの子が泳ぎボラもはねているし、シジミを取りに来る親子もいる。大阪にこんな自然があるとは思ってもみなかった」と語っている。彼も淀川の工事にきて淀川のとりこになりそうだ。

【6月13日モニター報告】
今月の「歴史散歩」は参加者は15人。鯨橋、小松地域の専念寺、瑞松寺、松山神社を案内し、神崎川の堤防にあげ一津屋の水門をめざした。神崎川では対岸に神戸市や尼崎市の取水口があり「こんな汚い水を飲むのか」と言っていたが、工業用水用と分かりホッとしていた。さらに淀川につき神崎川の堤防と淀川の堤防の高さの違い。一津屋水門からは淀川から神崎川に水が勢いよく流れていることなどを見てその高低差の違い、人が川とともに生きることが大変なことであることが分かってもらえたようだ。また、淀川には飲料水用の府営水道の取水口もあり「助かった」という顔をしたのは面白かった。淀川の堤防にあがり、視界が開け広い淀川の対岸の景色に、それまでの疲れも吹き飛んだようで次の江口の君堂をめざした。

【6月14日モニター報告】
伝法大橋から淀川大橋の間は人があまり入らず雑草をかきわけて進むと面白い。カニがガソゴソしたりバッタなどが飛び出してくる。右岸のブロックの間にはハゼねらいが1人、聞いて見ると「ハゼは5pぐらいになっている。ハシで口から入れて腹わたを抜いて食べる」とのこと。海老江の干潟では潮だまりでボラが何回もジャンプしている。ここは手長エビ釣りが6人、それぞれ15pぐらいのを10匹以上採っている。大淀野草園の三つの池はすべて干上がっている。ここにいたザリガニや水スマシは一体どこへ消えたのであろうか。十三大橋から長柄大橋の間のヨシ原でもカニが動くのが見えるようになってきた。長柄大橋を渡って右岸の下ではまた手長エビである。柴島干潟では夫婦でシジミ採り、新北野の船着場ではキビレねらいの投げ釣りである。わずか10kmたらずの淀川の両岸で実にいろいろな釣りを楽しんでいる。この豊かな自然をもっと多くの人に知ってもらいたいものである。

【6月15日モニター報告】
梅雨に入ったが朝は風があって涼しく気持ちがよい。釣人も朝の4時、5時にきて8時ぐらいには引き上げる。めずらしくJR塚本下手に投げ釣りが入っている。ヒモに結びつけたキビレが5枚「ここ3日ばかりはよく釣れる。釣れたり釣れなかったりが面白い」「小船がハエ縄を入れていった。ウナギでもとるのだろう。もう少し沖に入れてくれるとによいのに」「キビレを食べる人もいるが真黒なヘドロを見たらとてもそんな気にならないな」「カニがでてこないのでエビでキビレをやっている」「今は手長エビがよいが今日はキビレがよい」などワイワイガヤガヤ。十三摘み草苑では堆肥を入れている。「今年は毛馬も太子橋も大日も減らされた。ここだけでもコスモスが残って助かっている。コスモスをやめたらセイタカアワダチソウ、ミナダレスズメノカヤがはえるだけなのに、何を考えているのだろうか」と業者は言っている「川を川にもどす」のはよいがコスモスをやめるのではなく、河川敷のゴルフ場に一番最初に手をつけることだ。ここに手をつけてこそ「川を川にもどす」ことができると思う。

【6月16日モニター報告】
朝の淀川の堤防は風があり涼しくて気持ちがよい。今日はその後「水害に強いまちづくりを考える会」で開いた「大阪市出前講座」の記録報告集を持って地元の自治会長や役員をまわった。どこでも「わざわざ報告に来てもらって」「よいことなので続けていってもらいたい」「前回は参加できなかったが次回は参加させてもらう」など期待の大きさを感じた。昨年、浸水したIさん宅にも寄った。Iさんは「ここは淀川堤防沿いであること、家が少し道路より低く雨水が集中するので3回も水に浸かった」「大阪市とも話し合いをして側溝にカベをつくって家に水が入らないようにしてくれたが、まだ実際にどうなるか。ポンプ場に人がいなくなったのですぐ来てくれる人もいなくなった」と語っている。側溝にはコンクリートで高さ50pぐらいのカベがつくられているが集中豪雨の時に持つのであろうかと思う。住民のいのちと安全を守るために粘り強い取り組みをやっていくしかないのであろう。

【6月17日モニター報告】
淀川大橋から十三大橋間の不法投棄の山が処理されていた。投げ釣りの人も「きれいになってよくなった。夜、花火をやる若者も増えてきた。昨年のように何回も火事騒ぎにならんようにすることやな」と語っている。JR塚本下手では小船が3隻、腰まで水に浸かってシジミ取りをしている。投げ釣りのオモリには真黒なヘドロがついている。ちょうどその位置でのシジミ取りであり、今日食べても体に影響ないであろうが将来どうなるのかは判らない。基本的には何とかして川の中ほどのヘドロを取り除くことだ。JR塚本下では久しぶりにスコップでゴカイを取っている男性にあった。彼は「このゴカイで小さいハゼを釣る。秋の大きくなったハゼより今のハゼが一番うまいと思う。フライにするが小さいので骨が気にならないのが良い」とうれしそうに語っている。この季節、淀川で元気な鳥は川の中のカワウで水にもぐってしきりにエサをとっている。河川敷ではツバメがスイスイという感じで飛び交っている。これも淀川散歩の楽しみの一つである。

【6月18日モニター報告】
朝は涼しいが9時すぎると熱くなってくる。釣り人も朝早くきて8時9時には帰っていく。今日はいつもは長柄橋で手長エビをやっている男性が十三大橋でハゼをやっていた。彼は「長柄でやりたいがホームレスが声をかけてくるのでこちらに来た」「ハゼはわしは食べないが友達にやる」「長柄の耐震工事を見てきたが、あの時の真黒な水を見たら、とても食べる気はしない」と言っている。先日は投げ釣りのオモリのヘドロも見せてもらった。平成9年に改正河川法ができて、それ以来淀川の自然は様々な形で急速に回復しつつあるように思う。しかし、一番の問題は淀川の真中部分に残っている真黒なヘドロをどうするかであろう。それと河川敷に持ち込まれるゴミであろう。昨日、不法投棄を処理をしただけにブルーシートに囲れたガラクタが目立つ。NTT、バイパス、新北野船着場などには宴会用具さえシートの中に入っている。塚本ポンプ場の排水口には少年野球の球よけのシートがそのままほったらかしである。どちらも人間の行為である。「やる気」になれば改善は充分に可能なことではないかと思う。

【6月18日モニター報告】
本日、4月分のモニターがホームページに掲載されたので自宅に文書が届いた。よく見ると4月29日の第223回モニターがカットされている。これまではモニターの文章に訂正があれば事前に連絡があったが今回はそういったことは一切ない。モニターを求めながら理由もつげずにカットすることは許されないことだ。内容は内水氾濫について大阪市出前講座を開いたものである。考えて見ると淀川とは関係がないと判断したものと思われる。先日の淀川講座では小俣淀川河川事務所長は「人・地域と川の橋わたしをしたい」旨のあいさつをした。「人・地域と川」のことを考えるのであれば淀川も神崎川も、それに囲れた地域も一体のものであるし、過去の洪水に悩まされてきた歴史もそうであるし、現在も淀川をきれいにしようと思えば、大阪市が下水を合流式から分流式にかえることが求められており、まさに一体のものである。先日、訪問した昨年の集中豪雨で浸水した塚本のIさん宅も根本の原因は家が道路より一段低い所にあることだが、淀川の堤防沿いにあり堤防には雨水を道路に流す側溝が掘られ、豪雨の時は影響があると思われる。淀川の管理は国、神崎川は大阪府、その内側は大阪市である。住民から見れば浸水、水害から命を守るためには三者が一つになりそれに住民が参加してやるのは当たり前のことである。そういった意味で「水害に強いまちづくりを考える会」をつくったものである。今回のことを通して感じることは「国は淀川だけを見ておればよい」という狭い考え方である。琵琶湖、淀川水系について語られることが多い。本当にこの広い地域で安全で自然豊かな住みやすいまちをつくっていくために淀川にかかわる行政としてもっと広い視野にたってもらいたい。それでこそ「人・地域と川の橋わたし」ができるのではないだろうか。

【6月19日モニター報告】
今日は朝からあついが、堤防の緑が目にやさしく、堤防の上は風があって心地よい。 JR塚本の下手には今日も小船が入り胸まで水に浸かってシジミ取りをしている。海老江の干潟は行く度に姿を変えている。狭い潮だまりの中でボラが何回もジャンプしている。釣人は3人、声をかけると「手長エビをねらっているが今日は釣れへん。潮が低いとあかん」「こまんまいハゼが一つだけや。もうあついので影のある橋の下に行く」とのこと。川の中は赤クラゲが多い。小ハゼがスイスイと泳ぎ、岸の岩の間をカニがウロつきだした。カラスがボラの死がいを持てあましているのも面白い。海老江の船着場にはキビレねらいの投げ釣りが8人。声をかけると釣果は今一つ。しかし、潮だまりを見ると何か大きな魚が泳いでいる。よく見るとキビレが2匹入ってきている。本流に投げてダメなものが隣の潮だまりに泳いでいるのは面白いものである。

【6月20日モニター報告】
今日は嫌な物を見た。左岸側でも女性が野犬にエサを与えている姿だ。犬を無責任に河川敷に捨てるのも問題だが、かわいそうだからと毎日野犬にエサを与えるのはやめてもらいたい。大淀の干潟づくりも、行く度に土が崩れてどんなに変化していくのが楽しみである。盛土の上にはすでに緑がいっぱいであり、サギが2羽住みついている。心配なのは野草園の中にある3つの池である。3つとも水がなく池が干からびており、池の中のヨシにも元気が感じられない。春にはザリガニの子どもがいっぱいいたがどこへいってしまったのであろうか。ミミズもカニもあつさのため干からびている。JRのたもとではバードウオッチングが6人。カメラをあっちに向けたりこっちに向けたり大忙しである。声をかけると「鉄橋の上に巣をつくっていたチョウゲンボウがヒナをかえし、子どもが飛び回っている」とのこと。毎日毎日あきずに淀川を歩いているが豊かな自然の変化があり、様々な人と人とのつながりがあって楽しい散歩になっている。

【6月21日モニター報告】
早朝に少し雨が降った。昨日「毎日」の夕刊に6月の大阪の降雨は例年の1/4とあったがこの雨で大淀野草園の池の干からびはどうなっているのか思いながら西中島の水路づくりを見にいった。案の定、今日は工事をやってないので水路の向うにもこちら側にも野犬がのさばっている。この水路は(1)ヨシの保全と(2)野犬対策のためつくられるものとの説明板もあるが釣人、散歩する人、ホームレスも「あんなムダなことをやって水路が野犬対策になるわけがない」と言われているものである。「ムダな公共事業」との思いを払拭するためには実際に野犬対策で目に見えた効果をあげることだ。釣人や散歩の人ならば、これまでに何回も野犬に追いまわされた経験を持っている。ここでの明確な対策がとられるならば住民との信頼関係が高まってくることだろう。そのためには野犬対策に直接責任を負う大阪市の役割が決定的だ。野犬対策として水路をつくるのは全国初めての試みで上手くいく場合もあるしそうでない場合もある。そのために住民不信をかっている。これを取り除くためには河川事務所と大阪市の粘り強い取り組みが必要だが住民の信頼をつくるためには途中経過も含めて住民に情報を公開していくことだ。このことを工夫してもらいたい。

【6月22日モニター報告】
早朝の雷が鳴り大雨の降る中、塚本の堤防にあがった。昨年、浸水して堤防沿いのIさん宅に堤防に降った雨水がどんな影響が出るか見るためだ。Iさんの前の堤防はJR塚本近くですべてをコンクリートで固められ、その雨水は堤防の中ほどから掘られた側溝から道路に流される。思っていた通り川裏側の道路に堤防に落ちた雨水が勢いよく流れている昨年I宅は住宅側と堤防側の雨水が一気に流れこんだものと思われる。I宅の浸水を解消するためには住宅側の改善と堤防側の改善が求められており、現場を見て早急に検討してもらいたい。堤防の雨水がどうなるかと見ると基本は土にしみこむようである。その後、堤防上を歩いて見るとNTTのパイプの下、現在川裏を工事をしている所は、やはりコンクリートへの雨水とここは少し低くなっているため左右のアスファルト道路の雨水が流れ込み、それをビニール管で道路に直接流している。ここは道路巾が広いからよいが、堤防の雨水に対する構造上の問題があるように思う。この対策も検討することが必要だ。

【6月23日モニター報告】
一昨日来の断続的な雨で干からびた大淀野草園の「水深80p」の3つの池を見にいった。3つの池とも、しめりを持った程度で水は全くない。春にはたくさんいたザリガニの子どもをどうしたのであろうか。わたし以外にも1人心配そうに池をみている男性がいるので声をかけた「こんなに池が干からびるのはこれまでになかった。76歳だが子どもの頃は、この辺には『たまり』と言われた池がいくつもあり、そこで魚や貝をとったりして遊んだ。親からは本流にいくなときつく言われていた。淀川もいろんな事情があって変わってきているが、子どもの頃の淀川がなつかしい」とのこと。池の水はもどらなかったが恵みの雨であったようで草は生気を取り戻している。カニもあっちへウロウロこっちにウロウロしている。アリにおそわれて口から白いアワを出しているカニもいる。よく見て歩くと道端に小さなキノコが2つ。キノコを見つけたのは今年初めてである。いずれにしても、ここ数年来の異常気象は人間がつくりだしたものであるが、その影響が確実に淀川の中にあらわれているように思う。

【6月24日モニター報告】
昨夜も雨が降り、雨上がりの中、堤防上は風があって涼しい。後から「おーい」と声をかけてくるので振り向くといつも釣人であった。彼は「今日は誰も来てないな。雨上がりは河川敷には入らん。入ったら自転車がドロドロになってしまう」「オレは釣れた魚は食べん。いくら淀川がきれいになったと言ってもオモリについた真黒なヘドロを見たら食べる気がしない」とのこと。ヘドロについては長柄橋でも十三大橋でも淀川大橋でも伝法大橋でも聞く。淀川河川事務所の取り組みで自然の回復がある一方で、このヘドロをなくすことが淀川最下流部の自然回復の指標ではないかと思う。バイパス下の堤防工事ではフェンスをはずしているので声をかけた「ここにアスファルトを引いて川裏の工事は終わる。ここに流れてくる雨水は道路にたれ流し」とのこと。やはり雨水の川裏側への処理は問題がありそうだ。さらに彼は「うちは西中島の水路もやっている。いろいろ意見をもらっているがホームレスとの関係で設計の変更と7月末の期日が伸びるらしい」と言っている。もう一度、この間の危惧を確かめにいく必要がありそうだ。堤防上の草むらの中からジージージーと虫の声が聞こえるようになった。干からびていたミミズも元気をとりもどし動いている。雨とは不思議なもので自然を生きかえさせる力を持っている。

【6月25日モニター報告】
十三大橋から長柄大橋の左岸のヨシ原の状況を見たくて歩き出した。十三大橋右岸の水際のホームレスがハトにエサをやっている。よく見るとカモが二羽。ホームレスは「エサをやり出したらカモがいついてしまった」とのこと。チャボを飼っているホームレスにカモを飼っているホームレスと面白いものである。十三大橋左岸のヨシの間に水が入っており、橋の上からも小魚がグルグル回っているのが見える。左岸堤防のヨシは人が来ないだけにジット見ていると面白い。堤防にいるカニがあわてて逃げていったり、よく見ると小さなカメもヨシの間を動いている。中津川運河の側の草むらを見て歩くと3種類のキノコがはえていた。また、昨日から聞こえ出したジージージーという虫の声もこちらの方が大きい。この地域は河川敷がなく、人が入らないだけに右岸よりも豊かな自然が残されている。ここ数日の雨でカニが元気になり、虫の声が聞こえ、キノコもはえだしている。人間の歴史は川と水との歴史であるが、人が生きていくうえでの雨・水の重要性を改めて感じる。

【6月26日モニター報告】
日中はムシムシと熱いが、朝晩は涼しい。この涼しく草が朝つゆにぬれている間に淀川散歩をするのがコツである。散歩の人も心得たもので朝早くから堤防を歩いており「おはようございます」の一声は気持ちがよい。人間とは不思議なもので「おはようございます」の声をかけられて嫌がる人はほとんどいない。あの広い河川敷を歩いてきたのであろうか。カニが堤防の上まで来てウロウロしているのを初めて見た。NTTの川裏側の工事が終わりフェンスをはずしているので「フェンスに張ってある工事の説明板がほしい」と言うと「これは苦労してつくったんです。説明板を見ている人も多く、役に立っているのがわかる。秋の工事の時にも出したい」「西中島の水路もうちがやっているがホームレスの関係で設計の変更と期日がのびるようだ。」「NTTの裏の雨水は道路へたれ流しになっている。設計の段階で雨水をどうするか工夫がいるように思う」「住民の人たちに喜んでもらえる仕事をしたい」などと語り、秋の川表側の工事で再開することを約束してわかれた。

【6月27日モニター報告】
サロン西淀川で河川公園海老江地区のバーベキューの取り組みがあった。バーベキューができるまで「近くを案内しろ」ということなので10数人をつれて淀川大橋の下を腰をかがめてくぐり、海老江の干潟をまわった。淀川大橋付近では50pほどのボラがいたり釣人の小ハゼ、手長エビ、キビレを見せてもらった。干潟ではサギが2羽エサをとっている姿を見て「こんな淀川が自然があるとは知らなかった」「子どもをつれてシジミとりにきたい」「大野のカラー道路にはいくが淀川へは初めてきた」「7〜8年前に入れた土がこんなになるとは思ってなかった」「いつも橋の上から何かあるなと思って通りすがりに見ていただけだったが、実際に来るとずいぶん違っている。」などの声が出た。その後、バーベキューにもどり、食べながら海老江のことが話題に。「昔、15〜16年間、海老江に住んでいた。八坂神社、羽間家、西村家、たかの巳社など古い物が残っている。一度ゆっくり見てみたい」と別の日に海老江地区の「歴史散歩」をすることになった。

【6月28日モニター報告】
昨日の真夏なみの暑さから、今日はくもりで風があって涼しい。JR塚本下手の砂地では親子連れでいっぱいである。親は子ハゼ釣りに熱中しているが子どもらはシジミとりとカニをつかまえて歓声をあげている。子どもたちが成長した時に淀川はどんな川になっているのであろうか。いつもの釣人は十三バイパスの下の日陰に集中している。投げ釣に手長エビをやっている。手長エビの仕かけにウナギがかかり困っている。彼らは「エビをえさにタイをねらっているがエサ取りばかりや」「昔は堤防の所まで水がきていた。父親が伝馬船で釣りにいき、釣れた魚を船の中で焼いて食べた。そんな淀川になってほしい」「そうやな。大分きれいになったが子どもたちの心のふるさとになるような淀川になってほしいな」などと、どんな淀川にするかの談義になった。高齢者の淀川の思い出は自然が豊かな淀川であり、昔なつかしい淀川である。そんな川をめざして淀川を整備してもらいたい。

【6月29日モニター報告】
矢倉海岸から歩きだした。矢倉では釣人は7人、キビレをねらっているが「釣れるかどうかは魚に聞いてくれ」とうまくいかないらしい。矢倉は「大阪唯一の自然海岸」を売りにしているが、人工的に造成されており、自然海岸と言えば自然海岸だが面白みがない。伝法大橋から淀川大橋までは人が入らないので背丈より高い草むらをかきわけて進む。カニがゴソゴソとあわてて動いている。虫もあわてて飛びだしてくる。ジージージーの虫の声とギリギリギリ、フィフィフィ、チュチュチュ、チッチッチッなど鳥の声が聞こえ面白い。途中ブロックの間で小ハゼ釣りが1人「小ハゼはフライにするとおいしいよ。ブロックの間にたくさんいる。しかし、カニがかかって困るよ」と言っている。淀川大橋から十三大橋は若者の宴、花火やバーベキューのゴミが放置されたままになっている。困ったものである。十三大橋のたもとの工事のフェンスがなくなったので道路の両側「ゴミ捨禁止」「不法投棄は犯罪です監視カメラ作動中」の2つの看板にゴミの山ができている。今日はもう1つ山があるのでよく見ると「6月28日千里国際ガクエンPIATAZZIO」の張紙があった。昨日、高校生たちがボランティアで集めたゴミであろう。ゴミを集める高校生がいる一方で夜中に花火をやりバーベキューのゴミを放置していく若者もいる。この問題はどうすれば解決するのであろうか。

【6月30日モニター報告】
西中島の水路の設計を変更するとの情報があり、雨の中、西中島に向かった。途中、草むらをかきわけてヨシ原におりるとカモの親子が8羽、親のあとを追っている子ガモが泳いでいる。白いサギ、白黒のサギも雨で人が来ないためかのんびりとしている。西中島の水路を見て回った。予定通り工事が進んでいるように思える。途中に「安全マップ」は張ってあり、それを見るとJR東海道の上手の水路がない。ここが一番野犬がおり、ここに水路が掘られないということは野犬対策の困難さを感じる。野犬対策に責任を負う大阪市は「水路ができても野犬対策はこれまで通り」と言っている。「これまで通り」ならば何のために水路をつくったかわからない。国と市と協議をして水路を機に目に見える形での野犬対策をとってもらいたい。柴島干潟にも寄った。いく度に姿が変わっており楽しい所だ。いつからこうなったのか知りたくて毛馬出張所へ電話すると平成15年とのこと。わずか6年でこんなに豊かな自然が回復するとは淀川―自然の力の偉大さを感じる。今年、土を入れた大淀の干潟づくりもこのテンポでいけば、わたしの予測よりも早くできるのであろう。楽しみなことである。

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処置

こんにちは、稲垣さん。今月も熱心なモニター活動ありがとうございます。今年の梅雨は雨が少なく、暑い日がつづきますね。気温の変化に伴い様々な生物が姿を見せたり、また姿を隠したりする日々の川の変化がよく伝わってきました。
今回稲垣さんが疑問に思われたことについては、以下の通りです。

・汽水域の保全について
このヨシ原を日常的に利用する人はとても少ないですね。しかしこのヨシ原には特有の生態系があることが分かってきています。この貴重な自然環境を守ることには大きな意味があると思います。

・水路工事の変更について
水路の線形を変えた理由としては、当初の水路の位置と干潟の間に野犬が逃げ込むとそのまま逃げられてしまう可能性があるため干潟へ延ばした形に変更を行いました。
干潟の端部から水路端部まで、3.00 m程度の離隔をとっています。干潟の環境が変わらないように水路の水が直接入らないようにしています。また、干満の影響によって干潟端部の位置は多少変わりますが、野犬捕獲時には仮設フェンス2枚程度(3. 60m)で締切可能な計画としています。

また4月29日2回目の報告分を掲載できなかったことについては、故意に掲載しなかったのではなく、掲載予定だったものを誤って掲載できていなかったことが判明いたしました。判明後速やかに未掲載分を掲載させていただきました。戴いている報告をこちらのミスで掲載出来なかったことをお詫びし、掲載後に稲垣モニターには報告させていただきました。誠に申し訳ありませんでした。

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7月  
通報

【7月1日モニター報告】
 雨が降ると草花は一息つくようである。堤防にある白と青の朝顔、河川敷のシオギク、ウラギクなども生き生きとしている。今日はこの雨で大淀野草園の干からびた3つの池がどうなったかを見にいった。十三大橋左岸下のヨシの間では泥がまっているように小ハゼの群れがグルグル回っている。河川敷のグランドの隅に70〜80pのヘビが首をあげてこちらをにらんでいる。野草園の池は3つとも水がもどっている。水の中を見るとゲンゴロウが体をくねらせて泳ぎ、ザリガニもいる。ジージージー、キーキーキーの虫の声、ゲロゲロとかゴーというカエルの声、チュッチュッチュッ、キッキッキッ、チリチリチリの鳥の声が同時に聞こえ面白い。トンボ、モンシロチョウ、ハゲハチョウ、コガネムシ、ハチも飛んでいる。さらにカニがウロウロし堤防の所までいっている。ミミズも元気を取り戻しクネクネと動いている。池に水が戻るとともにこの自然の変化には雨・水の力を感じる。今日は大淀の干潟に西中島の水路の土を入れさらに大規模なものにする話を聞いた。柴島干潟が6年前、海老江干潟が8年前に造成したものである。干潟には実に豊かな自然が回復している。自然を回復する努力もすごいが、短期間で変化させる川の力もすごい。それぞれの干潟に、干潟を造成した目的、経過、その後の変化などの説明板などがあれば淀川が身近なものになると思う。

【7月2日モニター報告】
 今日も雨あがりで雲がどんよりとたれ下がり肌寒いぐらいである。十三大橋から淀川大橋の間のゴミの不法投棄の山がすべてなくなっていた。この山は暑くなり、くさい臭いがしたり、ウジがわいていたりしていたので気持ちがよい。さらに今日は、JR塚本付近で男性が手袋をはめてゴミを集めていた。話を聞くと「川沿いのD社に勤めている。毎朝、全員で会社の周りの清掃をする。堤防がきれいになったので週1回河川敷のゴミも拾うようにしている。花火の残りかすが増えている」とのこと。各所にある自治会の掲示板にも「放火ゆるさず/放火のないまちづくり/淀川消防署」のポスターが目立つようになってきた。すでに大淀野草園で枯草に火をつけられて黒コゲになっている所が2カ所ある。昨年のような連続放火をなくし気持ちよい淀川をつくっていくために、不法投棄のゴミの回収をすることだ。それとともに先日の千里国際学園や今日の会社のようにボランティアを増やすことだ。また、行政としてゴミの回収機構を持っているのは大阪市であり、この大阪市の力とノウハウを何とか淀川の河川敷に引っ張り出すことができないかと思う。

【7月3日モニター報告】
 今日は曇りですずしい朝である。十三西交差点角のT建設は今年も笹を2本おいて道行く人に好きなことを短冊に書いてもらう粋なはからいをしている。堤防では虫の声が一層大きくなり、鳥の声とまじっている。右岸から左岸の大淀にクレーン車があるので見にいった。十三大橋左岸のヨシの間は小ハゼが相変わらずグルグル回っている。現場に行くと「河川工事中、福島管内右岸補修工事」の看板である。ここは右岸ではなく左岸である。早速、現場の職員に声をかけた。彼らは「西中島の水路の土を入れ今のT字型の間に干潮時で水に浸るぐらいの高さにする」とのこと。「柴島や海老江の干潟のようになるもので住民は楽しみにしている。対岸の堤防工事では『淀川の楽しみ』など工夫をした説明板をおいて住民に喜ばれている。ここでも工夫した説明板を設置してほしい」と要請した。彼らは「塚本も同僚がいろいろ考えていた。ここも上司と相談して考えてみたい。西中島の方にもわかるように設置していきたい」とのこと。淀川の自然の回復という良い事をするのだから住民の理解を得れるようにすることは重要だ。

【7月4日モニター報告】
 淀川大橋を渡って海老江の干潟を見にいった。淀川大橋左岸に青い「水防訓練」ののぼりがたててある。よく見ると7月5日に防潮扉を開閉する訓練をするためのものである。この訓練は高潮の時に水害にあわないように、わたしたちの生命と財産を守るためにやるもので頑張ってもらいたい。以前に大正区で台風時にたくさんある防潮扉のうち一つだけ閉め忘れ、水浸しになった話を聞いているだけに、なおさらである。淀川大橋左岸下にはまた新しい花たばが一つ、今年で2回目である。またここで悲しいことがあったのであろう。海老江の干潟では小ハゼ釣り、手長エビ釣り、シジミ採りである。ギッギッギッ、ギョッギョッ、チリチリチリなどの鳥の声とともに、ジージージーの虫の声がまじり音楽をかなでているようで楽しくなってくる。さらに足下ではカニがあちこちでゴソゴソしブロックの上ではフナムシがかけ回っている。シロツメグサに変わりピンクの小さな花がきれいである。バッタ、トンボにチョウなどが飛びかい、毎回豊かな自然を感じる。淀川は70年代、80年代にはヘドロのためにハゼの背骨が曲がるなど一度死んだ川になっている。それがここ10年ほどの努力でここまで回復するとは淀川の自然の力の大きさを感じる。

【7月5日モニター報告】
 近所の人が「西中島のヨシ原を一度見たい」と言うのでいっしょに歩いた。草むらをわけて西中島の水際へ、サギが雄々とエサをあさり、相変わらずカモの親子が仲よく泳いでいる。水の中には小ハゼが泳ぎ、キーキーキー、ギュッギュッギュッ、チリチリチリなどいくつもの鳥の鳴声がする。その後、西中島の水路工事の現場に行った。「水路変更、工期変更のお知らせ」がだされていた。これはこれでよいが野犬がフェンスの外、フェンスの内、水路の外、内と10数匹がおり一匹がワンワンとほえだすと全匹がほえだし、彼は前に進めなくなった。彼は「西中島のヨシ原の再生は本当に素晴らしい。水路はとても野犬対策になるとは思われないし、素晴らしいヨシ原と人間を切り離すことがヨシ原の保全―淀川の自然の回復になるのかは疑問だ」と語っている。その後は右岸水防組合議会議員のSさんに会った。彼は午前1時から水防訓練に参加しており「阪神西大阪線の鉄扉にいった。参加者は阪神の人を含めて20人、鉄扉を動かすのは水防団員で3人で手動で引っ張り出した。時間は3分ぐらい」と語っていた。

【7月6日モニター報告】
 夜明け前から雨がふっていたが、雨もやみどんよりとした雲がたれさがっている。生駒の山にも雲がたれ下がっている。その中で雲間から陽がさしてきて川面がキラキラ輝いている。堤防の上からは西中島のヨシの緑、水管橋の青、新御堂の緑、長柄橋の白の対比が見事である。その後は西中島の水路工事のフェンス沿いを歩いた。フェンスの外に野犬が一頭、ある一線に入るとワンワンと追立て、わが領地にように人を威嚇している。以前も戻ったようである。フェンスに新御堂とJRの水路の内側に掘った土を埋める図とともに「ヨシ原実験中。ヨシの上に土を盛ってヨシが生育するかを実験します」の説明板があった。近くを車で通った職員から話を聞いた。彼は「この水路の土にはヘドロが入っており、その処理に困っている。一部のきれいな土は大淀の干潟に持っていくが残ったものはヨシの上に盛る」とのこと。また「ヘドロはセメントを使って固める方法もあるが今回やってない」とも言っていた。水路の目的はヨシの保全と野犬対策である。水路の変更で野犬対策はあやしくなり、ヨシの上にヘドロを盛ることでヨシの保全もどうかと思う。現実は多くの住民が言うように「何のための工事か、ムダなことをやっている」のではないか。

【7月7日モニター報告】
 今日は朝からあつい。柴島干潟へいった。一週間ほどの間にずいぶん姿を変えていた。西中島と同様にキョッキョッキョッ、ギリギリ、チーチーチーなど鳥の声とジージージーなど虫の音がまじっている。足もとには小さなカニがウロウロしている。緑のヨシの間に茶色のガマの穂がいくつもある。この辺りは「蒲田」という地名があるぐらいだから昔はどこでもガマの穂は見られたのであるが、現在の淀川大堰から下流ではここだけである。ここには「河川区域内でのバイク走行禁止」の張紙があるが、そんなものはどこ吹く風と3人の若者がバイクを乗りまわしていた。家に帰ると前衛書道家からTELで「もらったヨシで書いた書が第56回毎日書道展の前衛の部で秀作に選ばれた。今日の毎日新聞に載っている」とのこと。早速、見てみると秀作賞に〈前衛書〉増田嘉川とあった。ヨシとは今冬に京都の古民家の屋根のふき替えのため西中島のヨシを刈っている業者と出会ったことから、ヨシ笛をつくったり、ヨシの穂をこの書道家にわたしたりしたのが始まりである。この穂で書いたものが認められるとは思ってもいなかったことである。

【7月8日モニター報告】
 朝一番、夜明け前の堤防にはカニがウロウロしている。広い河川敷を通り、よく堤防の上まできたと思う。淀川大橋の下には、すでに手長エビ釣りのいつもの男性がいる。声をかけると「淀川には4時前にくる。ここはバイクが沈んでおり、ここに手長エビが住んでおり、一番よい」とのこと。伝法大橋までは人の背丈ぐらいの草むらの中や水際に出たりとブラブラ散歩である。明るくなるとともにジージージーと虫の声とともに足もとでピョンピョンピョンとバッタが飛び出してくる。カニも水際だけでなく、草むらの中でガサゴソと動いている。伝法大橋では潮の香がして気持ちがよい。伝法水門近くで小船でウナギを獲っている。見ているとみるみる5匹10匹とあげている。声をかけると「ようやくウナギも大きくなってきた。シジミもやるがシジミもウナギも昨年と少し違っているように思う」とのこと。左岸の草むらを通って帰ったが右岸と同様にカニとバッタで面白い。水際ではサギが驚いて飛びだしたり、カワウが水にもぐって何かをとっている。わたしの散歩は淀川大堰までのわずか10kmほどであるが、それぞれに違った自然があって楽しいかぎりである。

【7月9日モニター報告】
 24節気では今日は「小暑」であり、これから暑さが日増しに強まってくる。その節気のごとく朝からムシ暑い日である。河川敷では1ヶ月先の平成花火大会の準備に入っている。右岸、淀川大橋の上手はフェンスが張られ前に進むことができない。少なくとも「ことわり」ぐらいだすのが常識であろう。花火大会と言えば何でもできると思う思い上がりが腹立たしい。福島出張所には「水辺にやすらぎ、心のゆとり―7月は河川愛護月間です」の横断幕がかけられている。花火大会をやる人たちは、この横断幕をどう見ているのであろうか。大淀野草園は一雨ごとに野草が生き生きとしてくるようだ。池には水はあるが油がういており、中に何がいるかわからない。池のヨシの間にツバメの幼鳥がはさまれて動けなくなりもがいている。その周りを親鳥が心配そうに飛んでいる。しばらく見ていたが抜け出すことはできない。野草園の中にガマの穂があるのを見つけた。柴島干潟に続いて2つ目である。これも淀川の自然回復の一つの証なのであろう。

【7月9日モニター報告】
 今日はもう一つ気にかかることがありJR東海から海老江まで中津川運河を歩いた。気にかかることは淀川右岸の堤防は順番に改修されているが、左岸一つもされていない。それがなぜかということである。JR東海からJR塚本までの堤防は川表はコンクリート、川裏が土、そこから海老江までは両側ともコンクリートである。右岸との大きな違いは中津川運河があり、川裏側がここまで大きく張り出し堤防の幅が広くなっていることである。しかし、この下には将来、淀川左岸線ができ、それとの関係でどうなるのか心配である。また堤防のコンクリートは何カ所もういており、すき間があるのも心配なことだ。各所に水防団の倉庫がある。右岸と左岸の堤防の構造の違いから、その役割も当然かわってくるのであろう。鷺洲水防倉庫に小さな土のうが積んであり「この土のうは非常時の災害防止用の物」と書かれている。この大きな淀川の災害をこの程度の土のうでどうやって防ぐのか不安を覚える。中津川運河は真中が低く湿気があるためか4種類のキノコを見つけた。海老江の八坂神社の林からはミンミンとセミの鳴声が聞えた。

【7月10日モニター報告】
 7月の「歴史散歩」は川と共に生きてきた結果、今どうなっているかを実際を見てもらおうと十八条処理場の見学会を開いた。参加者は予定の20名をこえる25名。初めに大阪の川と水の歴史、十八条下水処理場の役割について語ってもらい、現場を見せてもらった。汚水も雨水も流れ込む沈砂地では黒い色や臭いに驚かされた。透明度が7.5p、それが沈殿池、反応槽沈澄池と処理されていくと臭いもなくなり透明度が100pになっているのにはみなビックリしていた。参加者からは「毎日処理場の上のグランドに来ている。その下がどうなっているか見たかった。来てよかった」「東三国小学校の教師をしている頃は田んぼや畑ばかりだった。それが処理場ができていまようになった」「みな知らないで安全だと思っている。わずか41名の職員で広い地域を守っている。このことを知らせねば」「現場がこんなに大変だとは思ってなかった。気軽に色々ものを流したらあかんね」などの感想がだされた。

【7月11日モニター報告】
 レンジャー養成講座の3日目に参加した。「雨が降ったら川から離れろ。河川は自由使用、そこにはルールがある」と単純化されたが、長年苦労した人の言葉だけの含蓄がある。いよいよメインの小俣所長の「これからの淀川」である。川と水に関心を持って以来、様々のシンポジウムに参加したがいつもは退職者ばかりで現職の話を聞くのは初めである。治水と環境を両立させることへの現場の意欲とむずかしさを感じた。高度成長期に一度壊した自然を回復するむずかしさは日々感じていることである。とりわけ下流部ではヘドロの除去である。さらに大河川では上流、中流、下流の矛盾があり、これを調整する機関の必要性も再認識した。また、この間危惧していたように川の中―川表からの計画だけになっているように思う。淀川本川は堤防強化し高水敷をつくり丈夫になったと言うが、その結果ゲリラ豪雨による内水氾濫が注目をあびている。人の歴史、生活の視点を持つならば、川だけでなく地域全体を見る必要があるように思う「川と共に生きる」「川が川をつくる」などの問題もだされたが、まだ所長が言う土木屋、技術屋の側の問題で、どんな川をつくるか―日常生活の中での新しい川「ふるさと」と呼べるような川をつくる地域の住民合意をつくっていくのはこれからという感じがした。これらの問題の解決へは行政が住民の所へ出かけ情報も公開し話し合いをすることではと思った。

【7月12日モニター報告】
 今日も朝から暑い一日である。西中島の水路が気にかかり行って見た。工事の横を歩いているとフェンスの中から野犬2頭でてきてワンワンとほえたて、あわてて野犬の「領地」を離れる。彼らは通路に寝そべりこちらを威嚇している。新御堂からJR間はすで巾40m前後のヘドロを含んだ土がヨシの上に盛られ、ヨシ原は破壊されている。この現実を見て、そもそもの西中島の水路の目的(1)ヨシ原等の環境の保全(2)野犬の対策はどうなっているのかと思う。現地には「ヨシの上に土を盛ってヨシがはえるかの実験」と説明はあるが、正しい情報は提供されてない。昨年リバーマスタークラブで河川環境財団大阪事務所長が水路の計画を発表して以来、住民から多くの疑問がだされてきた。現地の説明で当初の計画の変更はだされているが住民に正確な情報―つまりホームレスへの対策と野犬、ヘドロの処理についてはかくされたままである。現在のままでは住民から「何のためにやったのか」の声が強くなるであろう。

【7月12日モニター報告】
 十三干潟、西中島のヨシ原、柴島干潟にかけては淀川自然再生の貴重な成果である。十三シジミで有名になったヤマトシジミ、西中島の水路の中ではカモの親子が泳ぎサギが雄然と舞い、片方のツメが長いヤマトオサガニが走り回っている。水辺に竹が何本もおいてあるのでそれを引き上げようとしていると後から「おーい兄ちゃん。何をするんや」の声。顔見知りのホームレスで「これはワシがつくったウナギの仕かけや」と竹を水から引っ張り出して見せてくれた。立派なウナギがいくつも入っており「これを業者に売る」とのこと。柴島干潟ではヨシの間にガマの穂があり、20羽ほどのサギがのんびりと羽を休めている。ボチャンと音がするので見るとカメが岩の中から水に入っていった。水際では小ハゼがいっぱいで足音でスイスイと逃げていく。ここから見る白い長柄大橋の姿も美しい。ムラサキと黄色い花が群生し見事である。チリチリチリ、チュッチュッチュッ、ギリギリの鳥の声、ジージージーの虫の音が入りまじり、とても楽しい空間をつくっている。

【7月13日モニター報告】
 ミンミンミンミンとセミの声がいたる所で聞こえ、梅雨が終わりに近いのを感じる。海老江の干潟ではジージージー、キィーキィーキィーなど虫と鳥の声が入り交じってすさまじい。白いサギと茶色いカモがいる。小ハゼ釣りが3人。声をかけると「今で50匹ほど。200は釣るよ。エサは朝早くここで掘った水ゴカイ」と話している間に3匹、5匹と釣りあげる。水の中には小ハゼの群れが見える。「小ハゼは尻から妻楊枝をさして腹を出し、熱湯にさらして干すといいダシが出る」「今は少し潮が低いが、高いとダブルトリプルでかかる」「キビレもやるが20pくらいと小さくなった。エサはカニ、手長エビあたりがよいかな」「ブロックの間には年を越した20pクラスのハゼもいる」と語ってくれた。大淀の干潟づくりではトラックでどんどん土を入れているが、まだどういう形になるのか見えてこない。現場の職員に聞いたが「よく分らない」とのこと。看板はようやく西中島地先から大淀地先にかわった。これはよいことであるが、自然回復の全体像のわかるものはない。大淀野草園で刈り取ったガマ穂を持って十三の町を歩いていると、みな不思議な顔をして見ている。「それは何ですか」の声もかかった。高齢の男性が「ガマの穂ですか。めずらしいですね」というので2本あげた。

【7月14日モニター報告】
 わたしの家の前をはじめ淀川の河川敷では右岸も左岸も平成花火大会の準備が急ピッチで進んでいる。もともとこの花火大会は地元の商店街の活性化と地元の人たちに淀川を愛してもらうために始めたものだ。淀川は高い堤防のために地元の人を遠ざけている。高い堤防は治水の上では必要であるが、花火大会ではその上に身長の高さ以上のフェンスを張り、ますます地元の人を淀川から遠ざけている。そして有料の花火大会にしたためか河川敷のあちこちをフェンスで区切っている。これでは淀川の景観、自然が台無しである。それも、なぜこんな早くから準備をするのかと思う。1年は12ヶ月、その内1ヶ月もこの状態が続くのである。右岸では花火を見るのにヨシなども刈り取っている。せっかくの自然を壊してまでやる必要があるのかと思う。確かに当日は多くの人は来るが、地元の人はほとんど河川敷にはいかない。地元の人さえいかない花火大会で赤字続きの花火大会を続ける必要があるのかと思う。当初の目的とは違ってきており、花火大会そのものを考え直す時にきているのではないかと思う。

【7月14日モニター報告】
 久しぶりに涼しくなった夕方から河川敷を歩いた。案の定、ウナギ釣りが多い。結構太いのが釣れるようになっている。ウナギをアルバイトにする若者もいる。彼らは12時ぐらいまでかかって10匹ほど釣るとケイタイで電話を入れると業者が引き取りにくる。若者は「一匹1500円、10匹で1万5千円になる。昼の暑い中のバイトよりずっといい」と語っている。さらに長柄大橋ではルアーによるシーバス(スズキ)が始まった。釣果はよくない。ルアーを何かが追いかけているように見えるがヒットがない。明方は小ハゼ、手長エビ、キビレねらい。夕方からはウナギとシ−バスである。280万人の大都市で、こんなに豊富な魚が釣れるとは面白いものである。淀川大堰の上手では鯉をねらっている。大堰は6門あるが1つか2つ開いている。上流から流れてきたゴミがこの開いた門にすいよせられるように集まり、下流に流れていく。これではわたしたちの住む下流部はたまったものではない。資料を見ると淀川で使われるゴミのための予算5900万円、そのうち福島出張所管内が1400万円と一番多い。このゴミ―人間の意識を変えればもっとすばらしい川になると思う。

【7月15日モニター報告】
 大野緑陰道路を歩いた。ここは西淀川区の中心を走り、西淀川の誇りと位置付けられているだけに散歩する人が多い。淀川の方がはるかに自然が豊富であるが西淀川では大野緑陰道路である。これは戦後の高度成長期の西淀川公害闘争によるものであろう。区民に親しんでもらう行政の側の努力もあちこちに目につく。その一つが、全長5km毎日走ると40日で京都へ、名古屋まで2ヵ月、東京まで7ヵ月、ハワイまで6年、サンフランシスコまで10年と書かれた「毎日走って太平洋を横断しよう」の看板である。これなどは淀川の河川公園―西中島地区や海老江地区でおおいに参考にして淀川に親しみを持ってもらうことだ。残念なことは二つ。一つはここは水害に悩まされた農民が江戸時代に幕府の許可を待たずに自らの力で開削されたことがあまり知られてないこと。二つ目は戦前から戦後にかけては大変きれいな川で、高齢者に聞くとフナ、コイなども手づかみでとれていたようだ。こういった川と共に生きてきた人間の歴史が忘れさられようとしていることは残念なことである。淀川でも明治になって新しく開削した川であることを知る人は少ない。過去の人の努力ととも現在は淀川の自然を回復する努力はすごいものである。こういったことを多くの人に知ってもらいたいものだ。

【7月16日モニター報告】
 水際で一生懸命に何かをやっている女性がいるので走っていって見た。女性は七夕かざりの笹を淀川に流そうと川の流れのある中央に押し出そうと苦労している。声をかけると「もっと早く笹を流しに来たかったが、いろいろ忙しくて…。笹は毎年淀川に流しに来る」とのこと。大都会にこんな風習が残っているのは面白いことだ。今日も35度近い真夏日であり、釣人たちも淀川大橋、JR塚本、十三バイパス、十三大橋の下などに集まっている。一番多いのはバイパスの下で釣人5人でサオ8本、投げ釣りをやっている「長柄でとってきた手長エビをエサにしている。エビでタイを釣るやな」「暑くなってきたので4時ぐらいに来て8時には帰る」「西中島の水路のヘドロは真っ黒や。おもりが真っ黒になるのといっしょや」「それをヨシ原に入れているけど大丈夫かいな」「ヨシの上に土を盛ってヨシを再生すると書いているが本間と違うな。ヘドロの処理に困っているからや。」「前から言っているように、一見、淀川はきれいにみえるが川底のヘドロはそのままや。これを何とかしてほしいわ」など、さすがに毎日来ているだけにいろいろなことをよく知っている。話をしていると1人が「きたー」と走り出したので見るとサオがしなっている。20pのキビレがあがった。 5月のモニターの回答に「工事看板については・・施工業者がイメージアップとして・・独自に設置・・作成に当たっては業者独自に作る・・出張所と相談しながら・・設置を行うこともあります」とある。この回答を読むと工事看板をつくるのは施工業者の責任であると思われる。工事看板を具体的に作成するのは施工業者でもよい。しかし、これまでは「河川工事中」の看板で住民には何をやっているか一つもわからないものであった。(国交省は自治会には説明している。)この一年間、わたしの気がつく所では住民にわかりやすい説明板を出し、河川利用者にわかるようにしてきた。これは、公共事業(国土交通省)と住民との関係を改善するのに、おおいに役立つものである。公共事業を発注するのは国交省の側であり、施工業者ではない。公共工事は住民の税金でおこなわれるものであり、その使い道に対して住民への説明責任を負うのは発注元である。この回答を読むと、その関係がはっきりせず、あいまいになっているように思う。ここをはっきりしないと「ムダなことをやって」などの公務員バッシングはなくならないのではと思う。西中島の水路のヘドロも真実を住民に知らせ淀川の自然回復にとって一番困難なことであるだけに、住民といっしょにどうすれば良いかを考えていくことがいると思う。

【7月17日モニター報告】
 時々、小雨が降り、梅雨にもどった感である。ヨシの穂で書いた作品が毎日書道展に秀作に選ばれたことに味をしめたらしく前衛書道家から「花のついていない若い穂がほしい」と連絡があった。ここ数日、西中島や大淀などヨシ原を歩いたが思うように穂をつけてない。左岸堤防を歩いている時に何げなしに中津川運河を見ると中心にあるヨシに穂がついていた。早速、ヨシの穂を手に取って見ると花はつけていない。一握り刈り取った。その後、十三摘み草苑に行きヨシ以外にもシナダレスズメノカヤなどいろいろ穂がでており、これも一握りずつ計4種類を刈り取った。この穂を持って町の中を歩いていると「何を持っているのか」という顔をしてジロジロ見られる「それは何ですか」と声をかけてくる人もいる。そんな人には「これがヨシ、これがスズメノカヤ」などと説明すると「子どもの頃は河川敷によく行ったし、ネコジャラシでよく遊んだ。ヒッツキムシも…」となつかしそうである。こういった人たちが再度、淀川に来てもらえたらと思う。

【7月18日モニター報告】
 先日のレンジャー養成講座で河川敷のゴルフ場の収入は大阪府に入っているとの話を聞き大阪府に問い合せたところ、その返事が来たので淀川大堰の上手、淀川ゴルフ倶楽部まで行った。途中はセミがミンミン、ジージーと鳴き、チーチーチー、キイッキイッキイッ、チョッチョッチョッなど虫と鳥の声があり、トンボが飛びコガネムシが舞い、草むらからバタバタとバッタが飛び出し楽しい限りである。ゴルフクラブは突然鳥も虫も声がない。いるのはカラスの群れのみで異様な光景である「川が川をつくる」ならば第一に撤去してもらいたいものだ。大阪府下の河川敷には確認できただけで淀川、牧野、樟葉、水無瀬、京阪と5カ所のゴルフ場があり、大阪府は平成20年度で1億6417万余円の占有料の収入がある。府知事はもらうものをもらいながら、一方で国への直轄負担金の支払いを拒んでいる。身勝手な姿である。淀川右岸の堤防強化で唯一残されている十三〜木川間も府知事の態度によって未だに計画も決まってない。この工事に必要な予算は2〜3億である。少なくとも淀川ででた収入は淀川に使ってもらいたい。仮に府が独自に堤防を強化するとしても、わずかゴルフ場収入の2年分でできる。河川は周辺住民のみんなのものである。これを犠牲にして河川敷を独占使用させることで得た収入である。府知事には再考してもらいたい。そのことが周辺住民の安全につながると思う。

【7月19日モニター報告】
 一津屋から自宅まで歩いた。一津屋から見る淀川の対岸は与謝蕪村の「春風や堤長うして家遠し」「菜の花や月は東に日は西に」などを思い出してわたしが一番好きな所である。豊里地区ではカメがノソノソと歩き、広い河川敷では、その昔にはいくつもの「たまり」があり子どもらが遊んでいた。また農家の副業で晒業を営んでいた。そんなことを思いながら歩くと、どこでも堤防が高いのに驚かされる。先日の「毎日」の「淀川物語」に秀吉の文禄堤は高さ6m、現在は8〜10m「洪水で高い堤防が決壊すれば、低い時と比べ物にならない量の川の水が一気に街へ押し寄せる」とあり「こうした治水上の危険を常に抱えた地域だということを知っておきたい」とあった。記録によると高さ6mの時代の洪水は3〜4年に1回、現在の淀川はこの30年間大規模な洪水になってない。たしかに「危険であることに変わりない」が昔から川ととも生きてきた。流域住民としては、まず堤防の強化をはかってもらいたい。その上で「危険」にはどうするかを考えることだと思う。

【7月19日モニター報告】
 今日は昼からITに出ているわたしのモニターを見た人から「一度会って話がしたい」の電話があり、夕方、井高野まで行った。井高野は戦前までは大桐村の飛地で何もなかった所であるが、現在では高層の市営住宅、府営住宅、マンションが建ち並び地下鉄も通っている。80歳を越える男性に会うと「モニターを見て川と水に関心を持っているので話をしたくなった」とのこと。彼は「ここは神崎川と安威川に挟まれており、低湿地で昭和30年代までは腰までつかるような泥田だった。そこで米も作ったがゴボウをやっていた。当時は少し雨が降るとすぐ水に浸かっていた。川もそのころまではきれいで魚をつかまえたものだ。それが変わったのは井高野ポンプ場ができて、浸水がなくなって田畑が開発され急に大きな住宅が建ち始めて、いまのようになった。それとともに神崎川も汚くなった。
今は鯉しか獲れないが、昔はいろいろな魚が獲れた」など井高野の思い出を語ってくれた。こういう話を聞くと、人は昔から川と共に苦労してきた姿がうかんでくる。それとともに現在でも人は川と共に生きており、今後どうすればよいかに考えがいってしまう。

【7月20日モニター報告】
 小雨の降る中、淀川を歩いた。家の前の堤防は、なにわ花火大会のための青いフェンスで囲われ、味も素気も失くなってしまった。十三大橋の上から見ると木や草とともにペットボトル、プラスチック、空缶など大量のゴミが流れてきている。上・中流から流れてきたゴミであり、これが下流部のゴミ問題の一つでもある。対岸の大淀の干潟づくりを見に行った。すでに2つのT字型はつながれ真中が池のようになっている。人がいないのでT字型の上に登ってみた。川側の土はすでに崩れ始めている。サギのすみ家になっているのか10羽近くいる。散歩に来ていた男性がいるので声をかけた。「毎日来るがこれは何ですか」と言うので干潟づくりを説明すると「それは楽しみですね」とのこと。毎日来る人でさえ何をしているのか知らないのだから、やはり説明板がいるのであろう。彼は「子どもの頃は北野高校の裏に住んでいた。よく淀川で遊んだ。堤防も低く際まで水がきており魚やカニをとったり泳いだりもした。中津川運河もきれいな水が流れており泳いだこともある。子どもだけで船を出して釣りをしたこともある」となつかしそうに話してくれた。彼にとっては幼い時の淀川は心のふるさとのようである。

【7月20日モニター報告】
 7月の「区民だより―よどがわ」が手に入った。そこには「大雨にそなえましょう」と「集中豪雨の発生しやすい季節です。道路のマスや溝がつまると水はけが悪くなり浸水が起こる恐れがあります」といくつかの家庭での心掛けがかいてある。小さな記事ではあるが、昨年来、わたしたちが大阪市へ要求してきたことが実ったものである。わたしたちの住む所は太古の時代から川と共に生きてきた所である。近代工事、土木で様々なことが改善されているが、自然の猛威に対してはとても行政だけで太刀打ちできるものではない。淀川も神崎川も、その内側も、行政と住民が協力してこそより安全なまちができるし、まちづくりの未来もはっきりしてくるのではないかと思う。そんな思いで立ち上げたのが「水害に強いまちづくりを考える会」である。春の大阪市の下水道部の出前講座、十八条下水処理場見学会に続いて11月には「川と共に生きる―淀川の過去・現在・未来―再びふるさと言える川に」と題して講演会を開きたいと考えている。この「会」は息の長い活動にして、少しでも安全なまちづくりへ住民の側の取り組みにしていきたいものだ。

【7月21日モニター報告】
 朝から湿気が高く息苦しいくらいである。淀川大橋のたもとでは小船で漁師がウナギをあげている。「ようやくウナギも大きくなってきた。これで何とかなる」とうれしそうに語っている。大橋の上から川を見ると、昨日と同じように水はにごり、草や木、ゴミとともに黒い5〜10pぐらいの固まりが点々と浮いている。白いアワについては正体がわかったが、この黒い固まりは何であるのか不安を覚える。海老江の干潟では小ハゼ、手長エビが盛んである。久しぶりにシジミ取りがいたので声をかけた。「シジミはおいしいよ。だけどここで3回洗って家で2日間5〜6回水をかえて砂抜きをするが、黒いのがおわんの底にたまる。2日目のが一番うまいよ」とゴム手袋をしながら語ってくれた。足元ではカニやフナムシがいっぱいである。投げ釣りのおもりにベットリとつく黒いヘドロ、西中島水路のヘドロの黒い土、シジミに含まれている黒い物、橋の上から見た黒い固まりと、普通の砂地の川ではないものである。これらは現在は食べても人間に影響はないが、もし、これを食べ続ける人がいたら人間にどんな影響を与えるか不安である。

【7月21日モニター報告】
 梅雨も最終盤に入り、全国各地で大雨を降らし土石流を発生させるなど被害がでている。夜になるとこの2日間ほど淀川でも雨が降り始めている。「水害に強いまちづくりを考える会」で取り組みを始めて、雨や水の情報が入るようになってきた。今日も家にいると電話で「柴島から淀川沿いの淀川通を車で通ったが2車線のうち1車線は雨水がすごい勢いで流れている。1車線しか通れないようになっている。何とかならんのか」の一件と福の漁師からは「淀川堤防沿いの阪神西大阪線の下も車が水しぶきをあげて走っている。前にも言ったように、ここは土地が低くなっており、少しの雨でも水に浸かる」と情報が入ってきた。わたしの伝達手段は毎日の散歩の時の口コミしかないが、住民の中に少しずつ水への関心が高まってきていることが実感できる。部屋の外の雨音を聞きながら、地球環境の変化という新しい事態の中で国、府、市が協力をして新たな対策をとってもらえないかと思う。そのために住民の側の粘り強い運動、働きかけがいる。

【7月22日モニター報告】
 ミンミンミン、ジージージーとセミの声がうるさい。堤防はなにわ花火大会の準備で青いフェンスで囲われて面白味がない。すき間から見るとヒマワリが咲いていたり、ピンクの朝顔が咲いている。バイパス下にはいつも投げ釣りの釣人が1人「今日はゴミがすごい。カニをエサにしているが黒いものが重りにも、エサにもついてどうにもならない。川に流れている黒い点々は川底のヘドロがまいあがったものではないか。それでも昨日は20pのキビレをあげた。新北野の船着場ではエビがすみついておりタモでとっているよ」などと語ってくれた。その後、西中島の水路を見にいった。入口には相変わらず白と黒の2頭の犬がにらんでいる。ヨシ原を埋めた黒い土を見ると、すでにヨシらしき緑のものが生えている。おそらく、ここも来年には青々としたヨシ原になることであろう。工事のフェンスには「淀川を楽しもう」とカワウ、コアジサシの写真入りで西中島地区の野鳥の説明「バードウオッチングを楽しむ」と留鳥、夏鳥、冬鳥、旅鳥の説明など新たに3種類の説明板がでていた。散歩の人もジッと見る人がおり、単に工事をするだけでなく、こういった淀川に親しめるものを揚げるのは非常に良いことである。

【7月22日モニター報告】
 昼から西中島の水路の土を入れている大淀の干潟づくりを見にいった。ここは残念ながら新しい説明板はなく、旧来の「淀川工事中」のみである。春先の赤川の土を入れた時にも説明板をつくるのに苦労している。淀川の掘った土を淀川に埋めて干潟を再生する。夢のような計画である。この計画は海老江と柴島では大きな成果をあげ野鳥など自然の回復へ力を発揮している。わたしなどはわたしが住んでいる塚本にもつくってくれないかと思うほどである。春の時もそうであるが、この自然を回復するという事業について上手い説明板をつくることができてない。考えるに土を採る所と土を入れる所が離れているだけにどう説明するかむずかしいのであろう。先日もここであった散歩の男性から「何をつくっているのですか」と声をかけられた。毎日毎日変化する淀川の姿に興味を持ったのであろう。こういう人を増やしていくために、ここには壮大な淀川の自然回復の取り組みがわかる説明板をつけてほしい。元請会社で困っているのであれば、淀川河川事務所の力を発揮してほしいものである。

【7月23日モニター報告】
 まだ梅雨なのに24節気の大暑である。今日は昨日とうってかわって川はきれいである。十三干潟に自転車できて片手におわんを持って素足で入っていく。めずらしいので声をかけると「週2回位、潮の干満をみてシジミを拾いにくる。おわんに一杯とったらおしまい。みそ汁にして食べるとみんな喜んで食べてくれる」とのこと。川と共に生活している人がここにもいるかと思うと楽しくなってくる。十三摘み草ではコスモスが50pほどになっており畝ごと2種類ある。老夫婦がコスモスを見ている「毎年のコスモスは楽しみにしている。ここはコスモスをもうやらないという話もあったがコスモスが残ったのはよかった。3畝植えてないが雑草でおおわれている。ここもどうしてコスモスを植えなかったのだろう」と言っていた。コスモスの雑草の中はシナダレスズメカヤが力を増し、セイタカアワダチソが黄色い花をつけ始めた「川が川をつくる」と言うが高水敷は人がつくったものであり、コスモス園やグランドなどの公園区間のように人が手を入れなければ外来種ばかりになってしまう。どんな淀川をつくっていくかむずかしい問題である。

【7月23日モニター報告】
 帰りにツバメ通りのツバメの巣を見に行った。巣はからっぽである。今頃は淀川の河川敷で親子でエサを探しているのであろう。通りの中ほどに製氷屋さんがある。夏になると店の前にスダレを出し縁台をおいてカキ氷をやっている。神津神社の祭りのハッピを着た若い女の子たちがキャアキャアと言いながら食べている。私も一杯食べると腹の底から涼しくなる。店の主人は「ずいぶん前から夏にやっている。スダレが夏の日をさえぎってくれるので涼しい感じがする。部屋の中で食べるのと違って地域の評判になっている。昔は西中島のヨシを使ってヨシズを作る人がいたが、今のは中国産だ」と語ってくれた。西中島のヨシ原は現在は青々として繁り、カモの親子が並んで泳ぎ、ヤマトオサガニ、クロベンケイガニが足元におり、キィッキィッキィッ、チュッチュッチュッなどいろいろな鳥の鳴声がする楽しい空間である。このヨシ原のヨシとカキ氷屋さんのヨシズと重ねあわせると何だかうれしくなってくる。

【7月24日モニター報告】
 久しぶりに塚本(自宅)の堤防、河川敷を見て歩いた。堤防への登り口、降り口はすべて青いフェンスで囲われ、さらに堤防上の通路も同様になっており川を見ることさえできない。河川敷の中にも大きなテントが6張にフェンスで区切られている。工事を始めて20日、ようやく「工事を行います。工事はたいへんご迷惑をおかけしますがご了承願います」の看板が出た。「ご了承願います」とあるが福島出張所の「みんなの河川敷です」の看板にあるように、河川敷はみんなのものであり、わが物顔に独占するのは了承できない。その上、この看板は「工事を行います」とあり、そもそも工事を始める前に周知するために出すもので、さらに何のためかの工事とは書かれてない。なにわ花火大会運営委員会の住民を無視した強権的な姿勢を感じる。また「場所取り厳禁!!この河川敷内は場所取りは厳禁です。場所取りは発見次第強制的に撤去します」の看板もある。先日の「河川のルールとマナー」の学習会では河川敷は自由使用が基本とあった。一年12ヶ月のうち丸々1ヶ月を独占的に河川敷を占用し、構造物を建て、場所取り厳禁と「自由使用」を妨げている。河川のルールに反する行為であり、少なくとも誰が何の目的で何に(法律条例等)もとづいて、いつからいつまで、どうするのかがわかるものを表示するのは当り前のことである。常識に欠けているとしか言いようがない。さらに「自由使用」である所に「場所取り厳禁」とあるのは花火大会が高額の有料化になったためと思われる。「川が川をつくる」と自然の回復をめざしているが、構造物により自然を破壊し地元活性化のために始めた花火大会であるが有料化により地元を占め出すようでは何のための花火大会か、その目的さえわからなくなっている。花火大会そのものを再考する時期に来ているように思う。また「自由使用」を独占的使用―占有する、それも有料化―営業目的で使用する法的な根拠はどこにあるか知りたいものである。看板で言えば淀川の工事の方がよほどましである。釣り人や散歩する人は花火大会運営委員会の横暴さに「あきらめ」を感じ、この時期にはこの区間に入らないようにしている。こういった状況をいつまでも続けていいのかと思う。

【7月25日モニター報告】
 TVで1時間100.5oの記録的大雨が降り、死者を出すなど被害のニュースをやっている。これが大阪―淀川右岸でおきればどうなるか。淀川右岸では1時間60oをめざして20年前から「淀の大放水路」をつくっているが、年々予算が縮小され完成のメドがなく現在は45oの雨にしか対応できない。その上に今年の4月1日から10カ所のポンプ場はすべて無人化され、大野と十八条の2つの下水処理場で管理しており、その職員も90名前後に減らされている。もし、この記録的大雨が淀川右岸で降ればどうなるであろうか。天災であるとともに人災により大きな被害がおきるであろう。なのに「OSAKA防犯・防災新聞」で大阪市の市長は「市民協働で大阪の安心、安全を守る」「防犯・防災は自助・共助が重要」と下水道(淀の大放水路)の整備をおこたってきた責任を棚上げしている。大阪市民としては少なくとも人災にあたる部分は行政として責任を持って解消してもらいたい。淀川の堤防の強化もこれと同じことが言えるのではないか。残された十三大橋〜木川までの45年前につくられた堤防の強化を一刻も早くやってもらいたい。

【7月25日モニター報告】
 時々陽は差すが黒い雲がたれ下がり、おかしな天気である。大淀の干潟づくりは上手の根本を切っている。一体、今後どう変化していくか楽しみである。しかし、ここの看板は旧来のままであり残念なことである。大淀の野草園では風で草々がザワザワと音をたてている。そんな風に向いトンボの群れが必死に飛んでいる。さらにツバメが低空で右へ左へと飛び回っている。数えて見ると50羽以上いる。毎日の散歩で人家にあるツバメの巣があるのは知っているが、とてもこんな数にはならない。調べてみると子育てをしないツバメは高槻の鵜殿を寝ぐらにしているとのこと。ツバメの面白い習性である。野草園では足元をチョロチョロ動いているのでよく見ると15pほどのトカゲである。海老江の船着場では落とし込みでキビレをねらっている「カニをエサにやっているが、調子が悪い。カニは1つ25円で仕入れてくる。昨日は20pクラスを3枚、天気もおかしいが気長にやる以外にない」とのこと。グランドの芝生の中には3pほどのキノコが4つ、キノコを見るのは今年3回目である。淀川左岸下を渡ろうとしたが満潮期で水に浸っており残念ながら通れない。

【7月26日モニター報告】
 夜中、パンパンと音がし河川敷で騒ぐ若者の声が聞こえる。早朝、河川敷を歩くと花火の跡があちこちにころがっている。知り合いの雅楽器をつくる男性から「ヨシを使って笙をつくってみたい。若いヨシがほしい」との要望があり、十三から西中島のヨシ原に入った。ヨシの間にオオヨシキリを見つけたり足元にはカニがうごめいており楽しい空間である。青々としたヨシを刈ると水分を大量に含んでおりやわらかい。秋から冬にかけて枯れたヨシとはずいぶん違っている。このやわらかいヨシが笙になるのであろうか楽しみである。もう一つ20〜50pぐらいの竹の子状のものがいくつも生えヨシは竹の子のように生えていることを見つけた。面白いので3つほど持ち帰った。若いヨシを20本ほど持って歩いていると高齢の男性が「何ですか」と声をかけてきた。話を聞くと「子どもの頃は堤防まで水があり、そこでよく遊んだ川の中のカネケ(金属)カミケ(紙)ヌノケ(布)を拾って屑屋に売って小使銭にした。秋にはハゼをつかまえて串にさして干して雑煮のダシにするのも子どもの仕事だった」などと楽しそうに話してくれた。

【7月27日モニター報告】
 朝から雨がシトシト降り続いている。花火大会の準備のため河川敷がフェンスで分断されているためか最近はめっきり釣人が減っているが、カサをさして釣をやるいつもの男性がいたので声をかけた「エサはアオイソメ、カニ、手長エビなどをいろいろやるが、今、調子の良いのはアオイソメ。アオイソメは西中島で掘ったもの。手長エビは長柄で釣ったもの。カニは2pほどのを見つけて集めた」と徹底して淀川を利用している。これだけエサを淀川で集める人もめずらしい。川の中では雨が降るのに水上スキーをやっている。向うから大粒の雨がこちらに向って来るのがわかる。一時すさまじい雨である。河川のルールの学習会では「雨が降ったら川を離れる」であったが、この大粒の雨を見て実感する。TVでは九州の豪雨に竜巻のニュースをやっている。前線に向ってくる湿った空気のためできる積乱雲をニンジン雲と言うらしい。TVではこの一時的な集中豪雨はいつどこでおきるかわからないもので、現時点での気象技術では予測不能であることをしきりに強調している。それだけに「雨が降ったら川を離れる」との河川のルールは単純ではあるが現実味がある。

【7月27日モニター報告】
 8月8日に「第21回なにわ淀川花火大会」が開かれる。その準備のため1ヶ月以上前から河川敷はフェンス、テントなどが設置され淀川の景観を台無しにしている。各種の説明板が出されているが、よく見ると「なにわ淀川花火大会運営委員会」とあるが連絡先の電話さえ書かれてない。旧来の「河川工事中」の看板には少なくとも連絡先はのっている。これよりひどいものである。ポスターを見ると音声ガイダンスとチケットセンターの電話があるが運営委員会の住所がない。十三駅西口の協賛金の看板もしかりである。「団体の連絡先さえ明示できないのはいかがわしさを感じる」ととも「河川敷の強権的な占有」に対して一言したいと思い、いろいろ手をつくして電話してみた。「運営委員長は誰か」「何にもとづいて河川敷を占有しているのか」「借りている期間はいつからいつまでか」「借り料はいくらか」を質問した。電話口では何人も変わったが結局応えることができず。住所、氏名、電話を名乗り「再度、責任を持った者が自宅に電話する」ことになった。しかし、一向に電話はかかってこない。この花火大会は数年前から花火を見るのに有料になっている。今年は最高で7500円最低でも3000円である。昔は花火を金を払って見るなど考えられないことであった。わたしの質問は答えて当然の質問であり、むずかしいものではない。それに対して常識的な対応がないのに、何かの後めたさ、いかがわしさを感じる。多額の協賛金を地元商店街から集め花火を見る人からも7500円も徴収するだけに公明正大にやってほしいものだ。地元住民としては迷惑だけをこうむるような花火大会は再考してもらいたい。

【7月28日モニター報告】
くもりで時々小雨の降る中を歩いた。十三大橋右岸下のホームレスのやっている菜園に女性が3人きて世話をしている。どうも、このホームレスは自ら作った菜園を地域に家庭菜園として貸し出しているようだ。釣りエサを売り、野球、ゲートボールの道具の保管をするなどホームレスの生き延びるための知恵であろう。このホームレスの存在を許している限り河川敷のホームレス問題は解決しないであろう。大淀側のグランドの芝で女性が胸にだいている物をはなした。動き方が犬でも猫でもない。不思議に思い近くに寄って見るとイタチである。女性は「2年前に親にはぐれて弱っていたイタチの子をひろって家で育てた。大変だったが、なついてくれて、今では家族の一員になっている。野生にもどしてやりたいが無理のように思う」とのこと。飛びはねるように動きながら女性の周りを走り回っている。大淀の干潟はまた姿を変えていた。2つのT字の上部をつないであったが、今日はここが切り離されている。当初の計画に西中島の水路の土を入れているが、どうすれば干潟になるのか試行錯誤が続いているようだ。

【7月28日モニター報告】
 大淀野草園でとったガマの穂を持っていると、十三交差点で「おじさん、それよく持って歩いているけど何ですの」と若い女性が声をかけてきた。名前や昭和30年代までは水路があり、たくさんあったこと、淀川の自然が回復して自生を始めたことなどを語った。「こんなの初めて見る。面白い形をしている」と興味がありそうなので5本ほどあげるとうれしそうであった。新北野の知り合いの電機屋さんを訪ねると「ガマの穂ですか。なつかしい」と声があがった。子どもの頃はこれでよく遊んだそうだ。花火大会に話がおよび「この辺りの商売屋は花火大会の募金を始めた時から出している。今年は不況で大変だ。うちは、どうせ募金を出すくらいならと7500円の席をかった。当日は妹たちも呼んで見にいくつもり。21年前の第1回にも河川敷にいったが、当時はゴロンと寝ころがって見えたものだ。そこからずいぶん変わってしまった。まさか花火大会をお金を出して見にいくとは思ってなかった。商店の間では募金はとられるし、人はたくさん来るが物は一つも売れないと評判が悪い」と語っている。花火大会のあり方が曲角に来ていることが手に取るようにわかる。

【7月29日モニター報告】
 朝からあつい一日になりそうだ。トンボ、コガネムシ、バッタなどを見かける。河川敷はフェンスでドンドン仕切られていく。テントどころか3間、6間の大きなプレハブまで建っている。釣人がサオも持たないで十三バイパス下にたむろしている。「花火をやっている間は釣りをする気にならん。こんな姿は淀川でない」「だいたい花火で金をとるのはおかしい」「金をとっても赤字という話や。こんなのやめたらええ」「対岸に干潟をつくっているが、ここにもつくってほしい。ここにつくったら柴島、西中島、十三からここへとつながってくる」「昨日、ホームレスが釣りをやるというのでゴカイ採りをやらしたがヘドロで1つもいなかった」「もう8時か。8時回っても誰もこんな。そうやろな。こんな姿の淀川は見たくないわな」「でも夜のウナギは好調らしい」など情報を交換している。十三の不法投棄の山の回収に入っている。これから淀川大橋までがきれいになるが十三大橋の橋脚の下はまたもそのままである。せっかく回収するのであれば、ここからやってほしい。西中島に向って歩いていると「兄ちゃん」と声をかけられた。「わしは名古屋で左官をしていたが、全然ダメになってここへきた。ここはシジミが採れるしハゼもおる。大きなまちによくこんな川があると思う。ここへ来たら国交省のSさんが写真をとりにきた。Sさんはやさしくいい人だ。兄ちゃんもまた来てや」などと話をしてくれた。さらに84歳の散歩の人に声をかけられた。彼は「戦前は鼻川、その後、海老江に住んでいた。小さい頃は左岸には池がたくさんあって、そこで魚を採ったり泳いだりした。ガマの穂も田んぼの中にいっぱいあって、これでなぐりあいをした」など思い出を語ってくれた。考えてみると、大淀野草園から海老江の公園にかけて「たまり」がいくつかあり、現在の大淀野草園の3つの池は「たまり」が残ったものと思われる。その池にまたガマの穂が自生を始めているのは面白いことである。次回は大淀野草園を案内する約束をしてわかれた。

【7月30日モニター報告】
 昭和36年の柴島、長柄橋、毛馬あたりの航空写真が手に入った。昭和58年にできた淀川大堰は当然ない。当時は淀川の川幅がずいぶん狭く柴島神社の神主が言うようにデレーケの水制工で右岸に「たまり」が一番から六番まで写っているのが面白い。神主はこの「たまり」で泳いでコイやフナなどの魚をとったと言う。イタセンパラもたくさん採れたが、まずくて食べられないので逃がした。子どもたちはイタセンパラを略してタンパラと言っていたらしい。現在の長柄橋から淀川大堰を歩いてもそんなことは何一つわからない。広い空間はあるが神主らが「たまり」と呼んで川に親しんでいたような状態ではない。淀川大堰ができ、堤防が高くなり当時よりは安全は確保されたように思うが、周辺の人を川から遠ざけているような気がする。そんな中で柴島、西中島など水際の自然の再生がおこなわれている。わたしには河川敷の公園を整備するよりも水際の自然の再生に力を入れる方が周辺の人たちを淀川に呼び戻すことができるような感じがする。

【7月31日モニター報告】
 「警告―ここは淀川の河川敷です。河川区域内の地域において耕作したり、小屋等に工作物を設置したり居住することはできません」の看板をうつしていると後から「おっやってるな」の声がかかった。花火大会の準備でフェンスがあり、プレハブ、テント、舞台やぐらありと散歩も満足に出来ないこと。花火大会の理不尽な対応など話すと「そうや、わしもそう思っている。こんな中では釣りもやる気もしないのでサオを持ってきてない。今度の土日の野球もできないのでは。今年は特に異常だ」と言っていた。十三交差点の角にあるT建設では今年も東京支店から江戸風鈴をとりよせ10個ほど下げている。風にゆれてチリンチリンと音がし、心を和ませてくれる。ここでは女性から「先日、貴重な物をいただいてありがとうございました。ガマの穂が淀川にあるとは思って見ませんでした」と声をかけられた。花火大会と風鈴にガマの穂、どちらが淀川の自然をつくっていくのに役に立つのであろうか。考えれば自ずから答えはでてくるのであろう。

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処置

こんにちは、稲垣さん。虫や鳥、蛙など、いろいろな生き物の声が賑やかに聞こえる季節となりましたね。今月も熱心なモニター活動ありがとうございます。
今回稲垣さんが疑問に思われたことについては、下記の通りです。

・水路工事ついて
 水路工事についてですが、現場での説明が足らなかったようです。ヘドロ状になっている土についてはヨシの繁茂しているところの泥土(細砂)と呼ばれるもので、ヨシの生えていない箇所には泥土ではない土砂でした。泥土は細かい粒子の集まっているもので水分を多く含みやすく、干満により川に流れ出やすくなるため干潟の箇所での盛土材としては適していません。そのため、環境の先生と相談しヨシの上に直接盛ってヨシが生育するか試験的に盛る形で行っています。土壌試験の結果からは環境基準値に対し問題ない土であることは確認して実施しています。また、盛った部分からのヨシの生育についても確認されています。順調に広がっていけばと思っているところです。
 水路の線形については以前に回答しているとおり吃水環境の保全と野犬の日常的な往来を抑制し、捕獲しやすくするために見直しを行っています。当初の水路の位置と干潟の間に野犬が逃げ込むとそのまま逃げられてしまう可能性があるため干潟へ延ばした形としています。干潟の端部から水路端部まで、3.00 m程度の離隔をとっています。干潟の環境が変わらないように水路の水が直接入らないようにしています。
 工事看板については以前の回答のとおりです。今後ともわかりやすいものを作成するという考え方を施工業者と調整しながら実施していきたいと思います。

・ゴルフ場について
 現在淀川では6箇所のゴルフ場が占用許可を受けています。占用の許可については河川管理者である国が判断しますが、占用料については河川法第32条で都道府県知事が徴収することとなっており、都道府県の収入になります。

・花火大会について
 なにわ淀川花火大会については、一般市民の自由な利用の妨げとなる使用となるため、河川法上の占用許可を与えています。河川敷地は一般市民の自由な利用が本来の姿ですので、営利を目的とする利用については許可できないことになっています。従いまして、なにわ淀川花火大会については収支報告書を提出させ、花火大会運営に必要以上の利益を出していないかの確認は行っています。
また、花火大会当日は多くの方が集まり混雑が予想されるため、来場者の事故防止の目的で多数のフェンス設置が必要となります。かなり早い時期より花火大会の準備を始めていますが、安全確保のため必要な期間であると説明を受けています。

 一年間本当に熱心なモニター活動を報告いただきありがとうございました。私共も教えていただくことが多く、とても勉強になりました。今後とも淀川を良くするため、努力して参りますのでご協力のほどよろしくお願いします。

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